第35話

「ライオス殿、無事目覚められた様で何よりだ」


「オルトさん、アルから助けてくれたって聞いた。ありがとう」


 俺の予想に反して、メイド服の女性が連れて来たのはオルトだけだった。


 その時にはアルシェードは俺の上から下りて、ベッドの脇にあった椅子に座っていた。


 その二つの事実にほっとしつつ、オルトに助けてくれたお礼を言う。


「気にするな。改めて、助けに向かうのが遅れてすまなかった。あのバロッツという男に梃子摺ってしまった」


「気にしないでくれ。元々、あいつが強敵だってオルトさんは言ってたし、梃子摺るのも無理はないだろ。寧ろ、あいつを抑えて貰って助かったよ」


「そうだよ。結果的にオルトは間に合って誰も死んでないし、後遺症もなかったんだから良いじゃないか。それに、フィンブルの暴走は僕の未熟さが原因だしね」


「そう言って頂けると幸いです」


 逆に謝って来るオルトをフォローするとアルシェードも援護射撃をくれた。


 オルトは表面上は納得した感じだが、まだ子供の俺が死にかけた事を気にしてるんだろうな。

 まあ、これに関しては時間が解決してくれるのを待つしかないな。


「そういえば、フィンブルはどうなったんだ?」


「ああ、フィンブルなら僕の部屋にあるけど、使うつもりがないから実質封印状態かな。本当はしっかりと封印したかったよ。でも、あのレベルの魔剣になると封じるのが難しいから」


 普通、主の命令を聞かないで暴走する魔剣なんて封印対象だが、フィンブルが相手だと封印出来る人物はそう多くない。


 そのレベルの人材を呼び寄せるのは大変だし、依頼料として大金を要求されるだろう。

 それを考えるなら、アルシェードが十分に制御出来るまでは使わないというが、妥当なところか。


 そして、下手にアルシェードから遠ざけて暴れられても困るから、彼女の部屋に置いてるみたいだな。


「幸いな事に、あの暴走が不味かった事は理解してるみたいで、やけに大人しくてね。この二週間、特に問題は起きてないよ」


「魔剣って反省したりするんだな」


「まあ、私が徹底的に叩きのめしたので、不貞腐れているだけかもしれんがな」


 そう言ってオルトが苦笑する。


 そういえば、ハイアンの安否確認の片手間であの狼の氷像と氷の剣を出来た傍から壊したんだっけか。


 高位の武具ってプライド高いから、不貞腐れてる可能性は十分にあるな。


「あれは痛快だったよ。二、三回繰り返したら力の差を理解したみたいで、フィンブルは大人しくなってたね」


「それは見てみたかったな」


 フィンブルが手も足も出ない光景を見れたら、アルシェードが言うように痛快だっただろう。

 あの魔剣にボロボロにされた身としては、是非とも見たかった。


「何、あれくらいであれば、アルシェ様なら直ぐに出来るようになります。無論、ライオス殿も出来るようになると思うぞ。武術の素人の状態で、あれを相手に善戦したなら才能は十分にあると見て良いだろう」


「本当か!なら、早くリハビリで体の調子を戻さないとな」


「え?リハビリは必要はないと思うけど?まあ、今日と明日は大事を取って基本的にベッドの上にいて貰うけど」


「は?」


 アルシェードの言葉に驚いて間抜けな声を上げてしまった。

 多分、今の俺は鳩が豆鉄砲を喰らったような顔しているんじゃないだろうか。


 いくら回復魔法とポーションを使って怪我は完治しているとはいえ、二週間も寝たきりだったのならリハビリが必要だと思うのだが……。


「ライオス殿、二週間程度なら身体強化の要領で魔力を使えば、動く分には問題ないぞ」


「そ、そうなのか」


 魔力ってスゲー、という小学生レベルの感想しか出て来ない。


 確かに筋肉量の低下が理由でリハビリが必要なら、魔力で強化すれば解決出来る。


「(……確かに、寝たきりだったはずなのに俺よりおm…)」


「ねぇ、何か失礼な事を考えてない?」


「……すまん」


 アルシェードが笑顔で俺の手を抓る。


 否定しようと思ったが、俺の中で考えていた事が失礼になると認識してしまった時点で、それは嘘になってバレてしまう。


 それだったら、正直に言った方がまだダメージは少ない。


 彼女に対しては嘘をつけないのだから、頭の中で考える事にも注意が必要そうだな……思考は読めないと言っていたので、口に出してないのにバレたのは女の勘というやつだろう。


 彼女とは主従の関係にあるが、別の意味でも頭が上がりそうにない。


「はは、尻に敷かれているな」


「いや、結婚してる訳じゃないからその表現は間違ってないか?」


「大丈夫、間違ってないよ」


「何でアルが答えるんだよ……」


 俺のオルトへの問いにアルシェードが食い気味に即答する。


 身分差やら何やらで俺と彼女が結婚するのは無理だと思うんだが、彼女なら何とかしてしまうかもという、謎の信頼感が俺の中にあった。


「やり方なんて、いくらでもあるさ。特に今の時期はね」


 何の、とは聞かないでおく。


 そんな俺達のやり取りをオルトが微笑ましそうな視線で見ている。


 その視線が少し気恥ずかしかったが、命の恩人であるので甘んじて受け入れる事にする。


「それよりも、アルはいつまでもここにいても良いのか?政務とかは居残り組の人たちがやってくれるんだろうけど、勉強とか鍛錬とかあるんじゃないのか?というか、朝食はどうした?」


 俺が気絶してる間の話をしてる間に朝日は昇っていたし、オルトが来たのは完全に朝になってからだ。


 もうそろそろ朝食が出来ていてもおかしくないのではないだろうか?


「それは問題ないよ。ビビアが厨房には、この部屋で朝食を取るって伝えてくれてると思うからね」


 意外な名前がアルシェードの口から出て来た。


「ビビア?それって――」


「うん、君の想像通りだよ。ビビア、挨拶」


「はい、アルシェード様。……ライオス様、ビビア・ローレッジと申します。以後、お見知り置き下さい」


 オルトを案内してから、部屋の隅で直立不動の状態で控えていた茶髪のメイドがベッドの近くまで歩み出て、一礼して自己紹介する。


「ああ、よろし……く」


「そう、侍女相手に敬語を使っちゃ駄目だよ」


 茶髪のメイド改め、ビビアに敬語を使いそうになったら、アルシェードから意味深な視線を向けられたので、使うのを止める。


「ライオスは僕の騎士だから、立場的に結構偉いんだよ。身分が下なら年上が相手でもタメ口で話さないといけないからね。それと、オルトは僕の師匠だから良かったけど、彼女には敬称もつけちゃ駄目だよ」


「オルトさんにタメ口を使うように強要したのって、その練習の為か。からかい半分じゃなかったんだな」


「そんな風に思われてただなんて、心外だなぁ」


 てっきり、俺をからかう為にやった事とばかりに思っていたが、ちゃんとした理由があったようだ。

 そうならそうだと、理由をはっきり言ってくれれば、渋ったりはしなかったんだんだが……。


「そうそう、彼女は君が眠っていた間の下の世話をしてもらってたんだよ」


「……ッ!」


「アルシェード様の仰っておられる事は、事実でございます」


 思わず、ビビアの方へ顔を向けると彼女は真顔で淡々と肯定する。


「(確かに眠っていても生理現象は起きるし、実際にそういうのはあるって知ってたけど、すっかり忘れてて覚悟が出来てなかった……うん?下の世話だけ?それにしては体がベタついたりしてないような……)」


「な、なあ、体がベタついたりしてないんだが、魔法でも使ったのか?それとも、ビビアが拭いてくれたのか?」


「髪には魔法を使ったけど、肌は僕が拭いたよ。本当は下の世話もやりたかったんだけど、オルトに止められてね」


 頬が引き攣るのが分かる。肌を拭いたという事は、裸を見られたという事だ。


 下手をしたらというか、アルシェードの行動力なら俺の今世の相棒も見ていると考えて良い。


 オルトには最後の一線を守ってくれたと感謝するべきなのか、何で止めなかったと攻めるべきなのか分からない。


 ……俺にも羞恥心というものがある。


 端的に言えば、穴があったら入りたかった。

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