憧れと背中合わせ

たまぞう

綴られる物語たち

「──趣味って何かある?」


 この質問は人と出会った数だけ受けた気さえする。


「ずっと探してるんですけどね──」


 その度になんとか言い逃れをしている。


 そう、“言い逃れ”だ。世間の人が揃いも揃って聞いてくるほどに趣味があることが普通なんだろう。


 わたしのようにそれがないのはきっと恥ずかしくて情け無いことなんだろう?


 色々と試したと思う。けれどなにをしても虚無感しかないのだ。世の中には物が溢れすぎたと思う。


 いつからか、産まれた時代を間違ったと思うようになった。もっと前に、それこそ戦後間も無くとか、極端な話戦時中だったりもっと前の戦国時代とかなら、違ったかも知れない。


 生きること。そこに必死になれると思う。


 今の時代は贅沢さえしなければほどほどに生きられるのだ。簡単には死なない。そうでない人たちからは叱責されそうな言い草だろうけど、そう思っている。


 そして金があれば何でも手に入る。あればあるほどに、贅沢は際限なく。だからこそ普通に生きていられることに不満を覚えるのだ。そしてそんな風に思っていながら、現代の便利さを捨てられないのがわたしだ。実に腹立たしい事ではあるが。


 何をしても虚無感が襲ってくる。空っぽなのだ。土日はこんな事をした。連休はどこそこに行ったと、聞いてくる人に答えるためにやっているのかもしれない。


 本当のわたしは何もせず、お昼寝して過ごしたい。ずっと横になって自堕落に生きたいのだ。けどそれは現実的ではないだろう。生きていくのにお金無しでは過ごせず、人との関わりを捨てきれない。人からどう見られているかなんてのも気にしてる。だから空虚でもそんな事をしているのだ。


 そんなわたしだからこそ──妄想の住人に代わりにお昼寝してもらおう。戻れない子ども時代を過ごしてもらおう。


 命がけで生きてもらおう。全力で暴れてもらおう。何でも出来る魔法使いにでもなってもらおう。


 現実では叶わない充実を妄想の中で体現してもらおう。ハーレムなんていらないから、不器用な恋でもしてもらおう。


 いっぱい笑ってもらおう。泣いてもらおう。怒ってもらおう。


 ──幸せになってもらおう。わたしの代わりに。




「あなたは今世界の狭間に落ちました。そこで2つの道を用意したので、“2人に分かれて”それぞれ生きてください。1つはこれまでの日々。空虚で鬱屈とした毎日を。もう1つは自由でチートな何でも思い通りの世界。さあ、2人に分裂したあなた同士で決めてください。じゃんけんでも殴り合いでも話し合いででも──」




 わたしは現実に生きる方のわたし。また朝が来れば仕事に出かけて何となく生きていくだろう。


「趣味はないよ、“わたし”には、ね──」



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憧れと背中合わせ たまぞう @taknakano

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