地雷系酔っ払いお姉さんと

最早無白

第1話 酒られなかった出会い

 塾からの帰り道。僕は駅に早歩きで向かっていた。

 志望校に進学するため、授業に加え二時間の自習をし、終電で帰る。そんな生活をここ半年、必死にこなしてきた。


 夜も更けてきたというのに、街の賑わいは留まるところを知らない。さすが都会だな……。


「にぇ〜、はにゃし相手にゃってくれん~?」


 ――僕のことじゃない。酔っ払いがなんで僕を呼び止める必要があるんだ、無視無視。


「ちょっと~、わたし呼んでんじゃ~ん! 逃げにゃいでよ~!」


 腕を掴まれる……といっても、力は全くといっていいほど入っていなかった。咄嗟に振り返ると、そこには耳まで真っ赤にした、綺麗な女性酔っ払いがいた。

 彼女は飲め飲めと、おちょこをこちらに突き出してくる。


 こういうファッション……確か『地雷系』だったかな? 前に塾の子が言ってたけど、本当にいたんだ……。

 ってそうじゃない! お酒は飲めないんだし、ここは断らないと……。


「いや、お酒は……」


「え~!? にょめにゃいの~? じゃあにゃんで、こんにゃとこ歩いてるわけ~?」


 にゃんでって言われても、ここが駅までの最短コースだからとしか言えない。

 他の言い訳も思いつかなかったので、僕は正直に説明した。


「ふ~ん。まあこにょ辺は危にゃい人多いし、気をつけにゃきゃ~」


「あなたがそれを言いますか……」


「確かに! でもわたしは暴力振るう系の酔い方じゃにゃいから! 安全!」


 絡んで酒を飲ませてくる系も嫌だ。とにかく早く帰らせてくれ、終電が……。


「つ~わけで、君はわたしのはにゃし相手ににゃってもらう!」


「とりあえず離してください! 少しだけなら話聞けるので!」


「マ!? 助かる~!」


 変に逃げるより、相手をしてやって上手いこと帰してもらおう。


「お礼にわたしがオゴるね! あ、ドリンクバーはなしでいい?」


「はい、大丈夫です」


 場所は変わってファミレス。お冷のおかげで意識がはっきりしてきたのか、とろけボイスもなくなり、さっきよりスムーズに会話ができている。


「……本当に飲めないの?」


「本当に飲めません! ドリンクバーもなしでいいです!」


 さっきまであんなにベロベロだったのに、まだ飲むつもりなのか……。


「お待たせしました、カルボナーラが二つになります!」


 料理達が美味しそうな匂いとともに、テーブルの容量を奪っていく。僕は料理の知識が乏しいため、彼女と同じものを頼むことにした。


「えっと、あの……」


「どした~? あ、わたしのこと?」


「そりゃそうですよ。いきなり絡んできて、話聞けだなんて」


「あ~、ごめごめ! ちょい嫌なことあってさ、誰かに愚痴りたかったんだよ!」


 ヤケ酒か……面倒なことに付き合わされたなぁ。隙を見て帰りたいアピールしていくか。自然に、あくまで自然に。


「そ、そうなんですね~。なら聞きますよ」


「ありがとね~。てか名前言ってなかったわ、わたしは南乃なの。方角の南に、乃木坂の乃ね。まあ名前とか興味ないか」


 綺麗な人だとは思うが、その名前自体には興味はなかった。時計を見ると、終電まではあと三十分ほどしかなかった。


「それで、愚痴りたいことって?」


 こちらとしてはさっさと愚痴ってもらって、解散の方向にもっていきたい。僕は質問をすることで話を進めていく。


「こらこら、急かす男はモテないぞ~? って、目がマジのヤツだこれ。まあその……今日の朝、彼氏と別れたばっかなんだよね~」


「そうだったんですね……」


 思っていたものとは違う方向の愚痴で驚きを隠せない。それは話し相手も欲しくなるか……。ちなみに僕は恋愛のれの字も分からないので、聞くだけになりそうだけど。


「ねぇ聞いてよ! アイツね、わたし以外にも女いたの! しかもこの前の花火大会、私からの誘いは断っといてさ、その女とは行ってたの! しかも浴衣って!」


「まあまあ、落ち着いてください! 他の人もいるんですし」


 我を忘れた南乃さんを必死になだめる。まだ酔いは醒めきっていないようだ。


「ごめごめ、でも今ので結構落ち着けたわ~。んでさ、君は今フリーなの?」


「えぇっ!? まあ、もちろんフリーですけど」


「あはは、『もちろん』って! 冗談冗談!」


「もう、なんですかそれ」


 完全に弄ばれてる……南乃さんは一体僕をどうしたいんだろう?


「まあなんていうか、今寂しいんだよね~……無理やり話し相手作ってさ、昼間から愚痴聞いてもらってたってわけ。一杯オゴりで」


 南乃さんは頬杖をついてこちらに視線を向ける。話を聞く限り、被害者は僕だけじゃないようだ。というか昼間からって、いくらなんでも飲みすぎじゃ……。


「どした? もしかして、さっきの効いてる感じ?」


「いや、その……」


 さっきの冗談もあってか、南乃さんのことを意識してしまっている。

 黒とピンクの二色の髪も、ピアスだらけの耳も、ひらひらしてて目立つ服も。

 どれも学校や塾では見られないものであり、南乃さんはそれらを自分のものとしている。少なくとも僕はそう感じた。


「お~い、聞いてる~?」


「は、はい! ちゃんと聞いてます!」


「やっぱ効いてんじゃん。見るからに初心な君には、地雷のおねーさんは刺激強すぎたか~?」


 はい、刺激受けまくってます……。

 動揺する僕を見て、南乃さんはにやりと笑う。少しだけ露わになった八重歯に、より一層揺さぶられる。


「まあ、接したことないタイプの人なので……」


「確かに、塾とは真逆のファッションしてるよね~。地雷好きなの?」


「どうなんでしょう、かわいいとは思いますけど……」


 ――『南乃さんが着ているから好きです』とは、さすがに言えなかった。

 ここで正直に答えたら、なんだか南乃さんに負けたような気がする。別に勝負してるわけじゃないんだけど、なんとなく。


「ふ~ん。そういうの苦手そうなのに、なんか意外。あ、服だけ見れば~ってやつか。残念、中身はこんなでした~!」


 ダブルピースで煽ってくる南乃さん。この人、本当に行動が読めないな。


「まあ、初対面の人にいきなりお酒飲ませてきましたもんね」


「ひどっ! でも事実だから何も言い返せない! ……待って、終電大丈夫?」


 ――そういえばそうだった! 慌てて時計を確認するも、既に日付が変わっており、当然終電も逃していた。

 そしてスマホの通知が鳴る。送り主はもちろん母さんで、内容はいつもと同じの『電車乗れた?』である。


 母さんを心配させるわけにはいかない。電車には乗れなかったが、あてはあるということにしよう。『友達の家に泊まる』とでも送っておくか。


「えっと、ダメでした……」


「うわごめん! 全然少しだけじゃなかったね!」


 まるで自分の出来事かのように慌てふためく南乃さん。元はといえば、この人が僕にダル絡みしてきたのが悪いんだけど、それにしてもだ。


「それで、大丈夫なの? 泊まれるとこある?」


「まあ大丈夫です。適当にネカフェでも探しますよ」


「え、そりゃダメだよ~! 床硬いし!」


 心配するところ、そこなんだ……。

 南乃さんってなんか独特だな。いい意味で適当というか、つかみどころがない。ずっとふわふわしてる感じ、なのか?


「でも、この辺でネカフェ以外に泊まれる所なんてないですよ。床が硬いくらいなら全然耐えられますし、明日……今日は予定がないので、最悪寝なくてもなんとかなりますよ」


「ダメダメ! そんなんじゃ体壊しちゃうよ~……そうだ、ウチ来なよ! ~?」


「えっ!?」 


 予想外すぎる提案に、僕は驚きを隠せなかった。

 南乃さんは僕に愚痴りたかっただけ……まあ結果的に終電は逃したけど。決して悪気があってのものではないはずだ。ありがたい話だけど、ここはきっぱり断ろう……。


「いや、さすがにこれ以上は迷惑かけられないですよ。オゴってくれるだけで、僕はもう大丈夫なんで……」

 

「まあまあそんな固いこと言わずに~! お礼その二ってことで、泊まっていってよ! あ~でも、泊めたらわたしワンチャン捕まる……? いや、友達ってことにすりゃ大丈夫か! 君は今日んだもんね~?」


「と、友達の家……」


 ――僕は、きっぱり断ることができなかった。

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