第41話
「……ここで一旦終わりにして、昼食にいたしましょうか」
「ふぅ、終わったぁ」
水を飲んだり、トイレに行ったりで間に休憩はあったが朝からぶっ通しで本を音読するのは流石に疲れた。
十冊以上は読んだのではないだろうか。
上半身をベッドに倒してダラダラする俺を横目に、ビビアはテキパキと教材の本を片付け始める。
「そういえば、アルって昼食もこっちで取るのか?」
「それはアルシェード様のご気分次第なので何とも言えないのですが、予定もありますから昼食は別の場所で取られるのではないかと」
「それもそうか」
俺のイメージだと大分自由人な感じになってるが、アルシェードは元々強制的に休みを取らされたぐらい真面目でストイックな性格だったらしいので、予定に合わせて食事をする場所を決めるぐらいはやりそうだな。
「それでは昼食を受け取ってまいります」
「分かった」
「失礼いたします」
部屋を出て行くビビアを見送って、ほぅと息を吐き出す。
僅かって張っていた気を緩めて柔らかいベッドに体重を預ける。
ビビアは原作には登場しなかった上に、知り合ってまだ一日も経っていない相手なので、人物像がまるで分からなかった。
加えて美人なのだから、緊張しない方が難しい。
アルシェードにはなかった成熟した大人の魅力の様なものを――
「……寒っ……余計な事は考えない方が良さそうだな」
急に謎の悪寒に襲われて身震いする。
直感に従って考えるのを止めると、悪寒がスーッと消えていき数秒後には最初から何もなかったかのように、悪寒は感じられなくなった。
「さっきのってラノベとかでよくあるヤツか?そうなると、相手はアルしかいないよな……」
感情しか分からないから思考は読めないはずなのに、どうしてこういうのに反応がされるのだろうか?
「女の勘って怖いな」
ラノベの主人公には、余計な事を考えるから、と思っていたが、いざ自分の立場になるとどれだけ恐ろしいのか、よく分かる。
ある意味先達と言えるラノベ主人公達は偉大だったという事だろう。
「(さて、そんな事より、一人で考えられる時間が出来たんだからミロが言ってた事を考えるか)」
最後に遊戯の神ミロは『……汝、来るべき厄災に備えよ』と言っていたが、その厄災の内容は何だろうか?
ルミアード帝国が何か仕掛けてくるのかと思ったが、正直に言って帝国如きがどう頑張っても神が言う厄災には届かないだろう。
自然現象の方だった場合は、わざわざミロが教えてくれるとは思えなかった。
「……そうなると、やっぱりウィルディア戦記に関係する事件だろうな」
ウィルディア戦記関係で厄災と言えば、専ら魔物絡みである事が多い。
例外があるとするなら、あの古代のクソ錬金術師が関わっている何かだろうが、今は横に置いておく。
魔物関連で厄災と呼べるものは主に二つある。
一つ目は、単純に強力な魔物が暴れ回る事。
二つ目は、
どちらも解決するためには腕利きの英雄か、国家レベルの力が必要になる。
そういった事件が原作開始前に何か起きていなかったか、記憶を思い出してみると一つだけ思い当たるものがあった。
「……広域型の魔境における主の交代、これしかないよな」
広域型の魔境は森や山といったものが丸々魔物の巣窟と化している場所なのだが、そのタイプの魔境にはラスボスに当たる主が存在しており、稀に挑戦者の魔物との戦いに敗れて交代する事がある。
それにより敗れた元主の魔物が魔境から出て、この国の北に位置するエルフの大森林に甚大な被害を齎したという出来事が原作開始前にあったはずだ。
何処の魔境から出たという情報はなかったが、南部が最も被害を受けていたらしいので、王国南部の魔境のどれかだろう。
だが、これに備えるに当たって問題が一つある。
……それは、敵が強すぎるという事だ。
「エルフの大森林はエルフ族の本拠地だしな……それに甚大な被害を与えたってなると半端な強さじゃない」
そして、その出来事が起こるのは今から四年後だ。今から修行を開始したとしても、間に合うかどうか分からない。
「だけど、神の予言って事はやるしかないんだろうな。それに、その時になったらリエント王国の総力戦になるだろうし、勝算はあるだろ……多分」
何にせよ、今の俺に出来るのは勉強ぐらいなので、情報収集や討伐もしくは撃退の方法などは、未来の俺に考えて貰う事にしよう。
少々投げやりな気持ちで思考を打ち切ると、丁度部屋の扉からノックが聞こえてきた。
「入って良いよ」
「失礼いたします。只今戻りました」
ビビアが扉を開けてワゴンをと共に部屋に入って来る。
ワゴンの上には深皿と……例の栄養ポーションが載っていた。
「それは?」
深皿に入っているのはお粥に近いものだった。
この世界に来てから米を食べた事がなかったので少し驚いたが、よくよく考えてみたら東方には中国や日本に近い文化を持つ国があるので、米があるのは当然だった。
「リゾットでございます。ただ、胃に配慮して本来入れるはずの具材は入っておりません」
ああ、前世でもそんな料理があったなと心の中で呟く。
「リゾットか、スラム街にいたんだから当たり前だけど、聞いた事もない料理だ」
「食材の米が基本的に東方からの輸入に頼っておりますので、仕方がない事かと」
米ってこっちでは栽培してないのか、と思いながらビビアの言葉に頷いた。
「へぇ、そうなのか。まあ、楽しみは後回しにして、まずはポーションを取ってくれ」
「かしこまりました」
ビビアから受け取ったポーションの瓶の蓋を開けてポーションを飲むが、やはり朝食の時と変わらない微妙な味だった。
「……こちらを」
「ありがとう」
それが顔に出ていたのか、ビビアから水の入ったコップを渡されたので、お礼を言ってから水を飲んで口の中をすっきりさせた。
次にコップと交換でリゾットの皿を受け取る。ビビアは具材は入っていないと言っていたが、それでも食欲をそそるいい匂いがした。
「神々の加護と世界の恵みに感謝を」
出汁でもとっているのだろうか?そんな事を思いながら、リゾットを掬ったスプーンを口に入れる。
「美味い!」
あのポーションの後だから、というのも多少は関係してそうだがリゾットはとても美味しく、あっという間に食べ終えてしまった。
「……午後は何をするんだ?」
俺はビビアに空になった皿を渡して、そう質問した。
「そうですね……言語の勉強だけでは退屈だと思いますので、基礎的な数学もやりましょうか?」
「そうだな。そうして貰えると助かる。流石にずっと本を音読してるのはきつい」
「承知しました。その後は早めのご夕食を取って頂いて、散髪、入浴が予定されていますが、何かお聞きになりたい事はおありでしょうか?」
ビビアが俺の午後の予定を話していたが、聞き捨てならない単語があった。
「入浴?」
「入浴というのは、体を洗ってからお湯が入った大きな入れ物の中に入る事です」
「……なるほど」
ミロの言うアフターサービスの一環なのか、東方に日本に近い文化を持った国があると知っても、兎に角日本食を食べたい、とかは思ったりしなかった。
しかし、身近に風呂に入れる状況なら是非とも入りたいと思うのが、元日本人というものだろう。
「(久しぶりのお風呂か。今までは水浴びとか、布で身体を拭くぐらいしか出来なかったからな。これは夕食の後が楽しみだ)」
この時の俺は久しぶりに風呂に入る事が出来る喜びで、心の中で鼻歌を歌うぐらい上機嫌だった。
……後にあんな試練を課されるとは思わずに。
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