駆け出し冒険者はドラゴンを見つける

「こっちの方からすごい音が聞こえてきた気がするんだけど……」


 花畑に囲まれた河原、フローリィ・アリバーに、その冒険者はやって来ていた。

 冒険者の名前はノア=ロゼクォーティア。つい最近、自分が暮らしていた村から出て、旅を始めたばかりの女冒険者だ。

 ノアは冒険者の聖地、ギルディクス・ノーヴェルと呼ばれる多くのギルドが集まっている大きな街へ向かうため、1人、プリモニアの村から旅立っていた。

 このフローリィ・アリバーは、そんなプリモニアの村からかなり近い位置にある穏やかな河原で、うろついているのは人間を襲うことをしないスライムや、ガッティと呼ばれるペットにもできるおとなしい性格をしている小型の魔物、そして、少々気性が荒く、冒険者を襲って来るガルルディと呼ばれる魔物がうろついている場所である。


 今日、村の外に出たノアは、この日、プリモニアの村から比較的に近い町である、小さな港町、ポルトゥス・セグエントへと向かい、冒険に必要な準備をして、そのまま船に乗り、ギルディクス・ノーヴェルへ向かおうとしていたのだが、その途中で大きな物音を聞き、不思議に思ってフローリィ・アリバーを歩き回っていた。

 音の大きさからして、巨大な何かがここに墜落したのは明白だった。

 もし、どこかの飛空船などか落下したのであれば、要救助者や死傷者がかなりいるかもしれない。

 自分1人で何かできることが限られていることは理解しているが、それでも、応急処置をすることにより生きながらえさせることができる命があるのであれば、やる方がいいのではないかと考えたのである。


「ふぅむ……煙は見当たらないな……。」


 辺りをキョロキョロと見渡しながら、墜落したものを探す。

 しかし、何かが落下したのは音からして明白だったと言うのに、煙のようなものは辺りに存在していない。


 ─────……飛空船などが墜ちたのであれば、間違いなく煙が発生しているはず。なのに肝心な煙は存在していない。おまけに、このフローリィ・アリバーは背の高いものはほとんどなく、花畑と綺麗な川がある程度の場所だ。だから、乗り物なら一発で位置がわかるはずなんだけどな。


 想定していた現状は全くと言っていいほどに見当たらない。

 となると、何がこの穏やかな花畑と川が存在する場所に落下したのか。

 募る疑問と、嫌な予感を抱きながら首を傾げる。

 すると、ノアの足元にガッティとスライムがまとわりついた。


「うわ!?」


 急なことに驚き、思わず声を漏らす。しかし、すぐに頭を切り替えて、ノアは足元に集まっているスライムとガッティに目を向けて、静かにその場にしゃがみ込んだ。

 理由は簡単。スライムたちがノアに何かを伝えようとしている様子があったからだ。


「どうした?キミらが人の足元にこうまで寄って来るなんて珍しいじゃないか。」


 本来、スライムやガッティは人が近づけば逃げてしまうほどに臆病な魔物たち。

 そんな魔物たちが人に自ら近づいて来るなどまずあり得ない。

 ともすれば、彼ら、または彼女らは、人以上に近寄り難い何かがいることを伝えようとしているのだと少し考えれば理解できた。

 であれば、自分が今できることと言えば、彼ら、または彼女らが伝えたいことを正確に汲み取ることだろうと判断し、穏やかな声音でスライムたちに声をかける。

 よく見れば遠巻きにガルルディたちもノアに目を向けており、かなり困惑した表情を浮かべていた。


 ─────……あ……ちょっと厄介なことに首を突っ込んでしまったかもしれない。


 普段なら冒険者を見た瞬間襲って来るはずのガルルディ。

 そんな彼らも困惑したような表情をして、遠巻きに冒険者である自身を見つめて来る様子から、ノアが抱いていた嫌な予感は一層強くなる。

 関わらない方が良かったかもしれない……そんな後悔はすでに遅く、話しかけられたスライムとガッティは、自分たちが訴えようとしていることを汲み取ろうとしてくれているノアに、期待の眼差しを向けていた。

 純粋でキラキラとした目を向けられてしまえば、やっぱなしと言えるはずもなく、吐き出しそうになった溜息をなんとか堪え、腹を括ってスライムたちに目を向ける。

 何があったのかと問うように。


 話を聞こうとしてくれるノアの姿に、スライムとガッティはその場で跳ね回り、ガルルディたちは安堵の息を吐く。

 ここら辺の地域では、食物連鎖の上位にいるはずのガルルディたちまで、力を貸そうとする人間を見て安堵するとは何事か。

 困惑とやっぱり断れば良かったという感情に苛まれて、なんとも言えない複雑な表情をノアは見せるが、スライムたちは気にしていないのか、こっちだよと伝えるようにどこかへ一斉に移動を始める。

 重い足取りで渋々スライムたちについていく。だが、程なくして自身の肌を刺すような強大な力の残滓と、嗅覚を刺激した血の匂いに見舞われて、目を見開いて硬直した。


 ─────……え……?なんだこの力の残滓……?明らかにここら辺にいる生き物とは比べ物にならないほどの強大で凶悪な力じゃないか!!


 洪水のように押し寄せて来たその気配に、呼吸が浅くなる。

 体中から冷や汗を流し、その顔はとても真っ青だ。

 明らかに様子がおかしくなったノアの様子に、スライムもガッティも、あのガルルディたちでさえも異常を悟り、オロオロとその場で慌て始める。

 連れていくべきではなかったかもしれない。別の人間に頼んだ方が良かったかもしれない。

 そんなことを思いながら、焦燥を見せる魔物たち。

 だが、ノアは顔を青くしたまま、自身の体を押さえつける恐怖をなんとか振り払い、急いで血の匂いが強い方へと走り出す。

 この気配は間違いなく人間じゃないし、魔物でもない。

 そんな枠組みにすら収まることがない怪物のもの。

 しかし、それを頭で理解していながらも、ノアの体は止まらなかった。

 どうしてか彼女は、“行かなくてはならない”と思ってしまったのだ。

 理由はわからない。わからないけど、“自分が行かなくてはならない”という感情だけが今のノアを支配しており、息苦しくなるような重圧を受け、体が震えたりしているにも関わらず、真っ直ぐと力のある方へと足を運ぶ。

 すると、その視界に小高い丘が映り込んだ。

 いや、小高い丘のようにしか見えないほどの巨体が、視界に映り込んだ……が正しいかもしれない。


 横たわるのは黒を体色のメインとしながらも、翼の膜の内側や、逞しい四肢の先にある鋭い爪の色が薔薇色に染まっている巨大なるドラゴン。

 それが、ヒメルファレンドラッヘと呼ばれている竜種の1体であることにノアはすぐに気づいた。

 ヒメルファレンドラッヘ……神竜と名高いエンシェントドラゴンと並び、神すらも滅ぼしかねないとされている竜種であり、この世で7体のみしか存在していない破壊の化身。

 一説には、エンシェントドラゴンがなんらかの要因により変質し、独自の進化を得て発生した存在だと言われている。

 傲慢なヒメルファレンドラッヘは、白を体色のメインに持ち、ところどころに黒の鱗を宿すもの。

 強欲なヒメルファレンドラッヘは、黒を体色のメインに持ち、赤の鱗や膜を宿すもの。

 暴食のヒメルファレンドラッヘは、黒を体色のメインとし、深緑の鱗を宿すもの。

 怠惰のヒメルファレンドラッヘは、黒を体色のメインに持ち、青の鱗と翼膜を宿すもの。

 憤怒のヒメルファレンドラッヘは、赤を体色のメインに持ち、黒の翼膜と鱗を宿すもの。

 嫉妬のヒメルファレンドラッヘは、黒を体色のメインに持ち、黄色の翼膜と鱗を宿すもの。

 そして、色欲のヒメルファレンドラッヘは、目の前に横たわる黒を体色のメインに持ち、薔薇色の翼膜と鱗を宿すもの。

 個々が宿す特性は、7体全てバラバラだ。だが、共通した部分がいくつかあり、そのうちの一つが、自身が気に入った縄張りに生き物が入り込んだだけで飛来し、その命を奪うほど気性が荒いと言う特徴だ。


 ─────……そんなヒメルファレンドラッヘが、いったいなんでこんなところに?


 目を瞑って動く様子を見せないヒメルファレンドラッヘ。

 ノアは、恐る恐ると言った感じにゆっくりと近づき、生命活動が続いているのかどうかを確かめる。


 ─────……浅くなってはいるけど呼吸を行ってるみたいだから、瀕死の重体に追い込まれた感じかな。ヒメルファレンドラッヘ相手に、これほどの大ダメージを与えられるのは、エンシェントドラゴンくらいのような気がするけど……。


 だが、エンシェントドラゴンと呼ばれる種族は、例えヒメルファレンドラッヘであろうとも、自ら襲うことはない。

 だとすると、ヒメルファレンドラッヘの縄張りにエンシェントドラゴンが入り込み、それに気づいたヒメルファレンドラッヘがエンシェントドラゴンを追い返そうとして戦闘に発展してしまったのか。

 いや、そもそもエンシェントドラゴンは、他の竜種がうろついている場所に姿を表すことはしない。

 なぜなら竜種はエンシェントドラゴン以外は全て縄張り意識が高く、少しでも足を踏み入れたら襲って来ることが多々あるため、争いを好まないエンシェントドラゴンは、そもそもが縄張りを侵すことがない。

 では、なぜこのヒメルファレンドラッヘはこれほどまでのダメージを受けるに至ったのか?


 ─────……何やら、おかしなことが起こっているような気がしてならないな。あまり首を突っ込みたくないし、どうしたものか。


 ヒメルファレンドラッヘを見た以上、駆け出しの冒険者が踵を返してこの場から立ち去るという行動を取るのはおかしくない。

 だから、このままヒメルファレンドラッヘはここに置いておき、実力のある冒険者を呼んでくると口にすることも不自然ではない。

 やろうと思えばいくらでもできる回避方法。それを、いくつも脳裏に浮かべる。

 あとはそれを実行し、自身はこれ以上関わらない……それが最善であると、ベテランの冒険者やギルドの人間は言うだろう。

 だが、ノアはなぜかそれが出来なかった。目の前にいる存在はあまりにも恐ろしく、目を覚ませば自分のような人間は、その巨大な口で一飲みされてしまいそうだというのに、逃げるという行動は、ノアの脳内に存在していなかった。


 ─────……ヒメルファレンドラッヘは、光属性の力を嫌う。竜素であろうと、魔力の源であるフォルスティアであろうと。回復系統の魔術は、殆どが光属性のフォルスティアを含んでいるから、ヒメルファレンドラッヘには害にしかならない。


 ではどうするべきか……少しだけ考えたノアは、その場で1つの魔術を発動させる。

 組み立てた術式の魔法陣は、水属性を示す水色の光を放っている。


「キュアリスウォール」


 穏やかな声音で術式の名前を口にすれば、魔法陣から清澄な水色の光が溢れ出し、辺り一面に広がっていく。

 溢れた光は目の前に横たわるヒメルファレンドラッヘへと流れていき、その巨体を完全に包み込んだ。

 水属性のフォルスティアを使用することで発動する別の属性の回復魔術は、ヒメルファレンドラッヘの傷を癒していき、浅くなっていた呼吸も、正常の穏やかな呼吸へと変わっていった。

 川辺で使ったからだろうか?いつも使ってるキュアリスウォール以上の回復効果をもたらしているような気がする……なんて頭の片隅で考えながら、ノアはその場に座り込んだ。


 ─────……怪我は完全に治っているわけじゃない。だからダメージはかなり残っているはず。これだけ回復しているのであれば、あとは竜種が持つ生命力でどうにでもなりそうではあるけど…………。


 穏やかな呼吸を繰り返しながら、その場で眠っているヒメルファレンドラッヘ。

 これならもう放っておいても大丈夫……そう頭の中では理解しているが、どうしてかノアには、この場から立ち去るという選択肢が全く浮かんでいなかった。

 まるで、その場に意識が縫い付けられたかのような……まるで、魅力的な何かを見つけ、惹きつけられてしまうような……そんな不思議な感覚に飲まれてしまっていた。

 これが、色欲のヒメルファレンドラッヘと呼ばれている存在の力なのか、それとも別の何かなのか、今のノアにはわからない。


「……とりあえず、傷が治るまでは様子を見ようか。」


 ポツリと呟いた言葉を聞くのは、ノアの周りにいる魔物たちだけ。

 フローリィ・アリバーに流れている川に足を浸けて座り込む冒険者の様子に、先程まで慌てていた魔物たちは、すっかり落ち着いたのか、パシャパシャと水を蹴り上げて遊ぶノアの側に集まっては、個々で自由に過ごし始めるのだった。


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