第2話・美しいアダムとイブの素材

 マッドな兄妹の未雷と過子は、祖父、父親、叔父が手を加えて完成させた人工宇宙を眺めていた。

 未雷が口を開く。

「何やろうか? この人工宇宙を使って」

 過子も口を開く。

「楽しい実験をしてみたいけれど……ちょっと、思いつかない。そういえば、お兄ちゃんは今、どんな実験をやっているの?」

「動植物の生体データを電気信号化して、データベースに集めるノアの方舟化実験……それなりのデータが集まった……おまえの方は、何をやっている?」

「生物進化のダーウィン実験、特定の要素を人工的に与えて生物をストレスで突然変異させる。青い生物とか赤い生物とか、遺伝子組み換え段階まで成功している……言葉をしゃべるカエルが誕生したよ」


 しばらく沈黙が続いてから、未雷が口を開く。

「……二人の実験で可能な人工宇宙のバーチャル惑星を使った、新たな実験となると」

「世界創造……人類創生のエデン実験だね、あたしたちが神となる」

 悪魔の笑みを浮かべる兄と妹。


「ふふふっ……やってみる価値はありそうだな……オレとおまえの、生体データを使って、VRのバーチャル惑星上にアダムとイブを」

「えーっ、嫌だよ兄妹でアダムとイブなんて……いくらマッドな感覚でも、それは気持ち悪いよ」

「じゃあ、どうするんだ?」

「別の男女のデータを採取して使おう♪ その方が面白い、若くて健康な男女のデータを」

「そんな、都合がいい男と女が現れるかな? 人間サイズの生物を入れて、肉体データを抽出する装置なら簡単に作れるけれど」


 数日間が過ぎた──人工宇宙の金属球惑星に、人類創生をする環境は整った。

 地表をかぶせ終った、高校生姿の未雷が言った。

「最初は赤をベースにした惑星にしてみたよ……赤い海、赤い大地、赤い空、動植物も赤にしてみた」

「うわぁ、アダムとイブの素材データをくれる人、早く現れないかな♪ 動植物は、あたしの進化実験をベースにして種類を増やしたんだね……クジラとか、ゾウみたいな巨大生物の生体データはどうやったの?」

「さすがに、全動植物データをすべて集めるのはムリがあるからね……代用生物の生体データを進化させて、巨大生物を作り出した」

「例えばどんな風に?」

「スーパーで買ってきた魚の切り身から、元の生物の生体データを抽出して進化させた……サンマを巨大化させて、シロナガスクジラの特注を持たせたり。イヌをゾウみたいな形態生物にデータ進化させたりしてね」


 生物は生活環境によって、似たような姿になる……例えば、古代の魚竜と哺乳類のイルカが、酷似した姿に進化したように。

「でも、人間だけはちゃんと人間の姿から創生したいよね……半人半魚マーメイドとか半人半蛇 ラミアとか」

半人半馬ケンタウルスとか、 有翼人類エンジェルとかも、環境次第では創れるぞ……部分的なケモノ耳とか、ケモノ尾の人間種族も創ってみたいな……ふふふっ、マッドな実験意欲が沸き上がる」

「本当、どんな異形人類も、あたしたち兄妹なら創り出せるから……うふふふっ」


 代々続く、マッドな血筋は兄妹の世代になっても健在だった。

「やっぱり、生体データのオリジンとなる人間は醜男よりイケメン、ブスより美人じゃないと」


 人間の生体データをどうするか? 未雷と過子が思案している日が続いたある日──屋敷に未雷が、たまに依頼されて臨時講義をしている大学の男子学生が。

 未雷が教壇に忘れてきたノートを届けに現れた。

「このノート……教授の忘れ物ですよね」

 凛々しく精悍な顔立ちをした、美形の男子学生は少し厳しい表情でノートを未雷に手渡して言った。

「失礼ですが、少し書かれていたノートの内容を読まさせて頂きました……恐ろしい実験を今すぐやめてください! 人間が世界を創造するなんて異常です」

 服の上からも、ムダな贅肉が無い引き締まった肉体であるコトがわかる男子学生は、倫理から未雷に抗議した。

「例えバーチャル空間でも、生命を弄ぶコトは許されません!」

 過子が怒る男子学生をなだめる。

「まぁまぁ、そんなに怒らないで、喉が渇いたでしょう……紅茶でもどうですか?」

「そうですね……少し喉が渇いたので紅茶、いただきます」


 紅茶を飲みながら男子学生は、未雷に質問する。

「前から気になっていましたが……教授の容姿って、高校生くらいにしか見えませんよね? 成人年齢を越えているのに? 教授の妹さんは、中学生ですか?」

「わたしと、妹の過子は成長抑制剤を飲んでいるからな……成人年齢を越えても、高校生と中学生の姿のままだ」

「そんなコトができ……」


 睡眠薬が混入された紅茶を飲んだ男子学生の手からティーカップが床に落ちて割れて、男子学生は眠りに落ちた。

 男子学生は、そのまま兄妹の手でストレッチャーに乗せて着衣のまま運ばれ。カプセル形のクリアーな肉体データ抽出装置に入れられた。


 人工冬眠ベットのような装置の脇に立った、未雷がスイッチのレバーを下げる。

「肉体データ抽出開始」

 青白いスキャン光がカプセルの中を流れ、男子学生の肉体データと遺伝子データが抽出される。

 抽出が終了して、装置のカバーが開けられると、魂が抜け出たような表情の男子学生が上体を起こして呟いた。

「教授に忘れ物のノートを届けなきゃ」


 トボトボと歩いて、人工雲の霧雨が流れる屋敷を出ていく男子学生の後ろ姿に、笑顔で手を降って見送りながらマッドな兄妹が言った。

「これで、アダムの素材は入手できた」

「あとは、健康なイブの素材だね……理想的なのは、授乳に適した巨乳と元気な赤ちゃんを受胎出産できる、大きな骨盤の女性なんだけれど……そんな女いるかな?」


 未雷と過子が求める女は翌日、すぐに現れた。

「わたくし、町の教会でシスターをしている者ですが……」

 未雷と過子は、やって来たシスターの体を観察する。

 兄妹が求めていた、理想的な肉体の持ち主だった。


 シスターはマッドな兄妹に実験素材として、見られているとも知らずに話しを続ける。

「大学の男子学生から、おぞましい実験を行っている者がいると相談を受けました……それは、神に背く悪魔の所業です! 今すぐ実験をやめなさい!」

「まぁまぁ、そんなに怒らずに……紅茶でもどうですが?」

「結構です! それよりも、そのおぞましい実験装置を一度見せてください、インスタグラムで世間に拡散させますから」

「はいはい、こちらですよ」


 シスターは、肉体データ抽出装置の部屋に案内された。

 カバーが開いたベット状の装置の中を屈んで、美人な巨乳シスター中を覗き込む。

「この装置画像を、ネット上にコメント付きで公開すれば……世間でも実験中止の声が……」

 未雷がシスターがスマホを取り出す前に、背中を押してシスターの体を装置の中に押し込めカバーを閉じた。

 驚き、内側から肉体データ抽出装置を連打するシスター。

「あっ! なにを、ここから出しなさい!」


 レバーを下げる未雷。

「肉体データ抽出開始」

 青白い光りがシスターの体をスキャンする。

 データが抽出されてしまったシスターは、男子学生の時と同じように魂が抜かれたような表情で。

「神さまに、お祈りを捧げなきゃ」

 と、呟いてトボトボと去っていった。


 帰っていくシスターの背中に向かって、手を振る過子が未雷に質問する。

「ねぇ、お兄ちゃん……抽出されたのは、肉体データだけじゃなくて。心とか精神のデータも少し抽出されてない? そんな感じがするよ」


「どうかな? 人間のデータを抜いたのは初めてだったから……心とか精神のデータも多少は抽出されたかもな……さあ、これで本格的な人類創生実験ができるぞ♪ ふふふ」

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