第80話 だから、ありったけを
【王都リユニオール 王城】
俺が王城で『再び』暮らすようになって数日が経った。
しかし、俺はここでそれなりに過ごしていた筈なのに……どうにも馴染めずにいる。
本当に俺はここで暮らしていた事があるのだろうか。
そんな風に思えてしまうほどに、俺は王城に関する知識が欠落していた。
「ふーむ」
今日もまた、バカでかい王城の中で迷子になっていた。
王位継承順位第3位のレイナ様に与えられているのは、王城の9階エリア全てなのだが……そこ以外の場所は本当に分からない。
「……参ったな」
近くを通りかかった給仕に声を掛けようかとも思ったが、レイナ様から固く『レイナ以外の使用人とは話したら駄目』と厳命されている。
理由を訊ねると『だってボロが出るし』と、意味不明な事を言っていたっけ。
「しょうがない。一度、最下層まで降りるか」
自分が今、何階にいるのかも定かではないので。
俺は一度、1階に降りてから再び9階を目指す作戦を立てた。
すると、階段を降りていく途中で……どこか見覚えのある二人組とすれ違った。
「「ん?」」
「え?」
目が合ったのは赤髪の騎士と銀髪の騎士。
たしか、エドとオウガさん……?
「ああああああっ!! グレイ君じゃんっ!! やっほぉー!! ひっさしぶりぃー!」
エドは俺の顔を見るなり、喜色満面と言った様子で腕を掴んでブンブンと振ってくる。
一方、もう一人のオウガさんは呆れた表情でエドの首根っこを掴み上げた。
「あー!! 何すんだよ!! 俺のグレイ君にようやく会えたのにさー!!」
「うるさい、お前は黙っていろ」
「ちぇーーっ!」
オウガさんに凄まれたエドは、不貞腐れた表情で頬を膨らませている。
「久しぶりだな、グレイ殿。継承戦の活躍ぶりはこちらの耳にも届いているぞ」
「ど、どうも」
「あのドラガン殿を倒したそうだな。以前よりも着実に強くなっていると見える」
「そうそう!! それでもう15位なんだろ!? いやー! オレもう興奮しちゃってビンビンだっつーの!!」
落ち着いた雰囲気で話しかけてくるオウガさんと、テンション爆高のエド。
そんな二人の話を聞いて、俺は思わず首を傾げた。
「継承戦……? 15位?」
何を言っているんだ。
俺は3位のレイナ様の騎士。ドラガン様を倒して15位だというのはおかしい。
「おや? 違ったか? 我々の知らない間に、また継承戦を行ったのか?」
「いいなー! いい加減オレにも出番がほしいっすよ! でもあの生意気なガキ共、ちっとも自分から動こうとしねぇし!!」
「まぁいい。グレイ殿が我々に挑戦してくる日は近い。その時を楽しみにしている」
「うひょー!! 考えただけでイっちゃいそうだぜー!」
戸惑う俺を置いて、二人は階段を上がっていく。
俺はその後姿をぼんやりと見つめる事しか出来ずにいた。
「……」
俺は思い返す。あの日、ドラガン様と戦った時の事を。
たしか、スズハ様の体調不良が火山の熱のせいだと気付いて……レイナ様が氷の魔力で冷やしたらすぐに回復。
それでドラガン様が、俺とスズハ様を結婚させようと――
「……氷の魔力?」
違う。レイナ様の扱う魔法は雷属性のはずだ。
じゃあ、アレは誰だ?
スズハ様に嫉妬し、怒りで溢れ出した氷の魔力を放出させた女性は……
あの場所にいたのは、俺とレイナ様と……フランチェスカ様とイブさん。
「フランチェスカ様って、誰の従妹なんだっけ?」
ズキズキと頭が痛む。
おかしい。明らかに俺の記憶には何か不審な点が多すぎる。
「グレイ様。こんなところにいた」
「……レイナ、様」
俺が頭を抱えてうずくまっていると、いつの間にかレイナ様がすぐ傍に立っていた。
「大丈夫? 具合が悪いの?」
「い、え……」
心配そうに俺の顔を覗き込んでくるレイナ様。
しかし、俺にはその顔がどこか不気味に思えてならない。
だって、こんなに愛している筈なのに……この人を見ていても、ちっとも心が熱くならない。ちゅっちゅしたいという欲望が湧き上がってこない。
本当にこの人は、俺の……
「安心して。その不安は全部、レイナが消してあげる」
そう言って、レイナ様が俺の額に手を伸ばそうとする。
しかし俺は咄嗟に、その手を避けた。
「やめて、くだ……さい」
「ううん、やめない。まだ、貴方にはレイナの恋人でいて貰う」
頬を染めながらニヤリと笑い、俺をジリジリと壁際に追い詰めていくレイナ様。
「今度はもっと強く操作する。それでも抗えるのなら、二人の愛はもっと輝く」
背中に壁が当たる。俺は底知れない恐怖のあまり、走って逃げようとするが……
レイナ様が指を向けた途端、体が動かなくなった。
この全身が痺れる感覚、前にも経験がある。
そう、あれは……
「グレイ様……レイナに真の愛を見せて」
動けなくなった俺に、レイナ様の手が近付いてくる。
もう、駄目だ。逃げられない。
ああ、くそ……何がなんだか、よく分からねぇけど。
ただ一言、俺の口から漏れ出たのは――
「アリシア様……」
誰かも分からない人の名前。
しかし、その名前を口にした瞬間。俺の心に幸せな気持ちが満ちる。
今、俺が抱える不安や恐れ全てを吹き飛ばす。
そんな魔法の言葉は――
「あら、呼んだかしら?」
本当に奇跡を起こした。
「「!!」」
ギャリィンッという鋭い音。
それと同時に、俺とレイナ様の間に透明な氷の壁が瞬く間に形成された。
「なっ……!?」
レイナ様が氷に触れて、驚愕に目を見開く。
「これは魔法の氷じゃ……ない……!」
何かに気付いたらしいレイナ様がバッと振り返る。
するとそこには、一人の女性が立っていた。
「……」
ゴゴゴゴゴゴゴッという地鳴りが聞こえてきそうな程のオーラを漂わせながら、そこに立っている女性は――とても美しかった。
綺麗な金髪の髪をツインテールにし、頭頂部には赤い薔薇の髪飾り。
大きな胸を揺らすグラマラスなドスケベボディ。
そして何より俺の目を引いたのは……自信に満ち溢れ、不敵に笑う顔。
俺が今まで見てきた誰よりも美しい女性。
「アリシア……!?」
レイナ様が女性の名を呼ぶ。
それと同時に、その女性はそのツインテールを重力に逆らわせるようにブワッと逆立たせると……レイナ様を睨みながら告げる。
「こっちよ。王城を壊したくないの」
背中を向け、歩いて行くアリシア様。
その悠然たる足取りの1つ1つが、本当に綺麗で……俺は見惚れる。
「まさか、こんな数日で……魔導を? いや、違う。もっと成長したんだ……レイナに肩を並べるレベルまで」
ゴクリとレイナ様が喉を鳴らす。
そして額に浮かぶ汗を拭いながら、笑う。
「は、ははっ……♡ さいっこう♡」
レイナ様は嬉しそうにその女性の後を追いかける。
「あの人は……いったい?」
俺もそんな彼女達を見失わないように……巨大な氷の壁を回り込み、二人の後に続くのだった。
アリシアと呼ばれた女性。
彼女に覚えた胸の高鳴り――その正体を確かめるために。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます