第10話

「はぁあああッ!」


「グガッ」


 ノロノロと歩くゾンビに高速の物体が弧を描きながら襲い掛かり、その頭部を強打して打ち倒す。


 倒れたゾンビが動かないのを確認して、アルシェードは軽く息を吐いた。


「ふぅ、これで十体目だ。ちょっと多いんじゃないかな」


「スケルトン三、ゾンビ七か、俺には多いのか少ないのか分からないな。それよりもその武器の使い心地はどうだ?」


「ブラックジャックって言うんだっけ、この武器。簡単に作れるのに威力があって良いね。ただ、欲を言えばもっと広い所で使いたかったかな」


「それは諦めて貰うしかないな。それでも、人骨使って戦うよりは百倍マシだろ」


「それはそうだね」


 俺の財布と縄を使って作った即席の武器は、財布を縄で雑誌を縛る要領で十字に縛り、解けないように結び目を固くしただけのものだ。


 前世ではストッキングなどに、石や貨幣を積めて即席ブラックジャックを作れるそうなのだが、俺が作ったのがそれに該当するのか分からないので、精々ブラックジャック擬きといった代物である。


 ブラックジャック擬きは縄を持って振り回して攻撃するので、アルシェードが言うように狭い場所では使いづらい。


 隠し通路の天井の高さは二メートル程、さらに横幅も二メートル程しかない。ブラックジャック擬きは使いづらい環境だ。

 それでもアンデッドを一定以上の接近すら許していないのは、ゾンビやスケルトンの動きが速くないというのもあるが、何より全て一撃で倒しているアルシェードのお陰だ。


「そういえば、全部一撃で倒してるけど、どうやってるんだ?」


「ああ、当たってる瞬間にやってるから見えなかったか」


 そう言ってアルシェードは、俺の財布だった物の周りに光の玉を発生させた。


 恐らく、アルシェードは光魔法を使って倒したと言いたいのだろう。確かに、アンデッドは光属性に極めて弱い。

 ゲームでは雑魚のスケルトンやゾンビなどは、光魔法で一番弱い魔法を使ってもワンパンで溶ける程だ。


 光量に違いはあっても間違いなく、今もアルシェードの先にに浮いている豆電球大のそれと同じ魔法のはずだ。


 原作のストーリーでも、暗い場所の探索に役に立っていた照明ライトという基礎魔法に分類される魔法だ。

 この魔法に攻撃性は皆無だという設定だったのだが、現実になると少し変わってくるのだろうか?


「それって攻撃に使えたんだな」


「アンデッドに対してだけね。魔法の理論を勉強したら分かるようになると思うけどッ……今はアンデッドが光に弱いと覚えておけばいいよ」


 話しながらも警戒は怠らず、新しく現れたゾンビの顎をブラックジャックでかち上げる。

 何かが砕けた音が聞こえ、ゾンビは体を反らしてそのまま仰向けに後ろへ倒れた。


「やっぱり多いね。ライオスが話していた穴に落ちた人がいたとしても、多過ぎる。スラム街に誘致した教会が十分に機能していないのかな?」


 アルシェードが少し険しい表情をしながら、顎に手を当ててそう呟く。


「機能してないってどういうことだ?」


「教会がしっかりと葬儀をしていれば、アンデッド化は防げるはずなんだよ。葬儀って一種の魔法儀式だからね。まあ、教会はもっと神聖な儀式だって言って認めないだろうけど」


 もしかして、母さんの埋葬に金があまりかからなかったのは、それが理由かもしれないな。少し訊いてみるか。


「母さんの埋葬に金があまりかからなかったんだけど、それが理由か?」


「そもそも埋葬自体にはお金はかからないよ。ライオスの母君の埋葬にお金がかかったのは、しっかりとしたお墓を建てようとしたからじゃないかな」


「確かに墓は建てたな。でもそうなると、金を取らないで教会は大丈夫なのか?」


「うちもそうだけど、大体の領主は埋葬に補助金を出してるというか、毎年の教会への献金の中に含まれているんだ。どこの領主だって領内にアンデッドを出現させたくはないさ」


「スラム街とはいえ、それが都市内部ならなおさらってことか」


 領内の、それも都市内部にアンデッドが出たとなれば、その都市の住人は不安になるだろうし、他の貴族から墓地の管理もしっかり出来ないのかとバカにされかねない。


 未発見の地下にある隠し通路とはいえ、アンデッドがいた事はアルシェードにとってよろしくない事態だろう。顔も多少は険しくなるというものだ。


「この件を無事解決したらやらないといけない事が一気に増えてしまったよ」


「教会は機能してると思うぞ?ただ、穴にを捨てる連中がスラム街の中層辺りにはいるんだよ」


 例えば、ガドに群がっていた彼らや、裏組織の連中がそういう風に穴を使っているはずだ。


「……それは傍迷惑な話だね。単純に教会まで運ぶより、距離が近いからって理由で穴を使う人たちもいるかもね。はぁ、どんな理由があるにしろ。一回調査して、空いてる穴を全部埋めないと」


「一難去る前にさらに一難が来るとは、大変そうだな」


「何を言ってるんだい?土地勘のある君にも手伝って貰うよ」


 頭が痛いとばかりに、眉間辺りを押さえるアルシェードに同情してたら、こっちにも流れ弾が飛んできた。


「え、マジで?」


「良かったね。君の記念すべき初仕事が決まったよ。なんなら、調査の現場指揮を取ってみるかい?」


 アルシェードがさも良い事を思いついた、とばかりにとんでもない事を提案してくるが、俺は全力で首を左右に振った。


 お嬢様で美少女、それに加えて性格も良い彼女に直接勧誘されてるだけでも、やっかみを受けそうなのに、雇用されて直ぐに先輩の上に立って指揮をするとか、確実に人間関係がややこしい事になる!


「いや、面倒ごとにしかならないだろ!絶対に遠慮する!」


「あはは、冗談だよ。流石にそんなことはしないさ。情報提供はして貰うと思うけどね」


 笑って冗談だと言うアルシェードにジト目を向ける。


「そう拗ねないでよ。他人事みたいな態度を取っていた君へのちょっとした冗談じゃないか」


「拗ねてなんかない」


 前世を含めれば精神年齢が十以上、下の相手にからかわれたぐらいで拗ねる訳がないだろ。


「おや、僕の気のせいだったかい?それはすまないね」


「お嬢、イイ性格してるな」


「ありがとう」


 アルシェードの余裕のある態度を崩したかったが、何も思いつかなかったので苦し紛れの言葉しか出て来なかった。

 そんな言葉を軽く受け流して上機嫌に、俺の少し前を歩いていたアルシェードの足が止まった。


 その視線の先には天井の一部が崩れ、空いた穴から差し込む月明りとその光に照らされている土の山の上に横たわる数体の骸。よく見ればその周りにも骨などが転がっていた。


「あれがライオスの言っていた穴かな?通路が土で埋まってないのは幸運だね……この状況ならアンデッドが生まれてもおかしくはないね」


「そうだけど、ちょっと待て」


「どうしたんだい?」


「ちょっと最近死んで穴に落とされた奴を知っててな。流石にお嬢には刺激が強いから目をつぶっててくれないか?」


「……そういう配慮をしてくれるのは嬉しいけど、僕はバルツフェルト家の嫡子だ。いずれ戦場にも出る。人の死体を見たぐらいで動揺することはないよ。それにゾンビを倒しているんだから今更だよ」


「(いや、そうじゃない、そうじゃないんだ)」


 骸の中の一体、こちらに肌色の頭皮を見せているあれは、間違いなくガドの死体で間違いない。

 こうなるとは分かっていたし、そういう意味では動揺はないが、今俺は別の意味で動揺していた。


 ガドは見たところ一般人と同じくらいの水準の服を着ていた。あの後、間違いなく下着まで剥ぎ取られて全裸になった事だろう。

 さて、ここでガドの死体の向きに注目したい。俺たちに向かって頭を向けているのである。しかも目を凝らせば、死体は土の山の斜面、その通路側に仰向けに転がっているのである。


 つまり、通る時に確実にガドの粗末なものを目にする事になる。

 言うべきか迷ったが、ここは言うべきだろう。


「……そいつ、多分、全裸なんだよ。しかも仰向けになってる」


「……ぜ、全裸ッ!?しかも仰向け!?」


 俺と同じ結論に行き着いたのだろうアルシェードが、さっきまでの余裕を失い赤面して叫ぶ。

 美少女が耳まで真っ赤にしてるのは正直、かなり可愛かったが、今はそれをじっくり見ている時間はない。


「なあ、お嬢様、一つ提案があるんだけど、聞くか?」


「…………聞く」


 なので、俺はアルシェードに一つの提案をした。

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