第40話
「……こうして皆は、楽しく暮らしましたとさ、めでたしめでたし」
俺は音読していた本を閉じて、ベッドの脇にいるビビアを見る。
「所々拙い部分はありましたが、大凡問題なかったです」
「よし!」
ビビアの言葉にガッツポーズを取る。
俺が今やっているのは子供用の本の音読だ。ベッドの上でも簡単に出来る文字を覚える勉強としてビビアが提案し、俺は暇だったのでやる事にした。
やり方は、同じ本を二冊用意して俺とビビアがそれぞれ一冊持ち、最初にビビアが本の内容を音読し、その間俺は彼女の音読に合わせて本の文字に目を通す。
それが終わったら、次にビビアが一文音読したら、その後に俺もその一文を音読をする。
この二つを繰り返して内容を覚えたら、俺一人で本の内容を音読するのだ。
さっき俺がやっていたのはこの最後のやつだ。
「本に出て来た単語の意味は理解出来ましたか?」
「ああ、大体理解出来た」
「飲み込みが早いですね。これなら、普通の本を読む為に必要な単語程度なら直ぐに習得されそうですね」
ビビアに手放しで褒められて、俺は少し気恥ずかしくなり右手の人差し指で頬を掻いた。
「いや、母さんが一冊だけだけど、子供用の本を持っててそれをよく読み聞かせて貰ってたから、多少知ってる単語があったんだよ」
「なるほど……ライオス様の母君が一冊とはいえ本を、ですか。そして、それを読んだ。……いや、読む事自体は不思議ではない――」
「どうかしたのか?」
口元に手を当てて何やら考え込んだ様子のビビアが気になって、質問してみたが首を横に振って誤魔化された。
「いいえ、何でもありません。それよりもその母君の本について何かお聞きになっていませんか?」
「本について?母さんは、昔、古い友人に貰ったものだって言ってたけど、何か気になる事でもあるのか?」
「いえ、失礼ですがスラム街に住んでいる方が本を持っているとは思わなかったので……」
それはちょっと俺も疑問に思っていた事ではあった。
ただ、この世界は魔法や錬金術があるので歪に発展しているところがあり、例としては照明の魔道具が挙げられる。
紙もある程度は量産出来るので、本も庶民が手を出せないという程の値段ではなかったはずだ。
その上、庶民も入れる学園がある。だから多少は識字率も高かったんじゃないかと俺は思っていた。
この世界がウィルディア戦記と気付いて、母さんが本を持っていた事に少し納得していたんだが、ビビアの反応からするとおかしいらしい。
「古い友人に貰ったとしても、おかしいと思う?」
「ええ、スラム街に住む程生活に余裕がないのなら、その本を売って生活費の足しにするか、何か生活に役立つものを買うと思います。とはいえ、ご友人からの貰い物ですから大事にしていた可能性があるので、一概にそうとは言えませんが」
ビビアの指摘は至極真っ当なもので俺も考え込まされた。
俺と母さんは多少貧しい生活をしていたが、本を売らなければならない程追い詰められていた訳ではなかったし、それなりの貯金が母さんの遺産として残っているぐらいには余裕があった。
しかし、本を売る事で生活に役立つ物が買えるなら母さんの性格からして俺の為に売っていてもおかしくはない。
売らなかったのにはそれなりに理由があると思うのだが……母さんは既に亡くなっているので答えなどは出る訳がなく、真相は闇の中だった。
「(やっぱり分からないな。どうして本がとってあったんだ?母さんが何の仕事をしていたのか、結局最後まで分からなかったからそれが関係してるのか?)」
「申し訳ございません、先程の言葉は忘れてください。余計な事を言ってしまいました。今は勉学に集中しましょう」
「分かった」
これ以上考えても思考が堂々巡りするだけで、一向に応えに辿り着けそうにないので、一旦この事は忘れてビビアの言う通り勉学に戻る事にした。
「そちらの本は後でもう一度読みましょう。次はこちらの本を読みますよ」
「……ん?ああ、表紙とかは違うけど、この題名の本だ。さっき話した母さんが持ってて読み聞かせてくれた本。内容も結構憶えてるから、これは後回しの方が良いと思う」
「おや、そうでしたか。これは主にこの国、リエント王国の西北部で親しまれている英雄譚の本ですね」
「西北部?」
勉学に集中しよう、となったばかりではあるが、自分の母親のルーツを知る事が出来るかもしれないので脱線を覚悟で疑問を口に出す。
「そうです。……少し話が脱線してしまいますが、地理の勉強といきましょう。ライオス様はここ、領都バルツフェルトを含むバルツフェルト伯爵領が王国のどの辺りにあるかはご存じですか?」
「西の方だろ?」
本当はもっと詳しく知っているが、スラム街の子供が知っているとは思えないので中途半端な答えを言っておく。
「その通りです。正確には西南部ですね。同じ西部とはいえ、北と南ですからかなり距離が離れていますから、ライオス様の母君が移住してきたというよりはそのご友人の方が西北部出身の方なのではないでしょうか?」
「母さんは友人がどんな人か言ってなかったし、俺は一度もあった事がない上に手紙とかも一度も来てなかったけど、もう死んでるって事か?」
「その可能性はありますね。例えばですが、旅商人という危険が付き纏う職業に就いていたとするとあり得る事です」
つまり、ビビアが言いたいのは旅の途中で不慮の事故などにあって帰らぬ人になった可能性がある、という事だろう。
こういう話を平然とされると、こっちの世界が日本よりも命の価値が安い事を改めて実感する。
「……なあ、母さんも西北部出身の可能性は無いのか?」
「勿論、その可能性もあります。その場合ですと父君と駆け落ち同然でこちらに来たというのが、考えられます。しかし、そうなるとライオス様がスラム街で生活していた事の説明がつきません。父君が傭兵や冒険者だった場合、護衛依頼で西北部へ向かっているはずです。そうなると、それなりに腕が立ち、資産やツテもあるはずです」
「(旅商人なら言わずもがなって事か)」
旅商人の場合、そこまで広い範囲で商いが出来るなら移動用の馬車が必要なはずだ。
それなりに資金があるだろうし、嫁を娶っても養える算段があるだろう。
まあ、商会を立ち上げて旅商人から商人になろうとして借金をした矢先に死んだりしたらその限りではないだろうが、それなら母さんと俺はもっと貧しい生活をしている。
……結局、母さんの出身が西南部かもしれない、というのが分かっただけだったな。
「すまん、結構話が脱線した。勉強に戻ろう。次は何の本を使うんだ?」
「分かりました。この本です」
題名は勇猛な騎士レーベンというもので、題名からして騎士道物語っぽいものだった。
「へぇ、どんな本なんだ?」
「悪の手先に攫われたご令嬢を助け出すため、レーベンという騎士が旅をする王道な物語ですね。アルシェード様が是非、ライオス様に読んで欲しいとの事で用意させて頂きました。因みに先程の英雄譚も同様です」
一瞬、頭の中でアルシェードの笑顔が過る。
読んではいないが、もう既に本のラスト辺りのストーリーが分かってしまった。
英雄譚の方は暴れ回っていた強力な魔獣を倒した騎士が、身分が遥かに上の姫君と結ばれるという内容だった。
この世界だと英雄譚というのは大体実話なので、それをチョイスしてくるアルシェードの思惑が透けて見えていた。
これから読む本の盛大なネタバレをされて、少し気分が萎えてしまった。
『ライ、お勧めした本を読んで心の準備をしておいてね』
幻聴が聞こえた気がしたが、それを振り払うように俺は本の内容に集中した。
――――――――――――――――
――その頃、アルシェード――
ジェ「どうかなさいましたか?」
アル「いや、ああ言わないといけない気がしてね」
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