第29話

side オルト


「フッ……!」


「チッ!」


 別々の方向から襲い来る二つの刃を剣で弾き、反撃の一太刀を放つ。


 バロッツと呼ばれていた男はバックステップで躱すと、そのまま距離を取った。


 既にこの男と私が交わした剣戟は数十合。


 今と同様に仕切り直したのは十三回に及ぶ。


 お互いに浅い切り傷はあるものの、深手と呼べる傷は負っていなかった。


 奴と今の私の実力は拮抗していると言って良い。


「流石に堅いなぁ。でもよぉ、“正剣”サマはこんな小僧一人まだ倒せないなんて、実力は噂程じゃねぇな」


「……安い挑発だな。言葉に重みがない、所詮は青二才という事だ」


「このクソジジィっ!」


 煽り返されて額に青筋を浮かべはしても、短絡的に攻撃を仕掛ける事はせずにこちらの隙を伺っている。


「(これで切りかかってくれば楽だったのだがな)」


 言葉使いや態度からして浅慮に見えるが、その実しっかりと考えを巡らせているのだろう。


 ジリジリと間合いを詰め、敵が自分の間合いに入った瞬間に袈裟切りを放つ。


 バロッツは右に避けつつ、右手の剣を私の剣に添えて流し、左手の剣で反撃した。


「(狙いは……首か)」


 剣を引き戻し、反撃を防ぎ、続く追撃も弾く。


 双剣の速さと手数を活かした連撃が繰り出され、それを迎撃しながら時折反撃も混ぜる。


 私とバロッツとの間で何度も火花が飛び散り、薄暗い廊下の闇を彩る。


 奴は私に手数の多さで勝り、一撃の重さで劣っている。


 だからこそ、連撃で戦いのペースを握り、押し勝ちたいのだろうが、そろそろ息切れする頃だろう。


「ハアッ!」


「ぐっ……!」


 僅かに左右の剣の連携が乱れたところを突き、少しばかり大振りの横薙ぎで弾き飛ばす。


 それを追って、体制が崩れたところに上段から剣を振り下ろす。


「チィッ!」


 その一撃は双剣に受け止められてしまったが、それで良い。


「今度はこちらの番だな」


 体制が崩れた不利な状態で上段から重い一撃を受け止めたのは見事だが、この状況は双剣使いとしては致命的だ。


 このまま押し込もうと力を入れるが、それに気付いたバロッツは無理矢理私の剣を弾き返した。

 弾かれた勢いに無理には逆らわず、奴の体制が整う前に追撃を繰り出す。


 双剣使いは基本的に相手の攻撃を正面から受け止めたりはせず、躱すか得物で受け流すのが基本だ。


 しかし、体制が崩れてしまえば、そのどちらもやり辛くなる。


 私の連撃を受け流し切れず奴に傷が増え、躱し切れずにまた傷が増える。


 戦況は徐々に私に傾き、再び上段からの振り下ろしを放つ。


 先程と同様に受け止められたものの、バロッツが遂に片膝をついたその時、アルシェ様とライオス殿の気配がある書庫に強力な魔力が発生した。


「(この距離で私でも感じられる程の強力な魔力だとっ!?お二人が危ない!)」


「……ッ、隙を見せたなぁ!」


「ぬうッ!」


 動揺して注意が逸れた隙を突かれ、剣が大きく跳ね退けられる。


 がら空きの胴目掛けて刺突が繰り出されるが、後ろに飛び退いて回避した。


 しかし、着地した瞬間に腹部に痛みが走る。


「……その双剣の武器スキル、見えない刀身を生み出すものか」


「ご明察。いやぁ、ここぞというところで使いたかったんだけどよ、てめえの隙が中々見つからなくてな」


 バロッツは立ち上がりながらそう言って嗤った。


 刀身が伸びるという事は間合いを自在に変えられるという事だ。


 それだけでも厄介なのだが、その伸びた刀身が見えないともなると、更に厄介な事になる。


 ここまでそれを隠していたのは、決定的な場面での切り札にするためだったのだろう。


「ああ、そうだ。ついでに教えといてやるけどさぁ、俺の加護は《斬首ギロチン》ってヤツでな。刃で首にちょっとでも傷をつけられたら、その首がぽーんって飛んでいくんだ。面白いだろ?」


「なるほど、貴様がやけに首を狙ってきた理由はそれか。だが、何故それを私に教えた」


「あんた、薄々勘付いてただろ?それに、だ。……知ったところで、てめえの末路は変わんねぇんだよっ!!」


 追い詰められ防戦一方になっていた時の鬱憤を晴らすかの様に、凄まじい速度でバロッツが私との距離を詰める。


 腹の刺し傷は深手ではないが、浅くもない。腹筋に力が入れ辛くなり、動きが僅かに鈍くなる。


「ほらほら、どうしたっ!動きが鈍くなってるぞ!」


「くっ」


 怒涛の勢いで連撃が繰り出され、それを防いでいく。


 だが、連撃には首への攻撃やフェイントも含まれており、そちらに気を配り過ぎると他の防御が疎かになって隙を生む。


 薄氷を踏むかの様な戦いに肉体的な疲労だけでなく、精神的な疲労が重なっていく。


 徐々に傷が増え、追い詰められる。


 先程とは立場が完全に逆転していた。


 ジリ貧なのは誰の目にも明らかだが、私の勝ち目がなくなった訳ではない。


「ハァアアアッ!」


 剣を横薙ぎに振るい、奴が回避している間にバックステップで距離を取る。


「おっと、危ない。引き剥がして仕切り直したところで結果は意味はないぜ?“正剣”だなんだって騒がれてても、結局のところはお綺麗な道場剣術だろうが。てめえの剣はもう見切ってるんだよ」


「いや、十分だ――逆境絶望の時は終わった」


「何を言ってやがるッ!」


 斬りかかって来たバロッツの双剣を軽く弾いて、がら空きになった胴を蹴り飛ばす。


「ガハッ!……ど、どうなってやがる。さっきまでとは動きが段違いじゃねぇか」


「……確かに私には才能がない。武術の守破離において、離に至れず、既存のものを極める事しか出来ない身だ。だが、力がない訳ではない」


 《絶望と希望パンドラズ・ボックス》、それは私に授けられた祝福であり呪いだ。


 戦闘開始後から一時間の間、強制的に身体能力と技量に制限がかけられる。


 そして、一時間が経過した後、キーワードを唱え任意で制限を解除する事により、その戦闘の間のみ身体能力を大きく向上させる事が出来る。

 強化倍率は制限をかけていた時間に比例する。


 この加護があったからこそ、私は多くの強敵に打ち勝つ事が出来たが、同時に同格どころか格下にも苦戦を強いられる事も多かった。


「小僧、貴様には訊かなければならない事が多くある。大人しく投降しろ」


「クソッ、こんな事が出来るなんて事前情報にはなかったぞ!」


「当然だ。これを知っているのは私の友人の中でも口が堅い者達だけだからな」


「死ねぇッ!」


「見事。だが、遅い」


 勝てないと分かっていても私に戦いを挑む理由は、忠義か、恐怖かは分からなかったが放たれた一撃は見事だった。


 バロッツの双剣を奴の手から弾き飛ばし、顎を殴る。


「聞こえはしないだろうが、良い事を教えてやろう。武術において、基礎であれ何であれ、極まれば奥義と呼べる域に至る事は出来るぞ」


 逃亡を阻止するため、気絶したバロッツの手足の腱を切っておく。


「さて、急がねば!」


 少し前からライオス殿の気配が弱まっている。少なくとも、無事という事はないだろう。


 ポーションで傷を癒し、全力で廊下を疾走すると、二回角を曲がったところで書庫の扉が見えた。


「やむを得ん」


 書庫の扉を切り裂き、侵入する。


 書庫の内部は無惨に破壊された本棚とその周囲に本と紙が散らばっていた。


 その奥に内部からアルシェ様とライオス殿の気配がある白い渦と、その白い渦に上半身を突っ込んでいる巨大な獣の氷像。


 獣の氷像は随分と間抜けな姿に見えるが、あれが敵か。


「ふっ!」


 周囲の異様な温度の低さに嫌な予感がしたので、剣圧で白い渦に穴を開けてから突入した。


 前脚を振り上げている狼の氷像を切り刻んで破壊し、倒れているライオス殿にその破片が落ちないように彼の前に立った。


 ライオス殿の身体は全身ボロボロであり、背中には氷の剣が刺さっていた。


 どれ程厳しい戦いだったのかが分かる。


「……遅くなって、すまぬな。よく、頑張った」


 その場に屈み、急いでポーションを取り出して、ライオス殿の身体にかける。


 決して死なせはしない!

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