暗がり

西川東

あるコンビニにて

 Kさんが、かつてアルバイトとして務めていた某コンビニ店の話。


 その店舗には奇妙なルールがあった。


 『バックヤードの暗がりには近づかないこと』


 務めていた当時、「なぜですか?」と店長に聞いても「危ないから」や、「怪我をしやすいから」という決まり文句を返されるだけであった。


 近づくなと言われているバックヤードのその隅は、中途半端なスペースとなっており、もう少し商品をうまく積めば無駄なスペースもなく、多くの商品がおけるはずなのだが、なぜか空いている。なんとなくだが、Kさんはそこだけ隙間を意図的に開けているような気がしたという。


 とにかく、触らぬ神に祟りなしという言葉があるように、Kさんをはじめとした店員らは、不用意にその暗がりに近づくことはなかった。そもそも業務に追われるなかで意識すらしていなかった。


 ある夏の日、昼間だというのにお客様がいらっしゃらず、店員さんと談笑していたときのこと。高校生のアルバイトであるHくんが、ずいぶん涼しげな顔をしてバックヤードから出てきた。そして開口一番にこんなことを口にした。


 「あそこ、けっこういい場所ですね~」


 Hくんは日頃からものを端折って話す癖があったので、Kさんは反射的に「え?なにが?」と答えた。するとHくんは


 「あそこですよ。あそこ」と、要領の得ない答えをする。


 相変わらず要所を端折るHくんの返答に首をかしげていると、もしかすると・・・と思い当たる場所が頭の中に浮かんできた。真意を確かめようとHくんの方をみやると、得意げな顔で「あそこ、めっちゃ涼しいんですよ。店長は独り占めしたかったんじゃないっすかね?」などとズレたことを口にしている。


 店員さんのほうをみると、あきれ顔でいる。


 そのまま店員さんが「何があるか知らないけど、上の人がいう『ダメなところ』にはいっちゃいけないよ」などと、Hくんを優しく叱ってその日は終わった。


 この日以来、KさんはHくんをみていない。


 店長に尋ねてみても「辞めちゃったみたいだね」と歯切れの悪い口調で答えられた。


 そして、いま思えば、だいたいこの日を境にバイトらの間で変な噂が広まった。


 いわく、レジカウンターに人の素足だけがみえるのだとか。


 Kさんはレジカウンターに佇む素足などみなかったため、にわかに信じなかったが、同僚のアルバイトはそれを理由に続々と辞めていった。そしてしばらく経たないうちに、Kさんは店長から呼び出された。


(バイトが大量に抜けたから、シフトの変更かな・・・)というKさんの予想は大きく外れた。



 店長はあのバックヤードまでKさんを連れていくと、その隅を指さしてこういった。


「あそこ、危ないから入らないでね」




 指さした先、不自然に空いたスペースには暗がりがあった。


 しかし、そこはいままでなんの躊躇もなく物を置いていた場所であった。



 そして、かつて「入るな」と言われていたスペースには、商品がキッチリと置かれていた。





「その瞬間、もうぞーーっとしちゃって」


「ウルトラセブンでペガッサ星人が出てくる回があるじゃないですか。あの回を急に思い出しちゃったんですよ。アレみたいに、ひょっとしてコイツは生きているのかな・・・なんて」


 それから仕事もままならず、Kさんは逃げるようにバイトを辞めた。


 いまでもそのコンビニは営業している。ただ店長やHくんがどうなっているのかは知らないそうだ。


「Hくんのことも、素足の話も、なにか関係あるんだろうけど分からないですね。今となっては」


 いまでもKさんは、どこかのコンビニに買い物に行くと、「あの暗がりが今はどうしているのか」などと、ときどきバックヤードに続く扉を見つめながら考えてしまうという。

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暗がり 西川東 @tosen_nishimoto

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