第39話 ウソ……ワタクシの騎士、強すぎ……?
【魔導学院 アリシア達の教室】
「ほら、アリシアさん。早く入りましょう」
「ええ……」
ファラ様に手を引かれたアリシア様が教室へと入った瞬間。
ガヤガヤとしていた室内が水を打ったように静寂に包まれてしまう。
「「「「「…………」」」」」
クラスメイトである筈の彼らが、アリシア様を見る視線はあまりにも鋭い。
敵意というものを、まるで隠そうともしていないようだった。
「えっと……一番、後ろの席に座りましょうか!」
そんな針のむしろ状態を気にしたのか、ファラ様はアリシア様を最後方の目立ちにくい席へと連れていく。
どうやら、席は自分で好きに選んでいいシステムのようだ。
「ファラ……あの汚物の姿が見えないようだけど」
「あっ、そういえばそうですね。いつもなら、この時間にはいるはずですけど……」
「……その方が好都合だけど」
汚物? 誰の事だろうか。
俺がアリシア様に訊ねようとしたタイミングで、ポンポンと肩を叩かれる。
「グレイ。私達はこっちだ」
「あっ、はい!」
マインさんがクイクイと右手の親指で、十数人の騎士や使用人達が待機している壁際を指さしてきた。どうやら、使用人や騎士はあそこで待機しておくようだ。
「お前なら大丈夫だと思うが、ここからしばらくは直立不動だぞ」
「はい。それくらいなら」
マインさんと並んで壁際に進むと、並んでいた騎士達の中でも一際大きな体格をした男が……俺達を見て鼻を鳴らす。
「ふんっ、おい見ろよ? 澄ました女騎士ちゃんが、彼氏の坊やを連れてきたぜ?」
男は俺よりも一回りくらい歳上だろうか。胸のバッジは銀で、ちゃんと瞳に宝玉も埋め込まれているので……正式な銀騎士のようだ。
「なぁ、教えてくれよ。その女の気取った顔が、ベッドの上ではどんな風に乱れるのかを」
「「「「くくくっ……」」」」
大男の下卑た言葉に、周りの数人の騎士達も反応する。
彼らも銀騎士だったり、その見習だったりするようだが……
「グレイ、相手にするな」
マインさんは慣れている様子で、大男を完全にスルーしている。
ここでもしも挑発に乗れば、自分だけではなく主であるファラ様にも迷惑が掛かるかもしれない。それで、堪えているのもあるだろう。
「ひゅぅー、クールだねぇ。でもよぉ、もっと愛想よく媚を売っておいた方がいいんじゃねぇか? 騎士学校の試験官にも、イイ事してたんだろ?」
「そうでもなきゃ、女が騎士になんてなれるわけねぇもんな」
「クククッ……」
「……」
綺麗な貴族の学院だから、きっと上品な人ばかりなのだろうと思っていたが。
当然とも言うべきか、その質はピンキリらしい。
「あのー、初めまして。グレイです」
「グレイ!?」
俺が一歩前に出て、大男に挨拶をしたのでマインさんが驚きの声を上げた。
「ほう? コイツは自分の立場ってもんを、よく理解しているらしいな。でもよぉ、そんな使用人の格好で銀バッジを付けているのは生意気だよなぁ?」
そう言うと、大男はスッと俺の顔の前にゴツイ右手を差し出してくる。
「まずは握手と行こうぜ? とはいっても、そんな栄養不足のひょろい体じゃ……手が粉々になっちまうかもしれねぇが」
「あはは、面白い冗談ですね」
「グレイ、よせ……!」
マインさんが俺を止めようと声を掛けてきたが、俺は構わずに大男の手を取る。
「へへっ、バカな野郎だ……」
その瞬間、大男は俺の手を万力のような力でギュウッと握り潰そうとしてくる。
あーあ。何が悲しくて、こんな奴に手を握られないといけないのか。
アリシア様の柔らかな手なら、最高に幸せなのに。
「あ、あれ……? なんだぁ……!?」
っと、俺がアリシア様の手の感触を思い出している間に、大男の様子が豹変する。
それも当然だ。どれだけ強く握りしめようと、俺の手はビクともしないんだから。
「では、次はこちらの番という事で」
「ひょ?」
「はい」
俺はお返しとばかりに、右手に思いっきり力を込めて握る。
その瞬間、大男の手はグシャリと潰れ、全ての指が変な方向へとへし曲がった。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああっ!!」
大男の激しい絶叫で、教室内の全員が俺達の方へと注目する。
「おや、どうしたんですか? こんなに簡単に手が砕けるなんて……」
うずくまり、右手を抑えて悶絶する大男。
俺はしゃがみこみ、男の前に顔を近付けると……笑顔で呟く。
「もっと栄養、取った方がいいですよ?」
「ひっ、ひぃぃぃぃぃぃぃっ!?」
大男は泣き叫びながら、這いずるようにして教室から飛び出していく。
そしてその取り巻きにいた男達は、口をパクパクとさせながら……俺と目を合わさないように顔を背けた。
「はぁ、だからよせと言ったのに」
俺の隣でマインさんが、頭を抱えながらため息を漏らしている。
まぁ、彼女ならこうなる事は予想出来ていただろうかな。
「お、俺の騎士が……!!」
「な、なぁおい……今の、見たか?」
「ああ、あの使用人……いや、騎士か? アイツが他の騎士の手を握り潰しやがった!」
「俺の騎士は最強のはずなのに……!」
「誰の騎士だ? 待てよ、たしかさっきアリシアと一緒に……」
「うっそ! じゃあ、アレがアリシアの騎士なの!?」
「俺の騎士ぃぃぃぃぃっ!!」
「主人に似て、とんでもなく恐ろしい騎士ね……!」
ヒソヒソヒソと、貴族達が俺を見ながら何かを囁いている。
それと、大男の主人と思われる貴族の青年が騒ぎまくっていた。
「し、使用人さん……お強いんですね」
「……あのおバカ。何を初日から問題を起こしているのよ」
驚いている様子のファラ様。
そしてその隣では、眉間に深いシワを寄せて俺を睨んでいるアリシア様の姿。
「グレイ、アリシア様がお怒りのようだぞ」
「……いや、そうじゃないですよ」
「は?」
「多分、アリシア様にも分かっているはずですから」
俺が理由もなく誰かと揉め事を起こさない事は、アリシア様もご理解している。
そうなれば必然的に、マインさんの為に怒ったというのも察せるわけで。
「まだまだ、教育が足りないようね。ワタクシの騎士として、相応しい男には程遠いわ」
「……との事だが?」
「アレはきっと……『騎士としては荒削りだけど、ワタクシのダーリンとして百点満点! 後でちゅっちゅするから覚悟しておきなさい!』と言いたげな顔ですね」
「えぇっ……!?」
とまぁ、自分でも少しやりすぎたかと思ったけど。
この行為には一切の後悔はない。
「なんにせよ……礼は言わないぞ。お前が勝手にした事だからな」
「はい。俺がやりたくてやった事ですし」
「だが……グレイ。私はますますお前の事が好きになったぞ」
「……っ」
俺の瞳をまっすぐに見つめながら、さらっと言ってのけるマインさん。
そのあまりの男前ぶりに、俺は思わず赤面してしまった。
「……強い子を産む、か。過去の私はその使命に嫌悪を抱いたものだが……ふふっ、お前との子供なら産みたいものだ」
「ぶぅーっ!!」
な、なんという爆弾発言。
いや、お気持ちは嬉しいんですけども……!
「……あちゃー。ファラの騎士ってば、完全にあの使用人をロックオンしているって感じじゃない?」
「そうみたいですね……って、リムリスさん? いつからそこに?」
「ついさっきよ。つーか、二人とも私を置いていくなんて酷いわよ!」
「そんなつもりは……ねぇ、アリシアさ……ひぃっ!?」
「…………」
な、なんだろう?
室内の温度が急激に下がっていっているような……
それと、なぜだか理由は分からないが。
今はアリシア様の方を見られない。見てはいけない気がする。
「なんだ、騒々しい。もう授業を始める時間だぞ」
俺が全身から冷や汗を垂れ流していると、廊下から一人の男性が入ってきた。
黒衣の魔法ローブに身を包んでいるその中年男性は、でっぷりと太っており……顔が汗でてかてかと光っている。
「偉大なワシの高尚な授業を邪魔する者には単位をやらんぞ。留年して家名に泥を塗りたくなければ、従順で大人しくしている事だ。分かったな?」
どうやら彼は教員だったようだ。
貴族に教える立場という事は、彼もまた貴族なのだろう。
まぁ、その偉そうな態度で貴族でないわけがないのだが。
「……ガドモン教授だ。魔法歴史学の担当なんだが……女性生徒からは嫌われている」
俺が男を観察していると、マインさんがそっと情報を教えてくれた。
「女性生徒に、どうして?」
「すぐに分かる」
とりあえず、様子を見守るとしよう。
人の噂や外見だけで判断するのはよくないからな。
彼の性格や振る舞いを見た上で判断しないと。
「では、授業を……ん? そこにいるのは、オズリンドか?」
「……ええ、そうですわ」
「ほぅ? まさか本当に復学していたとはなぁ」
アリシア様の姿を見つけたガドモンが、いやらしい笑みを口元に浮かべる。
いや……まだ、大丈夫。問題はない。
「貴様の素行は悪いが、魔導の才能はある。私は評価しているよ」
「…………」
貴様……? コイツ、アリシア様を貴様と呼んだのか?
「クク……さぁ、授業を始めよう。久しぶりに来たオズリンドを歓迎するためにも」
今からガドモンによる授業が始まる。
果たして俺は、この男の振る舞いに耐える事が出来るのだろうか……?
【アリシアにセクハラをしようとしたガドモンの顔面をグレイが思いっきりぶん殴って再起不能にするまで残り十数分】
※※※※※※※※※※※※※
とうとう★1000越えました!
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応援を頂けるとモチベになります!
これからも引き続き、お付き合いくださると嬉しいです!
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