第14話

 バルツフェルトのサブクエスト『違法奴隷の救出』は、本来はアジトを壊滅させただけで終わるクエストだ。

 しかし、隠し通路を発見出来れば金と強力な武具などの装備品が手に入るため、攻略に必須とまではいかなくても、クリアする事が推奨されているサブクエストだった。


「(確か、強い武器や防具と宝石や貴金属をバルツフェルト家に取られる前に、ちょろまかしたんだったよな)」


 原作ではバルツフェルト家はハイアンが乗っ取っていて、強欲な人物で知られていた。

 サブクエストをしてる時にはハイアンは死んでいるのだが、その息子も同じように強欲で潰れた商会の隠し財産が見つかったと知って、横槍を入れてくるのだ。


 元々嫌われていたのに、そんな事をするものだから俺を含め、プレイヤーからはかなりボロクソに言われていた。


 横槍に怒った主人公達が、財産の一部をちょろまかすのがゲームでの追加報酬?を手に入れる流れだ。


「ライオス、あの剣を見て!間違いなく名のある鍛冶師が打ったものだよ。どれもこれも名剣揃いだ!」


 興奮したアルシェードが指差すのは、青白い刀身を持つ美しい剣だった。彼女は他の剣にも目移りしている様子で、目を輝かせていた。


 宝石などの装飾品や美術品に目もくれずに、剣が並べてある所に一直線に向かう姿は、彼女の気質をよく表していた。


 アルシェードは大人びている印象が強かったので、こういう子供らしい姿を見るとほっこりする。


「さて、俺は俺でお目当ての物を探すか……ん?」


 ここで手に入れておきたい武器があるので探しに行こうとしたら、ある剣が何故か目に留まった。

 それはアルシェードが指差していた例の青白い剣だ。


「(何処かで……アルシェード…青白い剣……あっ、魔剣フィンブルか!)」


 魔剣フィンブルは原作のアルシェードの使っていた武器であり、氷属性最強格の魔剣だ。

 まさか、ここにあるとは思わなかったが、よくよく考えてみたらおかしな事ではない。


 アルシェードは脱出するためにこの部屋を必ず通る必要がある。その時にフィンブルを見つけて持って行ったのだろう。

 あのはしゃぎ具合を思えば、彼女は剣マニアだ。銘は分からなくても、自分に合う最適な剣を選びそうだ。


「……どうせ、あの剣を選ぶだろうし放っておくか」


 アルシェードの方に目を向ければ、まだ名剣たちに夢中になっていて時折感嘆の声が聞こえてくる。

 この分なら、もう少し放置していても大丈夫そうだ。


 不思議な光を宿す剣、華美に装飾された白弓、厳かな雰囲気を纏う緑槍、守護神の紋章が刻まれた盾、龍鱗の鎧、黄金の兜など、美術品としての価値もある武具、防具についつい目移りしてしまうが、俺はその中から一本の槍を選び取った。


「あった……これだ」


 その槍は穂に黄色い線が幾何学的に走っている以外は何の変哲もないもので、正直に言えば、先に挙げた武具たちと比べれば見劣りしていた。


 性能もここにある武具の中では中堅の上位といったところだろう。だが、この槍を選んだのには理由がある。


「やっぱり、ライオスと言えば槍だよな」


 原作で傭兵ライオスは熟練の槍使いだった。なら俺にも槍の才能があるはずだ。


 後は相性の良い属性の槍を選べば、自ずと答えはこの槍、魔槍トニトスになる。


 周りに気を付けながら軽く振ってみると、初めて槍を手にしたとは思えない程によく手に馴染んだ。


「どう動けば良いのか何となく分かる。我ながら凄いな」


 才能のお陰なのか、槍を振るたびに動きの無駄が分かりそれを修正していくのが楽しくなってきたが、数回振ったところで腕に限界が見え始め、あえなく中止する事になった。


 アルシェードの所に戻ろうかと思って振り返ると、背後に彼女が立っていて驚いた。


「い、いたのか。わざわざ待ってなくても、声をかけてくれて良かったんだけど」


「いいものを見せて貰ったよ。まだまだ素人の域を出ないけど、少しずつ身体のブレとかがなくなっていくのは、見ていて興味深かった。礼儀作法だけではなく、武術の才もあるなんて凄いじゃないか」


 槍の素振りを見られていた事と歯に衣着せぬ賞賛に背中がむず痒い気持ちになって誤魔化すために、肩をすくめてみせる。


「お嬢に俺を騎士にしたのを後悔させなくて済みそうだな」


「そうだね、逆に僕が君に失望されないように気を付けないといけないかな?」


 俺の照れ隠しを察したのか、アルシェードはくすりと笑うと、冗談めかしてそんな事を口にする。


 見惚れそうなアルシェードの微笑から目を逸らすと、彼女が鞘に納まったフィンブルを持っていることに気付いた。


「お嬢がお嬢のままなら、俺が失望することはないと思うぞ。それより、その剣

取ってきたのか?」


「ああ、君もあの時見てたよね。この子の銘はフィンブル、多分、ここにある剣の中で一番強い剣だ。正直、この魔剣は僕の手には余る物だ。どうやってもフィンブルの性能に振り回されてしまって、普段使いは出来ない。だけど、この先の戦いには必要だ」


 アルシェードがフィンブルの柄を優しく撫でる。


 魔剣や魔槍などの高位の武器は、ゲームでもその性能を十全に引き出すためには対応している武術の熟練度を上げないといけない仕様になっていた。


 それが彼女の言っているフィンブルの性能に振り回されるという事なのだろう。


「ライオスはその槍を持って行くかい?」


「ああ、これにする」


「じゃあ、忘れないうちに君の魔力を開放しよう」


「あっ、忘れてなかったんだな」


 俺はてっきり、アルシェードが剣に夢中になって忘れているかと思っていた。

 忘れたまま部屋を出ようとしたら、言うつもりだったんだが、どうやら杞憂に終わったらしい。


「わ、忘れてなんかないよ。当り前じゃないか」


「はいはい、じゃ、頼んだ」


 顔に忘れてました、と書いてあるかと思うぐらいに焦った様子で否定するアルシェード。


 図星を突かれた彼女をからかうのは面白いかもしれないが、へそを曲げそうなのでやめておく。


「……ライオス、座って。始めるよ。個人差があるけど、気持ち悪かったり、痛かったりするから出来る限り暴れないように注意して」


「分かった」


 アルシェードの注意に頷いて、その場に座りゆっくりと深呼吸をして息を整えるのと同時に覚悟を決める。


 彼女は俺の前に立つと、俺の頭に手を置いて何かに集中するように目を閉じた。


「……ぐっ…………!」


 頭から何かが入って来て血管を逆流をしているような不快感と、閉じていたものが無理矢理こじ開けられていく痛みが同時に襲い掛かってきた。


 思わず、呻き声を上げるが体が暴れないように何とか気力で抑えつけるが、嫌な汗が背中と額から出てくるのを感じた。


 不快感と痛みが腹の奥まで達した瞬間、何かの力が腹の底から湧き上がるのを感じると同時に、不快感や痛みが消え去った。


「……ふぅ…………終わったのか?」


「僕の作業は終わったけど、君の痛みはまだ終わってないと思う」


「それってどういう……い、いたたたッ!?」


 沸き上がった力が全身に向かおうとして体の中で広がるが、それが始まると同時に下半身に痛みが走る。


 我慢しきれずにその場でゴロゴロと転がって痛みに悶える。


「その痛みは魔力回路に初めて魔力が通った時に感じる痛みだから、少しの間我慢すれば治まるよ」


 転がりだした俺から距離を取ったアルシェードが何か言っている気がするが、痛みでそんな事を気にしている余裕が俺に全くなかった。


 その後、一分間程、俺は床を転がり続けた。


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