杉並三駅消滅五秒前

ペアーズナックル(縫人)

哀れ阿佐ヶ谷・・・

「杉並三駅のうち、もしも一駅だけ中央快速線ホームを消滅させられるならどの駅がいいですか?任意の駅を投票してください!」


VCR(ヴァーチャル・チャット・ルーム)にこのようなウィークリー・ヴォートが設置されたときはみなただの悪ふざけにしか思っていなかった。杉並三駅とは、国鉄中央本線(2060年にJRは国鉄に再国有化された)のオレンジ帯の電車、所謂中央快速線が複々線化に伴う緩急分離の際、本来停まるはずではなかった高円寺、阿佐ヶ谷、西荻窪の3駅の事である。全て杉並区に所在することから杉並三駅という訳だ。


この杉並三駅の存在のせいで、快速線は中野から緩行線の終点である三鷹までほぼ各駅停車となる為、緩急分離した意味がないとして中央快速線の、特に西東京多摩地区からの利用者などに疎ましく思われていた。流石に休日は通過としているが、平日もせめて朝夕のピーク時は通過しろとの声が後を絶たない。


だが、ここにきて、国鉄当局がようやく緩行線を本来の終着点である立川まで異次元方式地下トンネル(駅の部分だけ竪坑で建設して、その間を異次元空間を利用した地下トンネルで結ぶ方式。)で建設することになった際に、完全に緩急分離を行うために杉並三駅を終日快速線通過にするのはどうかという案が出たというスクープ記事がをマスコミがすっぱ抜いた。


早速、「快速線杉並三駅停車は中央線複々線化の条件だったのに、平日しか止まらない上に、今度はいよいよ平日も通過するとは何事か、我々との約束を国鉄は忘れたのか!」というシュプレヒコールを叫んで一部の沿線住民が各々の最寄り駅で抗議活動を始めたのは言うまでもない。微小構成体ナノマシンを駆使したホログラム映像で描かれた「杉並三駅通過反対」というデジタル横断幕は中野や吉祥寺など杉並区以外の駅からも良く見えるほどでかでかと掲げられていた。


そこへ横やりを差すかのように掲載されたのがこのアンケートである。VR空間上にあるくせにアバターが投票電紙に電筆でんぴつで任意の駅名を書いて投票箱にそれを投入するというアナクロすぎる方法も相まって、VCR利用者はこぞってこの一見あほらしいアンケートに票を入れたのだ。今のところ守秘義務はないので、投票した者たちはSNSでそれぞれどの駅に消えてほしいか、思いのたけをつぶやきあった。


「やっぱり真に消滅すべきは西荻窪だよ。」「何言ってるんだ、高円寺ほど存在価値のない駅を忘れてもらっちゃ困る!」「いや、あえてここは阿佐ヶ谷を・・・」「阿佐ヶ谷は消えてもよくね?メトロ南阿佐ヶ谷で我慢しろよ」「その理屈が通るなら高円寺だって、メトロ新高円寺で代替できるだろうが。」「いっそ、全部消えればいいのに。」「消えたと言えば、ついさっき国土自衛軍の軍事衛星が忽然と消えたって・・・」


これに対抗して、杉並三駅通過に反対する一部の住民たちで作り上げた”快速線杉並三駅全日通過を許さない住民の会”もSNS上で大規模な電子抗議行動を行った。大昔に存在していたSNSの名前を借りて表すならば、”ツイデモ”というべきだろうか。


「#杉並三駅差別に抗議します」「杉並三駅消滅を叫ぶものこそ消滅しやがれってんだ、くそっ」「#ALL_SUGINAMI_3_STATION_LIVES_MATTER」「我々はあくまでも複々線の際に国鉄とかわした約束事をちゃんと守ってほしいだけなのに、この扱いはひどすぎる!」「こいつら杉並三駅はこんなに騒ぎ立てるくせに高崎線西川口停車には文句言わないんだよな、あぁダブスタよ・・・」


と、まあこのような感じでSNSは連日杉並三駅についての話題で盛り上がり、ますます議論は白熱し、杉並三駅通過賛成派と反対派の対立の溝は深まっていった。そしてとうとう、結果発表の日がやってきた。賛成派も反対派も一旦は論争を中断し、火付け元のマスコミも各社がそれぞれVRCに回線をつないでライブ中継している。いつの間にか東京中、いや日本中が杉並三駅のうち、果たしてどの駅が一位に選ばれるのかを固唾を飲んで、つらつらと表示される電子文を見守っていた。


「多くのご参加をいただきました、杉並三駅消滅投票。集計の結果、快速線ホームが消えてほしい順位が決定したので発表します。じらしてもしょうがないので、まず先に一番投票が多かった駅から発表したいと思います。不幸にも消滅してほしい杉並三駅のトップになってしまったのは・・・」


・・・


一週間前に消息を絶った軍事衛星が突然姿を現したという報が国土自衛軍軍事衛星管理センターに入ってきたときには、既に軍事衛星は攻撃準備に入っていた。センター職員を総動員して軍事衛星の緊急停止プログラムを作動させようとしているが、ここにきてハッキング防止のために強力なプロテクトをかけたのが仇となった。同時に軍事衛星に搭載されている戦略兵器、重光線装置がどこへ向けられているのかを調査した結果、なぜか東京都の西端、杉並区に向けられている事も分かった。


「駄目です、プロテクトが固すぎて、重光線発射予想時刻までに停止プログラムの作動が間に合いません!」

「近隣諸国の軍事衛星に奴の座標を与えて攻撃させ、時間を稼がせろ!重光子の充填を少しでも遅らせるんだ!!」

「指揮官、軍事衛星からの通信が入っております。」

「何?奴は無人のはずでは・・・」


通信回線を開くと、スクリーンには砂嵐の画面がざざあと音を立てて映し出された。その砂嵐は段々人の顔らしき姿になっていき、何と口をきき始めた。


「無駄だ・・・私の攻撃を止めることは出来ない・・・」

「貴様、何者だ!」

「私を君たちの一般常識から言葉を借りて表すとするならば、宇宙人、という所か。」

「でたらめを!宇宙人が日本語なぞ喋るか!!」

「君たちの言語は1週間もあればすぐに覚える。」


どうやらこの宇宙人と名乗る何者かが軍事衛星を乗っ取った犯人らしい。とにかく指揮官は今すぐ軍事衛星の攻撃態勢を解除するように伝えた。


「今すぐ軍事衛星を開放しろ!貴様が何を考えているか分からんが、悪ふざけにもほどがあるぞ!誰に許可を取って地球を攻撃などするのだ!」

「私は攻撃の許可をすでに取り付けた。君たち人間自身で”この駅を消滅させてくれ”と投票したではないか。」

「一体何のことを・・・まさか、例の杉並三駅・・・!!」


いくら激務の自衛軍とは言えこの情報化社会であれほど話題を呼んでいる杉並三駅消滅投票の事について全く耳にしないほど世俗に疎くはなかった。


「ご名答。あのウィークリーアンケートは私が設置したのだ。君たち人間の過半数は何をするにもまず民主主義で決めようとする癖を利用させてもらった。」

「民主主義だと!?この攻撃は民意で許可されたとでもいうのか!?」

「そうだ。私はその投票データーを基に民衆の意思を代行するという形で、杉並三駅のうち一駅をこの重光線装置で消滅させる。だがこの軍事衛星は駅一つだけをピンポイントで消滅させられるほど融通は効かない・・・意味はわかるな?・・・という訳で、杉並三駅を”人間ごと”消滅させることにした。申し訳ないが君たちは杉並三駅共に塵となりたまえ。ちなみに、一位に選ばれたのは・・・駅だ。」


そう言い残して回線は切れた。あまりにも自分勝手すぎる解釈の民主主義で地球が消し飛ばされてはたまったものではない。指揮官は半ば怒り狂って弾道ミサイルでも何でもいいからあの軍事衛星を止めろ、と号令した。だが時すでに遅かった。重光子はすでに十分な量が充填されており、重光線発射まであと五分もないという段階に入っている。


「止めろ、なんとしても奴を止めるんだ!!」

「駄目です、やはりプロテクトが破れませ・・・ん?」


職員の一人がある異変に気付いた。何者かのアカウントがこのセンターのネットワークに不正にアクセスを仕掛けているのだ。


「現在何者かのアカウントががセンター内のネットワークに不正接続中!緊急閉鎖中のネット防壁が次々破られていきます!!」

「なんなんだ、この忙しい時に!!」


仮にも軍事施設なのでそうやすやすと破られることのないはずのネット防壁をまるでカギがかけられたドアを蹴飛ばすかのように進んでいったそれは、センターが軍事衛星との通信に使っている電波塔目指して進んでいった。


「おい、まさか此奴軍事衛星に乗り込む気か!?」


とうとう電波塔のネット防壁さえも乗り越えたそれは、いよいよ軍事衛星への通信回線にアクセスし、随時発信される電波の一つをつかんで天へと昇って行った。


「不正接続アカウント、衛星との通信回線に乗りました。5秒後にプロテクトと接触し・・・うそ、そんな・・・!!」

「どうした。」

「軍事衛星のプロテクト、突破されました!!」

「何だと!?いったいこのアカウントは何者なんだ・・・!」


その指揮官の声にこたえるように、再びスクリーンが作動した。そこにはでかでかと「杉並三駅とその他中央快速線の各駅利用者代表 クロハ」という文字が映し出されていた・・・


・・・


軍事衛星の電脳空間は必要最低限のプログラムしかない殺風景な空間であった。相当強固なプロテクトがかけられていたが、今この場にいる黒と白の二人の宇宙人にとっては少々面倒な”かんぬき”程度でしかなかった。先に軍事衛星をハッキングした白い宇宙人は、いきなり乗り込んできた来訪者に驚愕しながらも、その正体を同じ宇宙人であると見破るとすぐに警戒を解いた。


「君は誰だ。何をしにここへ来た。」

「俺は杉並三駅とその他中央快速線の各駅利用者の代表者だ、杉並三駅ごと地球を消そうとするお前の愚行を止めるためにインターネットを経由してやってきた。」

「地球人でもないくせに勝手に代表者を名乗るのかね?」

「勝手な解釈で地球を滅ぼそうとするやつよりはましだ。」

「そうだな、だがもう遅い。もうこの重光線は私でも止められないぞ。」

「確かに重光線は止められない・・・が。」


電脳空間内で擬人化された、もう一人の黒い宇宙人は自分が来てる革製のジャンパーの内ポケットから奇妙な棒状の発光装置を取り出した。


「こいつは一種のデーター消去装置だ。こいつでこの人工衛星のプログラムごとお前を消し去ってやれば万事丸く収まる。」

「おもしろい。だが貴様もただでは済まないだろう?」

「さあ、どうかな。たとえ消えることが分かっていても俺はこの装置を起動することを拒まないぜ。」

「貴様はたった一つしかない命を、快速電車が3駅余計に停まるだけであのように醜い争いを繰り返すサルどものためにささげる覚悟があるというのか。」

「自分が他より優れているとうぬぼれる奴ほど、愚かなやつを俺は知らないよ。」


宇宙人は激昂した。しかし表情は崩さなかった。あくまでも自分に敵対する意思を崩さない黒い宇宙人に対し、それまで押さえつけていた軍事衛星の対ハッキングプログラムを光の槍として放った。だが黒い宇宙人は微動だにせず、槍に向けてぶわあと白い粒子を放ち、それをエネルギー分解した。


「電脳空間でも微小構成体を扱える、だと。」


白い宇宙人がその粒子の正体を見破ったのもつかの間、いつの間にか粒子は侵入者拘束プログラム、という名の鎖に姿を変えて、己の体を拘束していた。すぐに無効化コードを叩き込むが、微小構成体によってより強固に書き換えられていて全くほどけそうにない。身動きが取れなくなったのを確認した黒い宇宙人は、奇妙な発光装置を彼の目の前で構えた。やはり表情は崩れていなかったが、その言葉からは焦りが漏れていた。


「待て、待て、宇宙人なら宇宙人の味方をしろ。我々はお互い勝手にやってるだけだ、似た者同士だ。」

「・・・些細な争いを利用して地球攻撃の口実を作り、杉並三駅ごと人類を消し去ろうとした大罪人と一緒にされちゃあ反吐が出る。この第6宇宙の管理人であるこの俺クロハが、全宇宙のそう主たる上位存在と、全杉並三駅利用者の名のもとに、お前の存在を抹消する。」


チャキ・・・


「待て、待て、やめろ、お前もただでは済まないぞ。」

「杉並三駅の代わりに、てめぇが消滅しやがれ!!」



バシュゥゥゥゥゥ・・・


電脳空間にまばゆい閃光が走ると同時に、軍事衛星の自動制御プログラムは自壊した。同時に重光線装置は行き場を失った重光子エネルギーの膨張に耐え切れず、衛星軌道上で爆発し、残骸が真昼の流星群となって降り注いだ。重光線発射まで、あと5秒前の出来事だった。


宇宙人とされるものによる軍事衛星の暴走の一件は、厳しい情報統制が敷かれたので表に出ることはなかったが、例え大々的に報道したとしても大衆は興味を示さなかったであろう。大衆はもっぱら杉並三駅消滅投票が、あれだけ民衆の目を引き付けておいて一位を発表せずにそのまま消えてしまい、有耶無耶に終わったことへの話題で持ちきりだったからだ。


投票というシステムを利用した個人情報収集装置、国鉄もしくは杉並三駅通過反対派の陰謀、または不特定多数の仕組んだ質の悪い冗談、などととにかくいろいろな憶測が飛び交ったが、まさか宇宙人が攻撃の許可を取り付けるために仕組んだ罠であった、と考えたものは流石に誰もいなかった。


結局、国鉄は当初の案を差し戻し、緩行線が立川に延伸しても快速線は今まで通り、平日のみ杉並三駅に停車するという事で決着がついた。ここまで話題を呼んでおきながら結局何の進展もないまま、快速線は杉並三駅に止まり続けることになったのだ。もっともその頃には自分たちが杉並三駅について議論していたことなど、大衆はきれいさっぱり忘れていたわけだが。


「三駅余計に停まることくらいで文句たれるなよな、嫌なら特急、もしくは中央特快

に乗ればいいのに。」


阿佐ヶ谷駅の待合室で、見出しにでかでかと「杉並三駅、快速線停車存続」と書かれている新聞を広げていた革製ジャンパーの男、杉並三駅消滅投票の結果を知っているただ一人の男、例の黒い宇宙人がぼやいた。立川方面の快速電車が参ります、とアナウンスがこだまする。男は新聞をたたんでホームドアのすぐ横で電車を待った。上を見上げれば、「阿佐ヶ谷」と書かれた駅名票が屋根からぶら下がっている。それを見て男はため息をつき、また何かぼやいたがホームに滑り込んでくる電車の警笛でかき消されてしまった。




「それにしても、阿佐ヶ谷駅が何をしたっていうんだ。」



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杉並三駅消滅五秒前 ペアーズナックル(縫人) @pearsknuckle

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