第15話

「ひ、酷い目に合った」


「大丈夫かい?僕の時は不快感はあったけど、痛み自体は少なかったからあそこまで痛がるとは思わなかったんだ。僕のやり方が下手だったのかな?」


「……どうだろうな。貴族は代々魔力の開放をやってるんだろ?なら、由緒正しい平民の俺とは違ってある程度適応してても、おかしくないから何とも言えないな」


 魔力がない前世の世界ですら、狩猟民族と農耕民族で骨格の形が僅かに違うくらいだ。


 魔力がある今世の世界で代々魔力を扱って来た貴族が、平民と違う体質をしていてもおかしくはない……というより、していると考えた方が良いだろう。


 そんな事よりも、今はこの魔力を開放した身体の変化の方だ。


 全身に流れている魔力は感じるが、こう、力が漲って来る!みたいなものは感じない。

 本当に身体能力が上昇しているのか、試しにその場で跳んでみる。


「おおっ!」


 その場で全力で跳んだ俺の足は、明らかに一メートル以上床から離れていた。知識で知っているのと、実際に体験するのとではかなり違う。


 魔力開放前と後ではここまで違いがあるとは思わなかった。この分だとアルシェードが言っていた、魔力が使えない大人が相手なら数人でも負けないというのも、本当だろう。


 スポーツ選手以上の身体能力があって武術の心得があれば、体格差を加味しても素人の大人に負ける事はない。


「そりゃあ、警戒するよな」


「ん?何か言ったかい?」


「いや、何でもない」


 目の前で首を傾げる可愛らしい少女が、数人の大人に勝てる程強いというのは正しく、幻想のような現実ファンタジーだった。


「そうだ、基礎魔法を教えて欲しいんだけど良いか?」


「確かに基礎魔法は何かと便利だし、外に出る前に覚えておいた方が良いかもね」


 魔力といったら魔法だ。魔力が使えるようになったら、魔法を使ってみたくなるのは必然だろう。

 例え、それがゲームの戦闘で選択肢に載らない程に弱い、基礎魔法であったとしてもだ。


「教えるって言っても、基礎魔法は魔力を開放すれば誰でも直ぐに使えるようになるから、大して教えることはないよ。魔力の動かし方は分かるかい?」


「ああ、何となくだけどな」


「魔力の動かし方なんて感覚でやるしかないから、それで大丈夫だよ。まず、右手に魔力を少し集めてくれるかい?」


 頷いてから指示をされたように手に魔力を集める。

 感覚としては、元々全身を巡っている魔力を使うのではなく、丹田の辺りから新しい魔力を引き出して右手に向かわせる感じだ。


「……出来た」


「よし、次は右手から魔力の糸を出して、その先で光の玉をイメージしてみてごらん」


「こう、か?」


 魔力の糸を出す方法が分からず、少し手間取ったが手から細い糸のような物が出て、その先に見慣れた光の玉が生まれた。


「おめでとう。でも、君はあまり喜ばないんだね。僕は初めて魔法を使った時は結構はしゃいだけど」


「嬉しいんだけど、凄く不思議でな」


 初めて魔法を使った興奮や嬉しさはあるんだが、十二年程前には科学を習っていた身としては、光の玉が生まれるのがとても不思議だった。


 科学の知識から考えるなら、魔力というエネルギーが光エネルギーに変換されているという事なのだろうが、自身の意志一つでその変化を起こせるのは説明がつかない。


 まあ、この世界には物理法則に真っ向から喧嘩を売っているものは大量にあるので、考えても無駄であろうが。


「まあ、確かに魔法を初めて見た時は僕も不思議に思ったかもしれない……随分昔のことだからよくは憶えてないけどね」


「魔法を知らないなら、何もない所から光の玉や火が出て、驚いた後に不思議に思わない奴はいないと思うけど」


「いや、魔法を知らなかったら不思議に思うよりも怖がるか、崇めるんじゃないかな?」


 アルシェードの言葉になるほど、と頷く。確かに、前世なら何かの手品かと疑って不思議に思うが、今世の価値観は中世ぐらいだ。


 信心深いというか、分からない事を神などの架空の存在のせいにしているので、不思議な力=神秘の力として認識して、怖れるか、崇めるだろう。


 まして、こっちの世界では実際に神や精霊といった上位存在が実在している。余計にそういった流れになり易い。


 この世界の貴族の先祖たちは、魔法を背景に支配者や守護者、神官などの権力者としての地位を築いていったのだろう。


「言い忘れてたけど、それ魔力の糸を出さないで使うと、身体が光るし、火属性でやると大変なことになるよ」


「……き、気を付ける」


 光り輝いたり火達磨になる自分を想像して、思わず唾を呑んだ。


「……と、結構時間を使っちゃったかな?……名残惜しいけど、早く地上に行こう」


「終わった後にまた来れば良いだろ」


「分かったから押さないで欲しいな」


 本当に名残惜しそうな顔をするアルシェードの背中を押して、入り口とは反対の位置にあるドアの前に移動する。


 地上への階段の前にもう一部屋あるのだが、原作では動かないゴーレム以外は、特に何もなかった部屋だ。

 さっさと入って通り過ぎてしまおう。


「あれは金属製のゴーレムかな?対侵入者用のガーディアンなんだろうけど、珍しいね」


 扉を開けた先は広い石造りの部屋で、地上に通じているだろう階段の前には三メートル程の大きさをした鎧を身に付けた金属製の像が、俺達に背を向けて直立していた。


 その像、ゴーレムを見て、アルシェードは少し驚いた様子だった。


「何が珍しいんだ?」


「ゴーレムには使い魔と魔道具の二種類があるんだ。で、多くの金属製のゴーレムは使い魔じゃなくて、魔道具なんだよ。使い魔でも金属製のゴーレムはいるけど、魔力の消費が激しくて好んで使う人は少ないね」


 ゴーレムの種類と説明は原作と同じだが、魔道具だとどう珍しいんだろうか?


「ただ、魔道具の方は作るのに凄くお金がかかるし、メンテナンスもかなりの頻度で必要だから示威行為のため以外には使われていないと聞くよ。ガーディアンとして実際に使っていた人がいたとはね」


「要するに金食い虫ってことか」


 そんなにメンテナンスが必要程に繊細なら、原作で動かなかったのも鍵である指輪を持っていたからではなく、何処か壊れていたのかもしれない。


 先代の頃が何年前かは知らないが、俺が外に出歩けるようになってから、大捕物のような騒ぎは聞いた事がない。


 少なくとも、五年以上は放置されているはずだ。原作の十年前の今ですら何処かが壊れていても不思議ではないだろう。


「僕が以前に実物を見た事があるのは、王都のパレードの時でね。堂々と歩く姿が格好良かったからお父様にうちにもあるのかって、訊いたんだ。そしたら、買えない事はないが財政を圧迫するってお父様が教えてくれたんだよ」


「国が示威行為のため以外に使わないなら、相当だな。そりゃ、買ったら財政圧迫するわ」


 国民に分かりやすい形で武力を見せるのと、他国には保有しているだけの余裕があると財政的な強さを見せるためなのだろう。


 それを買っても財政が圧迫されるだけで済むバルツフェルト家の財力は凄いな。

 王国西南部における最大の商業都市を拠点にしているだけはある。


 あの強欲なハイアンが、その財力を好きに出来るバルツフェルト家当主の座に目が眩んで、帝国に寝返るのも無理はないかもしれない。


「もう少しで地上だ。気を引き締めて行こう」


「了解……ッ、お嬢ッ!!……ぐッ!」


「きゃっ!……なにを……ッ、ライオス!!」


 ゴーレムの脇を通り、先頭のアルシェードが階段に差し掛かったところで、ギギッという僅かな音が聞こえた瞬間、背筋に悪寒が走った。

 咄嗟に前を歩く彼女を突き飛ばし、直感に従って右を向いて槍で防御する。


 一瞬の後に割り込ませた槍に強烈な衝撃が加えられ、俺の身体が後ろへと吹き飛ばされた。


「(……ッ風で減速と体勢を!)」


 《ウィンド》を背中に向かって発動させて、減速し、体勢を整え終わったところで、背中に床が迫り、俺は転がって衝撃を流した。


「……くッ!」


 床を転がった時に受け身は取ったが、それでも流し切れなかったダメージで背中が痛む。


 顔を上げると、フルフェイスの隙間に白い光を灯したゴーレムが、俺の方を向いて身体を屈めていた。

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