第36話
「……なあ、俺の寝てる間の食事と水分補給ってどうなってたんだ?」
羞恥心で茹で上がった頭が覚めて冷静さが戻った時、ふと気になったので聞いてみる。
「ああ、それについては気にしなくても良い。何の問題もなかったぞ」
「うん、オルトの言う通りだよ。僕も気にしなくて良いと思うよ。面白い事なんて何もないし。ね、ビビア」
「はい、ライオス様がお気にするような事ではないかと」
俺を気遣うような声音でオルトとアルシェードが答え、話を振られたビビアのみ変わらない様子で淡々とした声音だ。
しかし、二人の答えは答えになっていない。
そして、三者三様にそれに関しては気にするな、という圧をかけて来ていた。
「いや、そう言われると逆に気になって来るんだけど」
二人と、おそらくビビアも俺を気遣って言わないのだろうが、怖いもの見たさで興味が湧いて来る。
先程の羞恥心を体験した今の俺なら、大抵の事実は受け入れる自信もある。
「え?いや、本当に面白い事なんてないよ?」
「それでも気になってな」
「うーん、ちょっと待っててね……二人共、こっち来て」
難色を示すアルシェードは、二人を連れて部屋の端に移動して何やらゴニョニョと相談し始めた。
「………………か」
「……て……お…………で…」
「……ひ…………う」
魔力で聴覚を強化してみたが、何か対策をされている様で途切れ途切れにしか聞こえなかった。
暫くすると、話し合いが終わったようで三人がベッドの傍に戻って来る。
「ヒントだけは教えるよ。で、それで答えに辿り着けなかったら諦めてくないかい?自分で調べるとかもなしだ」
「分かった。それで良い」
「君の寝ていた間の食事と水分補給だけど、特殊なポーションを使ってたんだよ」
三人を代表してアルシェードがヒントを言ったが、特殊なポーションを使ったという情報しかないと想像するのが難しくないか?
「(ポーションって事は液体だよな?寝ている俺に飲ませたのか?)」
寝ている状態で液体を口に流し込んだところで、気道に入って咽るだけだろうし、食道に管を通す程度なら言い淀む必要はないだろう。
ついでに言えば、起きた時に前世の点滴の様な物もなかった。
栄養と水分を体内に取り込むのは小腸と大腸の役割だ。つまり、腸にさえポーションが入れば良いのだから、方法は……
「(……不味いな、腸に直接入れる方法に凄く心当たりがある)」
「……」
「……」
「……」
アルシェード、オルト、ビビアの順に視線を向けると、アルシェードは目を逸らし、他の二人は揃って静かに目を閉じた。
この三人の反応からして、俺の考えは最悪な事に間違っていないらしい。
寝ている俺に栄養と水分を取らせた方法は……浣腸だ。
下の世話を担当していたらしいから、やったのはビビアで間違ないだろう。
これで、もしアルシェードがやっていたら羞恥心が限界突破して死んでしまうかもしれない。
正直に言って、この事実は先程のよりもダメージがデカい。
そりゃ、アルシェード達も教えるのに難色を示すはずである。
とはいえ、ここで撃沈してしまってはさっきの二の舞になってしまうので、辛うじて正気を保つ。
「人の忠告はキチンと聞いておくべきだと思わない?」
「……すまん」
「はは、まあ、これも経験と言えば経験だ。好奇心は猫を殺すと言うし、次からは気を付ければ良いだろう」
「そうするよ……」
これに関しては完全な自業自得なので、何を言われようがぐうの音も出ない。
アルシェードからは呆れた視線を向けられて、オルトは少しだけ笑っていた。
ビビアはやはり相変わらずの無表情だったが、心なしか俺に呆れている様な気がした。
俺にとって少し気不味い空気が漂っている中、その空気を破ったのは扉から聞こえてきたノックの音だった。
「ビビア」
「入りなさい」
アルシェードがビビアに目配せすると、ビビアが入室の許可を出す。
「……失礼いたします」
「「失礼いたします」」
女の使用人が扉を開けて入って来るとそのまま扉の脇に立って、扉が閉まらない様に押えた。
その後に続くように男の使用人達がテーブルと椅子を運び入れて、セッティングを開始する。
「「失礼いたします」」
セッティングが終わると彼らはアルシェードに一礼した後、素早く退室する。
それを確認した扉を押さえていた女の使用人が、一度部屋から出て料理が載っているワゴンを押して再び入室してきた。
「後は私がやるので大丈夫です。ご苦労様でした」
「……失礼いたします」
彼女はビビアの言葉に頷いて、アルシェードに一礼して退室する。
使用人の彼らの所作は素人が見ても洗練されており、全員があのレベルなのかと考えると流石は伯爵家だと思った。
テーブルやイスがセッティングされた場所は俺の正面だった。
ビビアが椅子を引き、そこにアルシェードが座るとビビアが料理をテーブルの上に乗せていく。
「……神々の加護と世界の恵みに感謝を」
アルシェードが手を組んで言っているのは、この世界での“いただきます”だ。
肉や魚は神々の加護によって得る事が出来、野菜などの農地で育つものは世界の恵みだから、その二つに感謝するという理由らしい。
「貴族の食事は料理が順番に出て来るって聞いてたんだけど、違うんだな」
「我が家では、朝食は一遍に出て来るね。昼食も時間が無かったら同じかな。夕食だけはライの想像通りの感じだよ。家によって多少違いはあると思うけど」
「へぇ、そうなのか。理由は何かあるのか?」
「単純に時間の短縮だよ。夕食は会食だったり客人と一緒だったりする時のための練習だね」
バルツフェルト家の食事の習慣を考えたのが誰かは知らないが、効率重視だったのか、はたまた面倒臭がりだったのか少し気になるな。
とはいえ、流石にアルシェードでも誰が始めたかは知ってても、その人物の性格までは知らないだろうし、質問はしないが。
「ライオス様の朝食はこちらです」
ビビアがベッドの脇に押して来たワゴンの上には、黄色い液体の入った小瓶とスープが載っていた。
「スープは分かるけど……これって、もしかして……」
「はい、件のポーションでございます。胃に優しくかつ、十分な栄養を取るとなると、こちらのポーションは外せません」
「……そっか」
少し複雑な気分だったが、別にこのポーションが身体に悪い訳でもないので、大人しく飲むことにする。
「不味くはないな」
味は前世の栄養ドリンクに近い感じだろうか、不味いとも美味しいとも言えない微妙なものだった。
まあ、良薬は口に苦しと言う様に苦いよりはマシだとは思う。
口直しも兼ねてスープをスプーンで掬って飲む。
「……美味いな」
「口に合ったようなら良かったよ」
「今まで食べた中で味的には一番美味いと思う」
前世の料理とは流石に記憶が朧気で比べる事は出来ないが、今世では間違いなく一番のものだった。
「失礼だけど、君がうちの料理人の料理を超えるものを食べた事あったら驚くよ。でも、何か含みがある言い方だね?」
「母さんの料理は別枠だからな」
俺がそういうと、アルシェードは少し興味深げに俺を見た。
アルシェードは料理人の料理を食べるのが当たり前だったのだから、そういう反応になるのは当然か。
「なるほど、平民だとそういうものなんだね。君の母親の料理を一度食べてみたかったよ」
「いや、流石にアルの口には合わないと思うぞ」
母さんの料理は美味しかったが、貴族の肥えた舌を満足させられるかと聞かれたら、首を傾げざるを得ない。
「単なる好奇心だよ。それに美味しくなかった訳じゃないんだろう?」
「まあ、な」
アルシェードの言葉に頷く。
思い出したもう二度と食べる事の出来ない料理の味は、少なくとも俺にとっては今飲んでいるスープに負けない程、美味しかったのは確かだ。
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