都の兵士たち
軍の基地を中心に、放射線状に広がる都。
古い城壁に囲まれ、弾痕とこびりついた黒い染みが残っている。
「あれが都なんだね。初めてだよ、見るのも近づくのも」
『クソったれの本拠地だ』
「そうみたいだね。でも、どうして? 良い人だっているかもしれないのに」
『群れを撃ち殺した。人食いに成り下がるしかないほど底に突き落とされたんだぞ。クソったれと呼んでも罰は当たらん』
赤ずきんと狼は、外から都の城壁を見上げた。
「そうだった、ごめん。でも道だけは訊きたい、門番してる兵士さんに訊いてもいい?」
そっぽを向いた狼はよたよたと街道の脇にある太い木の下に隠れた。
お座りの姿勢で待つ。
「ありがとう、すぐに戻るからね」
街道に沿って歩いていく背中を見送る。
数分が経った頃、狼の耳に、土を強く踏み込む靴音が届く。
兵士が5人、都に向かって街道を歩いていた。
全身が強張る。できる限り伏せて、呼吸を抑える。
気付かれないことをただ祈った。
「あれ、何か獣がいますね」
無情な一言に、鼻息が漏れた。
丸メガネの兵士が大柄な狼を指す。
軍服が窮屈なほど筋肉質で大柄な兵士は、
「害があるなら撃っちまうか」
ライフル銃を構えた。
「いえいえ、あの種類は絶滅したはずの狼です。なかなかレアですよ、仕留めるなんてもったいない」
「そんなのめんどくせぇよ、人食いでもなんでも狼だろ、撃ってはく製にしちまおう」
ボルトハンドルを倒して構えた。
「ま、待ってください、リュック背負ってるから、近くに、飼い主がいるのかも」
少し怯えた感じの兵士に、仲間は笑う。
「狼を飼うだって? ハハ、じゃあワイアット、飼い主が現れるまで待ってみろ。その間に俺達が隊長に駆除報告をしてくる」
「えっ! お、俺がですかっ」
驚いた拍子に帽子がずれてしまう。慌てて鍔を摘まみ直す。
「襲ってきたら撃ち殺せばいいんだよ。まともに撃てたことないだろうけど、じゃ、ちゃんと見張ってろよ」
笑いながらワイアットを残して都へ。
街道の脇にある太い木の下で伏せている狼を、ちらちらと覗きながらも、目を合わせず、緊張している。
なかなか戻ってこない赤ずきんに痺れを切らした狼。
『……おいっ!』
声をかけてしまう。
「え、だ、誰だ?」
『ワイアット、ワイアット! ここだ、オレだ!』
声の主に気付き、ようやく目を合わせた。
「う、ウソだろ、狼が、喋ってる?」
『嘘じゃない、いいか頼む、オレはここで相棒を待っているだけだ。決して人を襲うことなんてしない、だから見逃してくれ』
「あ……有り得ない、夢でも見てるのか、俺は。獣が、狼が喋るなんて」
『いいから見逃せ!』
ぶるぶる首を振って、拒否を示した。
「め、命令には逆らえない、飼い主が戻ってきたら話は別だけど」
『今門番に道を訊いている。もうすぐ戻ってくるはずだ』
近づこうとすれば、ワイアットは慌ててライフル銃を構える。
「う、動くな! 動いたら……襲ってきたと判断する」
『クソッたれが、撃ってみやがれ、鉛ごと噛み砕いて喰いころ』
前脚に重心を寄せ、背中の毛を逆立てた。
「あのーすみません」
透き通った声に、狼はふぅっと息を漏らす。
ワイアットの蟀谷に固い物が触れる。
「へ、いっ!?」
リボルバーだと気づいたワイアットは、ライフルを地面に落とす。
両手を挙げる。
『ほらみろ』
「で、何かしたの? 狼さん」
『何故オレが悪い。何もしていないぞ』
冗談だよ、と微笑んだ赤ずきん。
「お、女の子、飼い主、女の子……あぁ」
動揺と恐怖で唇を震わす。
「すみません。彼は私の大切な相棒なんです。見た通りなんにもできないお年寄りでして……許してもらえないでしょうか?」
「わ、分かった、許すから、ごめん、ごめんなさい!」
銃口をゆっくりと下ろし、狼の傍へ。
赤ずきんの穏やかな碧眼と整った顔立ちを見て、静かに驚いた。
『酷い言われようだが、助かった』
「それじゃあ失礼しま」
「ま、ままま待て! 状況を報告しないといけないから、ライアン隊長が来るまで待って」
結局身動きがとれず、唸ってしまう。
「別に構いませんが、手短にお願いしますね」
「それは、隊長次第だけど……お願い、してみるよ」
ワイアットは何度も頷く。
『なんだこのガキ』
扱いの差に不満を覚えた。
金髪のおさげがフードからこぼれる度、ワイアットは目を奪われる。
無意味に鍔を直し、落ち着かない様子。
「どうされました?」
気が散り、ワイアットに訊ねた。
特に強めでもない声だが、肩を一瞬震わせた。
「あ、いや、なんでその、狼と一緒にいるのかなって」
赤ずきんは目を細める。
「色々と訳があるんですよ」
「……そ、そっか、色々と……」
ワイアットは優しさを含めた声で、控えめに頷く。
『なんなんだこのガキは』
狼はまた不満を募らせた。
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