第53話
アルシェードを抱えた状態での時間は、馬車が止まり御者が屋敷への到着を知らせた事で終わりを告げる。
彼女を膝の上に乗せている事に多少慣れてきていたので、彼女が立ち上がった時に少し名残惜しく感じた。
前世と違って魔力やら加護やらで身体が強化されていて、アルシェード一人ぐらいの体重を膝の上に乗せていたも苦にならなかったのもそう思った原因かもしれない。
感情はアルシェードに伝わってしまうので、これもバレているのだろうが恥ずかしいから表には出すつもりはなかった。
「もう着いちゃったね。楽しい時間は早く過ぎると言うけど、本当みたいだ。逆だったら良いのに」
「……それは俺も思うけど、何で一度立ち上がってから座り直したんだ?」
「君が名残惜しそうだったからかな」
勝ち誇ったような笑みを浮かべたアルシェードが、振り返って俺の顔を覗き込む。
「っ……アルだけ俺の感情を読めるのって不公平じゃないか?」
やっぱりバレていたが、面と向かって言われてしまうと恥ずかしくてそんな事を言ってしまう。
ふと思ったのだが、前世で創作の中に存在していた感情や心を読めるキャラが実在していたとして、その人に対する一般的な人の反応は俺が言った事もっと酷くしたものなのではないだろうか。
俺は信頼しているアルシェードが相手だから良いが、見知らぬ相手から一方的に自分の内心を見られて良い気分になるはずがない。
……そういえば、ウィルディア戦記でもそういう心を読める人物がいたな。
年齢的にはアルシェードと同い年のはずだが、彼女は今何をしているのだろうか?
「それは諦めて貰うしかないね。でも、君だって馬車の中で僕が言おうとしていた言葉を当ててみせたじゃないか。感情だって顔色を始めとする反応を見たりすれば、分かる程度のものだよ。お互いの事をよく知っていれば尚更ね」
「あれは前にアルが同じ様な事を言ってたから分かっただけだよ。半分賭けみたいなものだったしな。それに他人の感情を読むのってかなり難しいんじゃないか?」
「そんな事はないよ。現に僕は君がさっき他の女の事を考えていた事が分かるしね。まったくボクと話しているというのに、駄目な騎士様だ」
「(げっ、バレてる)」
今の俺の表情が引き攣っていないか心配だ。
俺の顔を覗き込むアルシェードの瞳に宿るハイライトがやけに弱弱しい。
これまでの経験からして危機的状況の一歩手前といったところだろうか。若干不穏な圧が滲み出ているものの、まだ爆発はしていない……はずだ。
ここでしっかりと弁明しておけばダメージはない、と信じたい。
「ちなみにその女とは面識はあるの?」
「いや、昔見た事があった人を思い出しただけだから、面識はないぞ」
昔(ゲームの画面で)見た事があっただけなので、嘘は言っていない。
「嘘は……ついてないね。ライ、良いかい?ボクと話している間に他の女の事を考えるのはマナー違反、ナンセンスだよ。あ、逆は全くもって問題ないからね。むしろ推奨したいぐらいだよ」
「(いや、逆もマナー違反なんじゃないか?)」
「問題ないんだよ、イイね?」
「あ、はい」
疑問を抱いていたのが顔に出ていたのか、それともさっきみたいに思考を読まれたのか分からないが、アルシェードに笑顔で凄まれながら念押しされた。
俺が頷いたら、彼女はぱっと顔を明るくした。
……その表情の変幻自在さは何なのだろうか?
「アルシェード様、ライオス様、ご歓談のところ失礼いたします。そろそろ馬車から降りませんか?ご歓談の続きはご自室でゆっくりとなされる方が宜しいかと愚考致します」
ビビアがいつまでも馬車の座席でぐだぐだしている俺達にそう言うと、アルシェードはそれに頷いた。
「確かにそうだね。さて、このまま僕を抱き上げてお姫様抱っこで運んで欲しいな」
「いや、それは流石に周りの目があるから駄目だろ」
「……仕方ないか。お姫様抱っこは次の機会にしておくよ……家内の方の根回しは大体終わってるし、後はお父様の帰りを待つだけかな」
お姫様抱っこの指示を俺が正論でバッサリと切り捨てると、アルシェードは諦めて膝の上からおりぶつぶつと何かを呟いた。
そんなアルシェードを尻目に俺は先に馬車を下りて、彼女が降り易いように手を差し出す。
「ありがとう。様になってるよ」
「……結構厳しめの審査を受ける羽目になったから、そう言って貰えると達成感があるよ」
「まあ、ビビアは厳しいからね」
アルシェードは昔のビビアについて思い出したようで苦笑したが、アルシェードが関わってくる動作は厳しいってものじゃなかった。
騎士である俺の礼儀作法の出来はアルシェードの評判に関係するので、全ての動作をスパルタで教えられたが、特に厳しかったのは付け焼刃の礼儀作法で合格を貰った後に教えられたダンスの誘い方だった。
曰く、婚約者の決まっていないご令嬢をその家の騎士がエスコートしたり、ダンスの相手をする事はよくあるそうだ。
ただ、不思議なのが基礎が終わった後に俺の姿勢を本の挿絵と見比べて修正した事だ。
ビビアに聞いても必要な事です、の一点張りで教えてくれなかったので、知るのは諦めているがあれには何の意味があったのだろうか?
「「「「お嬢様、お帰りなさいませ」」」」
屋敷に入ると、使用人達の息の揃った声に出迎えられた。
それなりの人数がいるので壮観だったが、これでも使用人全員がいるという訳ではないらしいので驚きだ。
「ライ、僕は先に自分の部屋に行ってるからゆっくりと時間をおいてから来てくれるかい?乙女には準備の為の時間が必要だからね」
「分かった」
屋敷の中に入り、俺が窮屈だった上着を脱いでビビアに預けているとアルシェードにそう声をかけられたので頷く。
若干早足で立ち去るアルシェードとその護衛のオルトを見送った。
「そういえば、ビビアは俺の槍の師匠について何か知ってるか?」
馬車の中ではあの後直ぐに話題が変わってしまって、結局師匠が決まった事ぐらいしか分からなかったのだ。
丁度よく時間も出来たので、駄目元でビビアに聞いてみる事にした。
「はい、存じ上げております。オルト様の知人の方との事でございます」
オルトの知人であれば、武人として高名な人物である可能性が高い。
「オルトさんの知人か……その人の名前とか異名って分かるか?」
名前や異名を知ればどんな人物が来るのか原作知識で分かるかもしれないと思ってビビアにそう質問した。
「はい、名はエドワード・メーナス。鬼槍という二つ名を持った高名な武人の方だと記憶しております」
「(鬼槍かぁ……)」
“鬼槍”エドワード・メーナス。
無印において選べる師匠枠の内、槍術の中で最も厳しい人物だったはずだ。
例の厄災の前にミノタウロスを倒しておきたいので、強くなるために厳しい修行をつけてくれる師匠は願ってもない存在なのだが、彼は剛毅な武人気質で弟子にするのに条件を付けてきた憶えがある。
おそらく、オルトの紹介だから俺の師匠役を引き受けてくれたのだろうが、何かしら俺の事を試す為の課題を出してくるかもしれない。
無印の主人公の時と同じなら、手加減した状態のエドワードに一撃を当てる事だが、貴族の出の主人公とは違い俺は武術を習い始めたばかりだ。
やるとすれば全力で当てに行くが、正直に言えば当てられる自信がない。
「オルトさんの知り合いだから高名な武人の人とは思ったけど、予想以上の人が出て来たな」
高名な人に教われるという期待感と若干の不安の混じった気持ちで、俺は屋敷の廊下を歩いた。
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