第2話 二度目

 俺は会社に行ってすぐ、翌日のタクシーを予約するためにタクシー会社に電話をかけた。デスクで話していると、家の住所がばれるからビルに入ってすぐに、エントランスから電話した。それくらい、おじいさんの話に惹かれたからだ。


 あのおじいさんに会うまでは、大通りを流しているタクシーを毎日拾って会社に行っていた。タクシーを呼ぶと迎車料金を取られるからだ。俺が利用していた頃は300円だった。田舎だとタクシーは無線配車だから、迎車料金がない場合が多いと思う。俺は毎朝300円余分に払っても、おじいさんの話を聞いてみたくなった。ああいう戦後の混乱期を生き抜いた人の話は、金を払っても聴く価値がある。

「はい。〇〇タクシーです」中年の女の人が出た。

「すみません。タクシー予約したいんですけど」 

 俺は草江さんの名前を言った。

「でも、草江さんじゃなかったら、キャンセルしたいんですけど」と付け加えた。

「わかりました。出勤している時は、手配するようにいたします。明日は出勤してますので、伺わせます」

「お手数なんですけど、ダメな場合はご連絡いただけませんか?通勤で利用するので遅刻すると困るので・・・」

「はい。承知いたしました。では、明日の8:00に〇〇〇のご住所に伺います」

「はい。よろしくお願いします」


 俺は草江さんに会うのが楽しみだった。不思議だったのは、住民票がないような人がどうやって運転免許を取れたのか、ということだった。全国逃げ回っていたというけど、指名手配はされていなかったんだろうか。恐らく戦後の混乱期で、人が殺されても大して捜査されなかったのかもしれない。しかも、誰も見ていなかったというくらいだから、犯人として捜査されることもなかったのだろう。


 しかし、占領下の日本で米兵を殺害したりなんかしたら、死刑になってもおかしくないんじゃないか・・・。でっちあげでも、誰かが罪を着せられて犯人に仕立て上げられているかもしれない。


***


 翌朝、約束の時間にマンションの玄関に降りて行くと、すでにタクシーが待っていた。


「おはようございます。すみませんね。中途半端な距離なのに・・・」

 おじいさんは何も答えなかった。耳が遠いんだろうか。

「骨折ですか?」車を発信すると話し始めた。

「はい。雨の日に転んで」

 俺のことを覚えていないと知ってちょっとがっかりした。タクシーの運転手だから、いろんな客がいるだろう。忘れるのは仕方ないけど、職業柄人の顔は覚えておいた方がいいのにと思った。

「今から会社?」

「はい。住所はここです」

 俺は念のために印刷しておいた紙を渡した。

「ああ・・・私、あんまり道知らないんでね・・・九州から来たんで」

 昨日は普通に行けたのに・・・大丈夫かな、と俺は不安になった。タクシーに遠回りされて笑っていられるほど経済的に余裕はない。

「あ、そうなんですか。国はどこですか?」

「福岡の八幡市ですよ。今は北九州市なんて名前に変わってますけど、怖いところですよ」

 北九州市は一般的に治安が悪いというイメージを持たれてしまっている土地柄だ。実際はそうでもないらしいが。


「ああ・・・すごかったんですよね。あの辺は空襲が」

 俺は最近の話ではなく、戦後すぐのことを聞きたかったので、自ら話題を振った。

「うちも空襲で燃えてしまって・・・その時、母と弟3人が死にました」

「え!そうだったんですか・・・。じゃあ、一人だけ助かったんですね?」

「はい。すごい苦労しましたよ。浮浪児になって。食うものもなくてねぇ。父親は戦争行ってしまって・・・戦後どうなったか。私はあちらで人を殺してから戻ってないですから、復員したかどうかも知りませんよ」

「あ、そうなんですか・・・誰を殺したんですか?」

「もう時効だから言いますけど、米兵を包丁で刺して殺しました」

 あ、やっぱり昨日と話が一致している。本当なんだ。俺はグイグイ引き寄せられた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る