デメニギス

もと

#デメニギス

 最初のうちは喜んでたよ、みんな。

 先月ぐらいからクラゲや赤や青のキラキラした小魚が地上を泳ぎ出してから、みんな写真撮ったり紐で繋いでペットにして喜んでたんだ。

 僕も嬉しかった。図鑑でしか見た事ない珍しい熱帯魚を触ったり撫でてあげれるなんて本当に凄い。

 なのに、なんかもう分かんないよ。


「や、め……て……」


 今、目の前で灰色のスーツの若いお姉さんが食べられてる。

 僕の大好きな深海魚、デメニギスの群れに追いかけられて転んだ所で顔と手足が見えなくなった。服の上には一匹もいないけど布の下がモコモコ動いてる。


「……や、だ……」


 喉を破られた。ツヤツヤの茶色い前髪が揺れてる。もうアスファルトも血塗ちまみれ、手も足も胴体も頭もちょっとずつ別々に動いてる。

 僕は死にたくない。まだ死にたくない。

 そうだった、今日は朝から少し変だったんだ。

 ニュースでも言ってた、茨城で木の上で休むリュウグウノツカイが目撃されたって、東京でもアンコウが庭で犬を釣ろうとしてたって、朝には笑ってたのに。

 今日は深海魚が地上に来てたんだ。デメニギスもそう、頭が半透明でコックピットみたいでカッコいい深海魚だ。


 ……海で出会ってたら嬉しかったんだろうな。ああいうかたちの深海探査艇があったら乗りたいと思ってた。大人になったら研究者になって誰も行った事ないぐらい深い海に潜ろうと思ってた。

 でも今そのデメニギスがピチャピチャと水っぽい音を立ててる。

 なんかもう嫌だな。背中を向けないように、息も止めてゆっくり離れる。お姉さん、いま僕が持ってる一番の武器は図工で使うハサミなんだ、ランドセルから出して手に持ってはいるけど、こんなのどうすれば良いか分からないよ。助けられなくて、助けなくてごめんなさい。


 足元をガサガサガサッと赤いのが走り抜けた。エビやカニ達だ。ちょうど良いかも、ドサクサに紛れて赤い道を逆走する。何匹もバリッと踏んじゃった。

 誰かが人間を捕まえて食べ始めると甲殻類が来る。一時間ぐらいで貝にゆっくり食べられて後には服や持ち物しか残ってない。一緒に学校を出た佐々木さんの最初から最後までを見てたから分かる。捕まったら終わりだって、分かってる。


 普通に帰れてたら家まで十五分なのに半分も進めてない。いつも遊ぶ公園には誰もいなさそう。

 昨日はここで佐々木さんと魚取りした。僕が小さなホタルイカを捕まえて、二人で頭と手を合わせて暗くしたんだ。青く光るのを見たんだ。


「そこの小学生、邪魔だ! どけ!」

「え?」


 多分『そこの小学生』は僕だ、どけるの? 道路だし、えっと、しゃがむ?

 パンッ、パンッと映画で聞く銃みたいな音がして、後ろにドチャッと何かが落ちた。


「死にてえのか? ああん? ボケーッと歩いてる場合じゃねえんだよ」

「なに?」


オトリになってくれんのか? 違うならコッチ来い」

「え、どこ? どこに?」


 キラッ、キラキラッと何かが光った、ホタルイカじゃない、公園の柵代わりの低い木の中だ。

 飛び込む。


「よく生きて帰ってきたな? ヤマト小学校からだろ?」

「は、はい、いえ、友達が食べられちゃいました」


「そっか、お疲れ。俺はユウト。今は狩りを楽しんでるだけの、しがない高校生のオニイサンだ」

「ダイスケです」


 名前だけ言われたから僕も名前だけ言ってみたら、ユウトさんがニコッと笑って頭をポンポンしてくれた。

 指先が出てる黒い手袋の手で、反対の手には銃、さっきの本当に銃声だったんだ、なんでだ、戦争みたいな銃を持ってる。

 小さな鏡を畳んでポケットにしまってる、これを反射で光らせて僕を呼んでくれたんだ。すごいな、全身緑色の服を着て、緑色のヘルメットまでかぶってる。ユウトさんだけ戦争をしてる。

 魚を相手に戦って、ああそうか、道路にウツボが落ちてる。僕、狙われてたんだ。固く握ってたハサミを僕もポケットに隠す。なんか恥ずかしい。


「助けてくれてありがとうございました」

「どういたしまして。いやアイツさ、ウチの車の下に隠れて出て来なかったからさ、どうすっかなーとか思ってたんだよね。逆におびきだしてくれて助かったわ」


「はい、いえ、どうも」

「よし、キリも良いしウチで休んでけよ」


「あ、えっと……」

「お? エライじゃん、『知らない人に着いて行っちゃダメですよ』って思った? 大丈夫、人間は魚より安全だ」


 立ち上がるにもキョロキョロするユウトさんの真似をして、道路を挟んですぐの白い一軒家に滑り込む。木の葉っぱを払ってお邪魔します、誰もいないみたいだ。

 ユウトさんは玄関でヘルメットだけ脱いで僕をリビングへ、柔らかいソファーに座らせてくれた。重たいランドセルを下ろしたらタメ息が出ちゃった。

 肩から銃を下げたままでコップに入れた冷たい水をくれるユウトさん。


「ちょっとタマ取ってくるわ。あ、なんかあったら大声で呼んで」

「はい、ありがとうございます。いただきます」


 高校生って言ってたけど、ユウトさんは横にも縦にも大きい。それに喋り方もマンガの大人みたいだ。なんかホッとする、けど……少し休ませてもらったら帰らなきゃ。もう出たくないんだけどな、外に。

 食べられて死ぬなんて思ってなかった。いつかおじいちゃんになって、なんとなく死ぬものだと思ってた。


 ……帰りたくない、ここから出たくない。ユウトさんは迷惑かな? 何かお手伝いをしたりとか……。


「ホレ、これ持っとけ」

「はい? うわ、え?!」


 肩越しに黒い銃がニョキッと出てきた。小さなビニール袋にパンパンに入ったBB弾も一緒に。

 使い方を教えてもらう。これは刑事物のドラマとかで見るような両手で構える拳銃で、ユウトさんのはライフル。どっちも外国の軍隊が使ってる物と同じ形で、固いウロコが無ければ魚の体も貫通できる威力らしい。

 お母さんは普通に買い物に出かけたまま帰って来ないし、お父さんも仕事に出たきり。ユウトさんは学校に行ってないから留守番してたって。後は猫のコタロウがいると……猫がいるんだ。


「ま、口で説明してもアレだからさ、練習がてら狩りでも行きますかね」

「あ、はい……あの、コタロウに会いたい、見たいです。猫好きです」


「なるほど、こういう時にモフッて癒しを求めるのも一興いっきょうだねえ。あれ? その辺に? 隣かな? キャットタワーとかベッドが隣の部屋に……」

「コタロウ?」


 二人でテーブルの下とかを覗きながら、ユウトさんがフスマを開けた。


「うわ?!」

「え?!」


 血の匂い。なんかタタミの床に茶色い毛が落ちてる気がするけど見れない、四段のキャットタワーの真ん中に猫より大きい赤いタコがぶら下がってる。クタッとした胴体が起き上がった。

 ……入られてた、柔らかい体で、軟体動物のタコは家の中に入って来れるんだ。家でも、家なのに安全じゃない……。


「おいオマエがやったのか?! コタロウを!」

「ユウトさん、ダメだよ!」


「うっせえ! 下がってろ!」

「卵だよ! あのタコ、卵持ってる! 後ろにいっぱいある!」


 ガシャガシャンッとライフルの手元を前後させて撃つ寸前のユウトさんの腕にしがみつく。多分ダメ、撃ったらダメなんだ。あの束になって揺れてる白い卵、あれは、あんなに産まれたら……ヒュンッて変な鋭い音と、ユウトさんが動きを止めてくれたのは同時だった。


「タマゴ?!」

「うん、タコは産卵したら卵を守る、すっごい守る、だから反撃してくる、危ないよ! 放っておけばタコの親はあの場所から動かない、あのまま死ぬんだ!」


「……撃ったら攻撃してくる?」

「うん!」


 絶対じゃ無い、でも地上で見た魚達は海の中と同じ行動をしてると思う。多分コタロウも勝手に自分の縄張りに入って来たタコと戦ってこんな、こういう風になっちゃったんだ。


「……分かった。死んだら片付けりゃ良いのか」

「うん。でも親が死ぬのと卵がかえるのはほぼ同時なんだ、だからこのキャットタワーを閉じ込めたら僕達の勝ちだよ」


「……勝ちか、そうか……勝つか、勝ちてえよな」

「……うん」


 ユウトさんが泣いてる。そうだよね、猫は可愛いし、猫だって家族だと思う。

 追いかけて来ないのを確認してから、とりあえずだとユウトさんとフスマを閉める。ギョロリとタコの目玉がコッチを見てた。二人同時でソファーにボスッと座ってもフスマから目が離せない。


「……クッソ、どこから入ったんだよ? 俺ずっとあそこで撃ち殺しまくってて、あんなのウチに入るトコなんか見てねえよ?」

「タコはビックリするぐらい細くなったり薄くなれます、骨が無いし。どこだろう? 換気扇とか、エアコンのホースとか?」


「詳しいんだ?」

「あ、いえ、はい、普通よりは詳しいかも」


「ネットも死んでるから、その知識はガチで強い。それでさ、ええと、ケガの手当てなんかは知らないよね?」

「ケガ? それはあんまり、バンソウコ貼るぐらいしか……え? ケガしたんですか?」


「うん、ちょびっと」

「わあ?!」


 タコに銃を向けた時に脚か手で叩かれたらしい。一発目でズボンの布を裂いて、二発目で肌に吸盤を吸い付けて皮膚を引き千切っていったと。

 痛そうだ、これはどうしてあげれば良いのかな? 薬が入った引き出しを教えてもらって、包帯とガーゼ、消毒薬を選ぶ。キツめに縛れば血は止まるかな?


「……ありがと、自分で見るのコエーわ、結構ヒドい?」

「うん、スネが削れちゃったみたいになってる」


「あー、そっかー、イテエもん、もん、あー、冷静じゃなかったよな、参ったな」

「痛み止め、あったかも」


 引き出しに薬の箱があった、『解熱鎮痛剤』なら少しは痛くなくなるかも知れない。キッチンに水を取りに行って気付く。

 まな板の上に半身が無い魚が乗ってる、血も、包丁も。

 これは小さいブリ? 普段なら出世魚も順番に言えるのに頭が回らない、コレって食べたってこと?


「……ユウトさん、魚食べたんですか?」

「うん、オヤツにした。ダイスケも食う?」


「いや、いいです」

「15時ぐらいから停電してるしさ、これからサバイバルっぽくなるなって思って食べれるか試したの。ま、冷蔵庫も今冷えてんのが消えたら使えないじゃん? 腹が腹が減ったら腹減ったら狩って食おうぜ」


「え? はい……停電?」

「うんん、インターネッツもテレビもエアコンも何も使えねえの、マジウケるる。あ、懐中電灯とかロウソクとかはあるから……」


「それ多分、寄って来ちゃいます、魚が」

「は?」


「魚は匂いとかウロコが反射する光でエサを見付けて食べます。特に深海魚は目が退化してたりするから、血の匂いで来ると思います」

「……じゃあ」


「これ片付けませんか、隣の部屋も」

「う、うううん」


 自分で言ってるのに足が震えてきた。家の中は安全じゃない、あの大きさのタコが入って来れる、もっと小さければ普通に入って来れる、小さい甲殻類も沢山いる、もっともっと小さい……タコが産まれたり、もっと……。


「ユウトさん?」

「……わりい、ななんかフラフラする、ビビッてんのかな、俺も血出て、血の匂いじゃん、ハハッ、情けねねねえ……」


「僕、出来るだけやります。ビニールの袋とかありますか? 水道は出ますか?」

「……すい、ど……あれ? ……あ、ちょ、あれ?」


 ユウトさんがソファーから立てない、立てないどころか何かすごく変だ。普通はそんな向きに腕は動かないし、頭が反ってるし、なんか……動きたくないのに動かされてるみたいだ、変だよ。


「……ああ、これ、なんか俺なんかされてるわ、いってえ、中から、なんかね、動いてるわ、さっきから変だと、ダイスケ、二階に俺に部屋にカバンに使っていいから銃と弾持って逃げろ、短い間だったけどありがとね、なんか夢見てたわ、カッコつけてたわオレオレが主人公でダイスケがチートででで二人で生きノビテ早く行ケ、ダメだコレ」


 返事が出来なかった。片目だけグルッと白目に引っくり返ったユウトさんからボキボキ音が鳴る。ソファーからライフルと弾を取って二階へ走る。

 カーテンが閉まったままで薄暗いけどキレイな白黒の部屋、壁に銃がズラッと並んでる。

 小さい拳銃を何個か取る、弾は部屋の真ん中の段ボール箱に山ほどある、黒いリュックに詰めれるだけ詰めて、銃も入れて、最初に貸してくれた拳銃はポケットに、ハサミにカチンと当たった、もうダメだ、怖いよ、リュックを背負う、ライフルは肩から斜めにかけて階段を落ちそうに走る。


 開けたままのリビングへのドア、ソファーに座ったままのユウトさん、頭の後ろだけ見えてる、普通に座ってるだけみたいだよ。


「ユウトさん!」

「おう、準備できたか、わすわす忘れもんすんなよ」


「あの!」

「気を付けて帰れよー」


 すごく普通の声に固まりそうになる足、動け足、動け、ランドセルは無理、戻るの怖い、玄関のドアを思いっきり開けてから、慌てて静かに閉める。


「んぎいいてえええ! やめろよおおおいてえよお! キャーッ! ああん? いてえよコノヤロ」


 走ろう。ユウトさんは僕がいなくなるまで我慢してくれてたんだきっと、怖がらせないようにしてくれたのかも、タコに黙って叩かれたのもきっと、きっと、そうだったんだ! 僕は何も聞いてない! ユウトさんはカッコよかった、ライフルでウツボから僕を助けてくれた、きっとタコからも庇ってくれたんだから、すっごくカッコいい高校生のお兄さんだった!


 ……息が続かない。オレンジ色になってきた空と家と道路、周りを確認してから膝に手をつく、深呼吸だ、落ち着け。

 なんでだろう? いつもなら走っても、これぐらいなら走っても何ともないのに苦しい。慌ててるから、怖いからかな?

 呼吸、整え、整ってよ。

 願いながら、緊張しながら、ああ、もうすぐでウチだ、もうこのアスファルトの傷は、もう見慣れた、もうすぐ……ああ、ああ、そっか……。


 ここまでかな。

 大きな黒い影が僕の影を飲み込んだ。

 膝をついて地面を見てたから、そう見えた。


 サメ? シャチ? 小さな魚を追いかけて街中に来ててもおかしくない。

 それに苦しいのはユウトさんと同じ理由かも。これは寄生虫だ。

 僕は食べてない、ユウトさんみたいに生では食べてない。でも海にはまだよく分かってない寄生虫がいる、いる事すら分かってないのも沢山いるんでしょ。いま地上が海みたいになってるんなら、一ヶ月もあったんだ、そこら中に居ても全然おかしくない。もうダメだ、もういい、出来れば楽に、痛いのはイヤだ、早めに終わって……ああ、もう……もう、とっくに僕の体に何かが入っててもおかしくないんだ。


 黒い影は何度も僕の上を通過する。

 夕焼け、オレンジ、黒、夜、夜行性の魚も沢山いるね。


 僕の上で僕が弱るのを待ってるのは誰?


 見上げれば、均等なすじの入った大きな白いお腹。

 図鑑みたいに横から見ないと言いきれないけど、もういいや、良い思い出にしよう、言いきろう。

 あれはシロナガスクジラだ。

 すごい、シロナガスクジラが夕焼け空を、僕の上を、オキアミの群れだ、コバンザメもいる! エイだ、大きい、あ! あれは……カグラザメかも、そうだ、あのキレイな顔と目は間違えない、僕、すっごい好きだよ、すごいな、クジラと一緒に見れるなんて、わあ?! あれは、アッチのあれは、あの口はウバザメだ!


 薄紫色に変わった空を背景に泳ぎ回る巨大な命、真上にも遠くにも黒くてキレイな流線形の影がいっぱい。

 そうだ停電って言ってた。一気に暗い、本当の夜が来そうだ。見ないようにしてたのかも知れない。あちこちに服もカバンも靴も落ちてる。

 家までもう少し、頑張ってみようかな。


 ペチ、とホッペタに何か触れた。ヒレ? 尾ビレ? 胸ビレ? 誰の?


「……あ、デメニギス」


 三匹いる。やっぱり透けた頭と緑色の目がカッコいい。


「ねえ、触ってもいい? 優しくするから、ちょっとだけ」


 僕の手より少し大きい、真ん中のデメニギスに手を伸ばす。沈みかけた太陽の光に透けてる透明な頭の窓はやっぱりコックピットみたいで、近くで見ると本当にキレイで不思議で破れてしまいそうだ。

 生き物なのに透明ってすごいよ、大切に撫でてみる。当たり前だけど体温は無い、でもなんか温かい気がする。


「僕が弱ったから食べに来たの? 最後に触らせてくれるの? 優しいね。僕、デメニギスが一番好きなんだよ。知ってて来てくれたの?」

「……コドモ」


「え?!」

「コドモ、ドウスル?」

「世界中デ迷ッテルネ」

「全滅スル前ニ決メナクチャ」


 ……喋ってる。魚が喋ってる。


「トリアエズ、コノ子ノ中ノ寄生虫トプランクトン達ヲ止メヨウカ」

「マア、話シテミテカラデモ遅クナイヨネ」

「人間ノ大人ヲ食ワセテオケバ、雑魚ザコ共カラ反発モ出ナイト思ウ」


 違う、喋ってない、なんだろう? 僕の頭の中で直接喋ってる? なんだこれ?


「……聞コエテイルノカ、コドモヨ」

「あ、あ……はい」


「やはりそうか。何故だ? 人間の子供は我々の電気信号を理解する」

「もう何人か研究所に連れて行ってるから大丈夫じゃん、いずれ解明されるよ」

「この子も感度良さそう、連れて行こう? 君も良いでしょ? 報告してくるね」


 急に聞こえやすくなった。壁の向こうで話していたのが、ドアを開けて部屋に入れてくれたみたいな感じで聞き取りやすくなった。

 全然意味は分からないけど、僕をどこかに連れて行くの? 食べられないで済むの? だったら……全力で乗る!

 子供らしく可愛いらしく気に入られる様に、食べられない様に!


「すごい、魔法みたい! 話が出来るの?! すっごいね!」

「子供よ、媚びは売らなくて良い。恐怖、一瞬の喜び、決意、全て丸見えだ」


「……そうなんだ、ごめんなさい」

「気にするな。素直な反応だ」


 左右の二匹は、また後でねと泳いで行った。真ん中にいたデメニギスがリーダーっぽい。いつの間にか息も体も楽になってるから、慌てて引っ込めてた手をもう一度ソッと出してみる。乗ってくれた。


「僕を連れて行くの? どこへ? みんなは何なの? どうして急に海から来たの? お腹空いてるの?」

「ほう、気になるか。道中の暇潰しに教えてやろう」


「道中? 遠いの?」

「遠く感じるかも知れない。深海へ行くぞ」


 カワイルカが迎えに来た、すごい、またがっていいの? 途中でカグラザメに乗り換えだって。さっき見たのが最後になるかと思った、乗れるとは思わなかったよ。本当にキレイな形だね。


 デメニギスは僕の脳ミソに色んな映像をくれながら、分かりやすく全部教えてくれた。

 生命の誕生なんて無かった。太古の地球に現れた生物は宇宙そらから来た普通の生命体だった。良いように姿形を変えながら、ゆっくり自分達が住みやすい星に改造してたんだって。

 なのに地上担当の人間が頭悪くて色々忘れちゃって好き勝手するようになった、だから一気に事を進めようとしただけだって。海の中も陸も長い時間をかけ過ぎて目的を忘れちゃってるから叱る為に、選別の為に、お仕置きみたいな感じで覚えてるデメニギス達が地上に出てきたんだって。

 じゃあアチコチで人間を襲ってるのは忘れちゃった生き物、襲われてるのも忘れちゃった生き物。なんだ、共食いだったのか。だから猫を、色んな事を忘れちゃってたコタロウを叱らなきゃいけなかったんだ。

 そうだよね、タコとかイカとか、良く考えたら魚も動物も人間だって凄い形をしてる。自分の手をグーチョキパー、こんなのが何かから進化して生まれたんだって考えるのは無理があるね。宇宙人なら問題ない。


「人間の言う遊び心も持っているぞ。ダイスケ、海に潜ろう」

「うん! え、あ、ダメだよ息が……!」


 住宅街から月明かりの海面へ、海面からデメニギスのピリッとした合図、僕の返事も聞かずにカグラザメは海に飛び込んだ。


「……あれ?」

「地球で一番大きなクラゲに来てもらった。傘の中に居れば数分は酸素が持つ。海中散歩とは洒落ているだろう?」


「すっごい! 透けてる! なんか明るいよ?!」

「小さな仲間は人間に見付かったようだが、彼は深海で巨大化するのを楽しんでいたからね。電気を上手く操るし透けているのは擬態ぎたいを極めたからだよ」


「人間にも筋肉マッチョがいる、なんかムダに鍛えて極めるって人! 一緒だね!」

「そうだな。マッチョや学者、芸術家、我々はその様なものだ」


「このまま潜った先は? 僕、息が出来ても潰れて死んじゃうよ?」

「もうじきに我々の科学セカイの一端が待っている。それに乗り換えるのだ」


「わあ! すっごい楽しみ!」

「死んじゃうよとは、ふふふ、そう言いながら微塵みじんも恐れは感じていないぞ?」


「恐れ? 怖くないよ、だってスゴいよ! 僕もデメニギスも同じ宇宙人! みんな宇宙人なんだ!」

「そうだがな、そんなに面白い事か?」


「すっ……!」

「うん?」


「……っごく面白い!」

「そうか、ふふふ」


 僕は多分ちょっと変になってる。だって想像してたのと同じような、デメニギスみたいな船に乗り換えたんだ。やっぱりこのかたちは最高なんだよ。これは泳ぐのに疲れたり肺呼吸の生き物を安全に下へ運ぶ乗り物だって。大きいなあ。

 でもそこからは想像なんて、もう全然知らない科学セカイだった。

 『研究所』と呼んでるのがココなら、もう人間は何億年あっても絶対僕達には追い付かない。何を見ても何も分からない。


 黒い扉が開いた先には、明るくて白くて広い広い部屋。

 スピノサウルスもモササウルスもウロウロしてるし、ドードーがクチバシにくわえた何かで神様みたいなヘラジカの巨大なつのを磨いてあげてるし、家みたいに大きなリクガメの上で近くを通った小魚を食べちゃってるのは、あれはオオカミかな? そっか、そういうのもアリなのか、僕も食べられないように気を付けなきゃ。みんな忙しそうにノンビリしてる。


「……なんで、絶滅したんじゃなかったの? あ、違うのか!」

「そう、ダイスケの遺伝子は優秀かも知れないな。思い出してくれてるのか?」


「うん、なんとなくだけどね。みんな絶滅なんかしてない。思い出した人間が『絶滅した』って言い張って誤魔化してくれたんだ。深海に潜っただけだったんだね」

「そうだ。この姿が動きやすい、気に入った、都合が良い、そういう理由で進化を止めた者達は皆ここで隠居生活をしている。たまに外を散歩して人間に見付かったりしながらな」


 デメニギスの案内で、メガロドンに乗ってアノマロカリスに会いに行く。もうドキドキが止まらない。ちゃんとした恋なんてした事ないけど、佐々木さんと一緒にいた時よりずっとドキドキしてる。あ、佐々木さん可哀想だったな。生き物が好きだったからココも見せてあげたかったけど。


「ねえ、アノマロカリスは偉いの?」

「そういう訳ではないが、早目に深海に潜ってこの空間セカイを造る事に尽力していたからな。何かある時は意見を聞く様にしている」


「僕みたいに連れて来た子供は何人ぐらい? 英語とか喋れないんだけど仲良くなれるかな?」

「今の所は十人も居ないだろう。言語か、ふふ、今話している言語コトバは何かな? 既にそういう物を捨てている。気付いていなかったか」


「あれ? ホントだ、なにこれ?」

「電気信号だな。ダイスケは素直だ、誰とでも上手くやれるだろう……なんだ? 何を企んでいる?」


「あのね、思い出せない人間は食べちゃうんでしょ?」

「そうだな、生かしていても意味が無い」


「そういう人間と生き物を集めて、増やして、牧場みたいにしない?」

「……牧場で生かすのか? ヒトへの慈悲、という訳でも無さそうだな?」


「うん、だって人間は危ないよ」


 リュックから銃を出す。モデルガンだけど、これは魚を殺す。


「多分もう大人は魚と戦う為に本物の銃とか爆弾とか用意してると思う。だから静かにしてもらわなきゃココも仲間も危ない。思い出せなくて何も出来ないなら集めて食料にしよう」

「……ほう?」


「だって人間僕達が今まで通り食事をしたらなんかイヤだ。でも米とかパンとか野菜だけじゃ栄養がれない、だから肉も要る」

「ほう」


「人間の電気信号は分かりやすそうだから嘘はけない、他の生き物達だってこの感じで話せるなら見分けれる。うん、『忘れちゃった牧場』でお肉を生産、どう?」

「ふふ、はははっ! そうか、そうなるか! ダイスケ、それをアノマロカリス達に提案しよう」


「うん、僕、手伝うよ!」

「主力になれるやも知れんぞ? ここは深海、圧力や空調も整備してあるが陸海空の生物用で雑把ざっぱだ。人間用の精密な調整はまだしていないのにダイスケはもう平然と適応しているじゃないか」


 やった、僕が主力になれるかもだって、それってユウトさんがやりたかった主人公だ。

 壁に張り付いてた芽殖孤虫がしょくこちゅうの白い群れがザワッとした。交代の時間だって言ってる。あの子達が寄生虫チームをまとめて地上の生き物を弱らせてたんだ。

 人間は君達の存在を発見したばっかりなんだよ。うふふってなる。


 僕が知ってる事なんてほんの少しだけど、人間として生まれて生きてきたからヒトの行動パターン、心の扱い方なら……うふふ、僕、スパイみたいだ。


 すごいよ、みんなと何もかもを共有してる。地球上で鬼ごっこが始まっても僕達の勝ちだ。一人残らず捕まえてみんな我々の役に立たせよう。

 住みやすくて平和な世界にするんだ。



  おわり。

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