第46話 お願い、勝って!
【王城 武闘場 観覧席】
幾人もの王位継承候補者達が集まった観覧席。
その中でも、一際目立つ最上段……その中央に、二人の男性が並んで座っている。
「久しいな、アドぽん。相変わらずの枯れ果てた姿だな」
そう言いながら、ニヤリと意地悪く笑みを浮かべるのは若々しい少年。
どう見ても10歳ほどの年齢にしか見えない彼こそが、当代の国王ナザリウスである。
「痛い若作りをしておるお主にだけは言われたくないわい」
「これこそ、アンチエイジングというものだ。それに、可愛らしい見た目の方が国民受けも良いしな」
「それを言うのなら、ワシも理事長として威厳を出す為にあえてじゃな……」
ナザリウスとアドルブンダ。
同じ歳で親友関係にもある二人は、互いの立場の垣根を越えて談笑を行う。
そしてしばらくして、武闘場にグラントとジータスが入ってきたところで……彼らは話題を継承戦へと変えていく。
「……はて。アレは誰だったか」
「お主の兄のひ孫……グラントじゃな」
「あー、今は亡き兄上の。言われてみれば、顔の感じがなーんかムカつくな」
「そして今回、グラントと争うのが……」
「エリアの孫娘で、お前の弟子でもあるアリシアだろ? そっちは覚えているぞ」
「ほう? 物忘れの激しいお主にしては珍しいのぅ」
「当たり前だ。余は可愛い女の子と美人は忘れたりせぬ。特に……エリアはな」
「……」
「さて、そのエリアの孫娘が見初めたという騎士。その実力を見せて貰うとしようか」
ナザリウスは不敵な笑みを浮かべ、グラントの対戦相手となるアリシアとその騎士グレイを待ち詫びる。
そんな彼を横目に見ながら、アドルブンダは深い溜息を漏らす。
「ふぅ……やれやれ。いつまで経っても、ガキのような奴じゃ」
「うるさい。放っておけ、クソジジイ!」
「そっちこそ黙れ、性悪ジジイ!」
「「やんのかゴルァッ!!」」
などと、ナザリウスとアドルブンダが口論していると……ついに登場口から、アリシアとグレイが入ってくる。
その瞬間、観覧席の継承候補者達がにわかに騒ぎ始めた。
「アレが【氷結令嬢】とその騎士か」
「あら? なんだか弱そうな騎士ね。あれじゃあ勝負にならないんじゃない?」
「いや、甘く見るな。なんでもあの騎士は、理性を持たない戦闘狂だという噂だ」
「それでもグラントの勝ちは揺るがないだろう。この試合で、ジータスの弱点をしっかりと見つけておけ」
グレイに関する噂や、いつか戦うかもしれないジータスについての情報収集。
そういった内容で騒然とする観覧席。その端の方で……遠巻きに武闘場を見つめる影が幾つかあった。
「……この試合、どう見る?」
「ん~、どうっすかねぇ。情報が足りないし……オレ、見た目だけで相手の強さとか見抜けるタイプじゃねぇっすもん」
隣に立つ男の問いに、気だるそうに答えるのは……赤髪の騎士。
その胸に輝く黄金のバッジは、彼が金騎士であり……その主人が継承順位10位以内である事を示している。
「つーか、わざわざオレに聞くとか嫌味っすか? そっちのが序列は上なのに」
「さぁ、どうだろうな」
責めるような赤髪の騎士の言葉に、質問を投げかけた銀髪の男が肩を竦める。
そんな彼の胸にもまた、金色のバッジが輝いていた。
「そんで? アンタはどっちが勝つと思うんすか? 人に聞いたからには答えて欲しいっすよ」
「……ジータスは優秀な騎士だ。冒険者上がりだが、己の成すべき事を躊躇なく遂行できる機械のような男。手段を選ばないグラントとの相性は悪くない」
「それなら、ジータスが勝つって事っすか?」
「もしもあのグレイという男が、普通の騎士なら……な」
【王城 武闘場】
「ボクを……殺す、だって?」
大粒の脂汗を浮かべながら、絞り出すように呟くグラント。
その顔には、恐怖と怒りがごちゃまぜになったような表情が張り付いている。
「平民風情がっ! アリシアにまとわりつくゴミ虫の分際で! このボクを!! 殺すだと!! 調子に乗るなよ!!」
「……」
それは虚勢か、それとも自分を鼓舞する為の叫びか。
「殺せっ! ジータス!! 早くあの無礼者を殺すんだ!!」
「しかし……」
「何の問題がある!? お前なら、あんな奴には負けない! 必要ならば『全て』を使えばいい!! そうだろう!?」
「……はい。必ずや、勝利してみせます」
ジータスはグラントに何か言おうとしたが、その言葉を一蹴され……腹を括ったように武闘場の中心へと進んできた。
「私はプロだ。たとえ何があろうとも、主の命令を忠実に遂行するのみ」
「……」
俺もジータスと同じように、武闘場の中央へと歩こうとする。
その時、背中の服が軽く引っ張られた。
「アリシア様……?」
「グレイ……一度しか言わないわよ」
振り返った俺に向けて、アリシア様は笑顔を見せる。
それはいつもの……優しい笑顔ではなく、自らの不安と恐怖を塗り潰すように作られたぎこちない笑顔。
「勝って……!」
「はい」
彼女がこの笑顔を作るために、どれだけ苦しい思いをしているのか。
考えただけで、俺の胸は張り裂けんばかりに痛む。
『では、これより継承順位24位グラント・ドゥロメンス様と継承順位29位アリシア・オズリンド様による継承戦を開催します!』
俺とジータスが向かい合ったところで、マイクを使ったアナウンスが入る。
『継承戦の方式は互いの騎士による代理決闘。どちらかが降参するか、死亡した場合で試合は終了となります!』
「「…………」」
ジータスが双剣を構えるのに続き、俺も腰の鞘から刀を引き抜く。
『己の持ちうる技術・力の全てを駆使し、勝利を掴むように!! それでは……決闘開始ッッッッッッ!!』
「っ!!」
ジャァーンと銅鑼の鳴らされる音が武闘場に響き渡る。
その瞬間、真っ先に動いたのはジータスだった。
「喰らうがいいっ!!」
素早い動きで繰り出される双剣の連撃。
右、左、上、下。
あまりのスピードに残像が残り、まるで分身のように俺を翻弄するが……
「はぁっ!!」
「ぐぁっ!?」
俺は刀を地面へと激しく叩きつける。
それによって、砕け散った岩の破片がまるで散弾のように飛び散り……四人に別れたジータスの全てに襲いかかっていく。
「おのれっ……!!」
攻撃からガードに切り替えたジータスは岩の散弾を防ぎ、後方へと退く。
「何をしているジータス!! アレを使え!!」
「……出来れば使いたくはなかったが仕方あるまい」
グラントの急かすような言葉を受けたジータスは手に持っていた双剣をギャリギャリと擦り合わせる。
その瞬間、ゴウッと剣の刀身から激しい炎が噴き出してきた。
「何よ、アレ……! 魔法……いえ、違うわね」
「ハーッハッハッハッハッ!! 驚いたかい!? ジータスの双剣は伝説の魔獣サラマンダーの爪から造り上げた魔剣なのさ!!」
それを見て驚きの声を上げるアリシア様と、そんな彼女の姿に得意げな反応を見せるグラント。
「そういう事だ。しかし、卑怯とは言うまいな!!」
ジータスは炎の双剣を振るう。
するとその剣先から炎の球が無数に生み出され、俺の周囲へと炸裂する。
「グレイ!!」
着弾した箇所から炎の柱が立ち上り、俺は全方位を炎の壁に囲まれてしまった。
すかさず上を見るが、すでに炎はドーム場に俺を包み込んでいる。
跳躍して逃げ出す事も出来ない。
「はぁぁぁぁぁっ! これで終わりだっ!!」
炎で視界が塞がれているが、恐らくはトドメとなる最大の一撃を放とうとしているのだろう。
たしかに今のままでは逃げ場がないので、その攻撃を避けるのは難しい。
「死ねぇっ!!」
「…………」
熱い。ジリジリと迫ってくる炎の壁。
そして勢いよく放たれる最大威力の火焔攻撃。
どれも……死ぬほど苦しいし、痛くて痛くて堪らない。
だが……!
「はあああああああああああああああああああっ!!」
俺は渾身の力を両手に込めると、その場でコマのように回転しながら……全力で刀を振り抜いた。
「「「「「!!!!!!」」」」」
斬撃の勢いによって生じた突風が吹き荒れる。
その勢いで炎の壁は揺らぎ、散り散りになって消滅していく。
「んなぁっ!?」
そして残るは、俺に向かって飛来してくる火焔球。
だが、今の衝撃波による影響か……その勢いはちっぽけなもの。
「……」
俺は火焔球を左手で難なく受け止めると、そのまま握りつぶす。
少し熱くて、痛みを伴ったが……やはり足りない。
「あの人の痛みは、この程度じゃねぇんだよ……!」
アリシア様が受けた痛みに比べれば、炎の熱さなんて涼しいものだ。
「ひっ!? く、来るなぁっ!!」
一歩前に進む。
するとジータスは双剣を捨てて、懐から……銃のような物を取り出した。
「や、やれぇ!! 急げっ!」
「うぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
パァンッという発砲音と共に弾丸が発射される。
狙いは俺の顔面。しかし俺はそれをほんの少し、頭を傾ける事で回避した。
「な、ならコレだ!!」
今度は筒状の何かを取り出したジータス。
その筒の先端には導火線のような紐が伸びており、魔物退治によく使われる爆弾の類であると予想出来た。
「避けられるものなら避けてみろ!! だが、避けたらどうなるか……!!」
こちらに向かって投擲される爆弾。
もしも俺が回避すれば、俺の後方にいるアリシア様に爆弾が向かう事になる。
つまり、アリシア様を人質に俺を爆破しようという魂胆らしい。
「……」
俺は刀を軽く振るい、くるくると回転していた爆弾の導火線だけを切り取る。
そうして危険の無くなった爆弾を空いた手で掴むと、そのまま地面に放り投げた。
「「あっ」」
「どうした? もう終わりか?」
「ひっ、ひぇぁぁぁぁぁぁっ!?」
その場で腰を抜かし、ジータスが後ずさる。
だがそれでも、確実に俺とジータスの距離は詰まっていく。
そして、俺の刀が届く範囲まで近づいたところで……もはや戦意喪失したジータスに最後のチャンスをやる。
「どけ」
「えっ……」
「とっとと失せろ」
「た、助けてくれるのか……!? あ、ありがとう……!」
ジータスは媚びるような笑顔を見せると、両手を揉みながら道を開ける。
その先にいるのは……俺の標的。
「ジィィィィタァァァァァスッ!! 貴様ぁぁぁぁぁぁぁっ!! 何をしている!? 殺せっ! 早くその男を殺せ殺せ殺せ殺せぇぇぇぇぇ!!」
「……死ぬのはお前だよ」
俺は刀を構え、グラントへと迫る。
だが、ここで思わぬ事が起きた。
「バカがっ! 死ねぇっ!!」
俺に道を譲り、後ろに回ったジータスが隠し持っていたナイフで不意打ちしてきたのだ。
「グレイっ!! 危ないわ!!」
「ご心配なく」
なんとなく、そうなるかと予想していた俺はナイフの一撃を回避。
そのまますれ違いざまに、ジータスの両腕を切り落とす。
「ぎゃああああああああああああああっ!? お、俺の腕がぁぁぁぁぁっ!?」
「参ったと言え」
膝を落とし、痛みで絶叫するジータスの首元に刀を突きつける。
「あ、あががっ……ま、まいっ……」
「判断が遅い」
「たぁんっ」
しかし俺は猶予など与えず、すぐにその首をはねる。
切り落とされた首は宙を舞い、グラントの前にコロコロと転がっていった。
「ひぃっ!?」
『グラント様の騎士、ジータスの死亡を確認! この勝負、アリシア様の騎士グレイの勝利となります!!』
俺の勝利を伝えるアナウンスが聞こえるが、まだ終わりじゃない。
一番肝心な……あの男の始末が残っている。
「ま、待てぇっ! 待ってくれぇっ!」
涙と鼻水を流し、汚らしい顔で命乞いをするグラント。
いよいよ全てを精算する時が来た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます