知花にブラウスを。

シーラ

第1話



シャキシャキ、シャキシャキ


あの人とお揃いのこの鋏。やっぱり、良いな。カーブを切る時も滑らかに刃が進む。


チャキン


リボンを切る時も無駄に力が入らないので、断面の綻びが最小限に抑えられる。


「紬(つむぎ)にいちゃん。お腹すいた〜。」


「了解した。」


部屋で作業していると、姪の知花(ちはな)が襖を開けて声をかけてくる。気がつけば2時間経っていた。夢中になると時間感覚を失ってしまう。


集中し過ぎた為に強張った肩を回し、台所に向かう。播州織で作った自作のエプロンを手にとると、裾にほつれが見えた。長く愛用しているコレは、それでもまだ使い続けたい。当て布をして補強しよう。何のハギレにしようかな。

袖が汚れないようにアームカバーを手にはめて、手を洗う。この文鳥柄の生地は、知花が選んでくれたんだ。シックな色合いがエプロンと合っていて、お気に入りだ。


「ご飯よそっておいてくれ。俺は少なめでな。」


「は〜い。」


味噌汁の入った鍋に火をつけ、隣で鱈の煮付けを作る。

知花に声をかけると、彼女はしゃもじを片手に炊飯器の蓋を開ける。その背中を見て、少し前は台が無いと届かなかったのになと、自分が年を重ねている事を再認識した。


冷蔵庫から、朝作っておいた春菊のおひたしと厚揚げ煮を取り出す。余熱で火の入った鱈の煮付けと共に平皿に盛りつける。フツフツと音を立ててきた味噌汁の火を止め、お玉を手に取る。


「味噌汁は具を多めにするか?」


「うん。」


ほうれん草と卵の味噌汁は知花の大好物だ。お玉を上手く使い、汁を切りながら器に具材をたっぷりとよそう。自分のは、その分汁多め。鰹節をふんだんに使っているので、具材が少なくとも満足できる美味しさだ。


「良い匂い。余計にお腹が空いてきちゃった。」


「俺もだ。早く食べよう。」


おかず達を持ってテーブルに向かうと、知花がランチョンマットの上にカワウソの箸置きと箸、ご飯を2人分用意してくれている。今回は国旗柄にしたようだ。


「味噌汁は何処に置くんだった?」


「アルゼンチンの所。知ってるよ。」


むくれた知花に俺はニコリと笑い返し、ご飯の隣に味噌汁を置く。オカズは知花がアイルランドの所を先に指差したので、そこに置く。


「「いただきます。」」


2人で手を合わせて、一緒に食事をする。美味しいと笑顔で、箸を上手に使う知花。よく笑う子になってくれた。


「明日は特売で白菜が安くてさ。昆布と柚子の漬物にしようかと思っているんだ。」


「美味しそう。………あ〜あ、明日から学校か。」


「嫌か?」


俺の問いに難しい顔をして春菊を摘んだ彼女は、そのままパクリと口に運んだ。ゆっくり咀嚼しながら俺に言うべきか考えているんだろう。


「……裁断は終わったから、次に会う時までにスカート完成させておくよ。ハギレで何を作って欲しい?」


俺の問いかけに知花はハッとした様子で、取り繕った笑顔をした。俺に遠慮するようになってきたな。しないで欲しいのに。


「ポケットティッシュカバーが良い。」


「了解した。」


そこからはお互い何も話さず、黙々と食事を続ける。知花は考え事をしているから、味はわかってないだろう。どうしようかな。


「出汁が残っているから、卵焼き作ったら持っていくか?」


「うん。」


「厚揚げ煮とおひたしも持っていくか?お父さんも好きだろ。」


「うん。」


タッパを入れる袋をどれにするか選ばせよう。きっと、どれにしようか悩むだろう。


ーーー


在宅の仕事を終えて時計を見ると、夕方の5時。姪のスカート用の太いゴムを買いに行こう。


鞄の中身を確認して、玄関で靴を履きながら俺は気分が高揚してきているのを感じる。手芸屋に行くのは、特別なんだ。


ガタンガタンと電車に揺られ、大型デパート内にある手芸屋に着く。そこは、原石の採掘場のように光り輝いている。新作の生地、キラキラと光を反射するパーツ。どれも可愛い。

ゴムを買うだけに来たのに、無駄に生地コーナーを彷徨く。


「あ………」


ふと目に止まったのは、薄紫と水色の細かい花柄の生地。足をとめてそっと生地に触れる。サラサラとした触り心地。知花の七分袖ブラウスに仕立て上げたら、初夏に合うだろう。挑戦してみようかな。

そうだ。次に知花が来た時に、一緒に問屋街に行こう。どんな服を作ってほしいか、どの柄にするか選ばせれば、あっという間に一日が過ぎる。


俺の心の中に、あの人が浮かんだ。ああ、会いに行ける。

心が踊っていると、携帯が鳴った。姉からだ。


『人気宿のキャンセル出たから、泊まりに行きたいの。知花は送るね』


2人分しか予約していなかったのか。そうだろうな。


毎週預かりするのは、元旦那への嫌がらせ。俺は都合の良い預け先。昔からそうだ。この人は。娘は自分の所有物だと勘違いした人。そんな人であっても、知花の母親だ。


「知ってるさ。」


さて。急いでゴムを買って帰って、スカートを仕上げなくては。ティッシュケースはまだ作っていない。俺は手が遅いから、徹夜になるかもな。それでも、知花の喜ぶ笑顔を見られるなら頑張れるさ。

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