第11話

「……何かが動いているような音はしないよ。多分、あそこにはアンデッドはいないと思う」


「よし、じゃあ、乗ってくれ」


「それじゃあ、失礼するよ」


「よい、しょっ!」


 背中から重みがかかり、アルシェードの腕が俺の首に回されたのを感じて、彼女の足の下に腕を通してから立ち上がる。


「重くはないかい?」


「大丈夫だ」


 今世は強キャラの才能と母さんが十歳までは健康的に育ててくれたおかげで、身体能力と運動神経はかなり高い。瘦せているとしても、同い年の女の子一人を背負って運ぶくらい造作もない。


 ……重いか重くないかの質問の答えだが正直に言えば、重いと答える事になる。だが、女の子にそう答えるのは不味い事ぐらいは知っている。主にWeb小説やラノベの知識で。

 軽いと答えると嘘になるので、ここはどちらとも取れる言葉で誤魔化す。


 問題があるとするならば、それは想像以上に柔らかいアルシェードの身体の感触と服越しに伝わってくる体温、鼻をくすぐる香りによって異常に心拍数が上がっている事ぐらいだろうか。


 さらに言えば、たまに耳に彼女のいk――


「(落ち着け、これ以上考えるな。変態みたいな思考になってるぞ!色即是空、空即是色!)」


「立ち止まってるけど、本当に大丈夫?」


「……モンダイナイ、ダイジョウブダ。」


 いつまでも動かない俺をアルシェードが心配し始めたので、足を動かす


 何で俺がアルシェードを背負う提案をしたかというと、目を瞑っていてもらうためだ。

 手を繋ぐ方法も考えたが、転んだしまった時に転がっている骨で怪我をしたら大変なので、こっちの方法を取る事にしたのだ。


「そろそろ近いから魔法を頼む」


「了解。《照明》をいくつか展開すれば、スケルトンやゾンビは牽制出来るから、万が一出て来ても逃げるのに集中してね」


「分かってる。スラム街に住んでるなら逃げ足が重要だからな」


 周りにいくつかの光球が浮かんだのを確認してから、俺は土の山に足を踏み入れる。骨と骸を踏まないように気を付けて歩く。


 ガドの死体はやはり全裸で俺の予想が正しかった事を証明していた。元は敵とはいえ、無惨な姿に心の中で黙祷してからその脇を通り抜けた。


 強キャラに転生したとはいえ、未来でほぼ死ぬ事が確定していたキャラだ。その上、ここは現実だ。油断すれば、ガドのように無惨に骸を晒す事になるだろう。

 自分の実力と原作知識は過信しないようしないとならない。


 油断して死にました、なんて嫌だし、母さんにも顔向けできない。


 そんな風に警戒していたから気付けたのだろう。

 足元の近くで土から少しはみ出していた腕がピクリと動いたのを見て、咄嗟にその手を避けて前に向かって走る。


 後ろから何かが這いずる音と、くぐもった不気味な声が聞こえてくる。


「ヴァアア」


「……危なかった」


「どうかしたのかい?戦う必要があるなら戦うよ」


「いや、こっちに来る様子はないし、必要ない。運悪くゾンビが発生するところに通りかかったみたいだ」


 アルシェードが言っていた通り、《照明》が牽制になっているのだろう。ゾンビはこちらを向きはしたものの、近付いては来なかった。


「もう例の場所も通り過ぎたから下りて良いぞ」


「分かった」


 ゆっくりと俺の背中から降りたアルシェードは心なしか少し落ち込んでいるように見えた。


「……はぁ、異性の裸と聞いただけであんなに動揺してたら駄目だね。僕はまだまだ立派な次期当主には成れなさそうだ」


「お嬢は俺と同じぐらいだろ。まだ子供じゃないか、未熟でも仕方ないと思うぞ。これから色々と経験して成長すれば良いし、大事なのは失敗を含めた経験から何を学ぶかだ。それに、溜め息ついてると幸せが逃げるって言うぞ」


 殆ど前世で中学校の頃に世話になった先生からの受け売りだが、付き合いの短い俺があーだこーだ考えて励ますよりも効果はあるだろう。


「うん、ありがとう。君は同じくらいだって言うけど、さっきの言葉まるで大人と話しているような気分になったよ」


「そ、そうか?母さんからの受け売りだからそう感じたのかもな」


 アルシェードを励ます事は出来たが、彼女に鋭く勘付かれてしまった。年配の教育者の言う言葉には一理も二理もあり、俺が言うと違和感があるのだろうか?


「そういえば、俺は十一だけど、お嬢って何歳なんだ?」


 話を逸らすのも兼ねて実際に確認した事を訊いてみる事にした。

 俺は自分が十一歳だと分かってはいるが、原作では年齢不詳だったために今が原作の何年前か全くわからないのだ。


 対してアルシェードは原作開始時は二十一歳という設定だったはずだ。憶え間違えでずれていても前後一、二年だろうから、大体の時期が分かる。


「ライオスは僕より一歳年上なんだね。身長は僕の方が高いけど」


「女の子の方が大きくなるのは早いんだって、どこかで聞いたことがあるぞ。五年もしない内に身長差なんて逆転してる」


 アルシェードが十歳と分かったのは良いが、身長差でからかわれた。からかわれた事は二回目で素が出て来ていると思えば良い事だが、からかわれるとどうしても対抗心のようなものが湧き上がってしまう。


 Web小説によくある身体に意識が引っ張られるというのがあるもかもしれない。

 もしそうなら、前世ではまだ高校生で精神的に未熟だった俺が、十歳のアルシェードにからかわれて無反応でいられないのも仕方な…………くはないな。


「(アルシェードにあんなことを言ったけど、俺もまだまだ未熟だな)」


「ライオス、君、考え込むと感情が表情に出易いよ。それに没頭し過ぎて周りがみえなくなるのも良くないかな。まあ、君の頭が良いからこそ、その癖がついてしまっているのかもしれないけど。ほら、前を見て、階段だよ」


「えっ?」


 アルシェードの指摘に、気付かないうちに地面に落としていた視線を前に向けると彼女の言う通り目の前に階段があって、思わず間抜けな声を出してしまった。


「僕を信頼してくれているのは嬉しい。実際、アンデッドは近付く前に倒したり出来る。だけど、階段で君が転ぶのを未然に防ぐ自信はちょっとないかな」


「……すまん、気を付ける」


 本人は言ってはいないが、君には前科があるしねという言葉が後に続いたのだろう。迷惑をかけた身としては何も言い返す事が出来ない。

 油断しないと決めてから直ぐにこの調子では、先が思いやられる。


「ちょっと考えていた事をまとめるから、階段を上る前に一回休憩しないか?」


「良いよ。僕もここまで歩き詰めだったし、何より階段を上るのは体力を使うしね。ここで休憩しようか」


 アルシェードの賛成も得たので、俺は階段を椅子代わりして座り情報を整理する事にした。


 アルシェードが十歳だと言っていたので今は原作開始十一年前だろう。仮にまだ誕生日が来ていないだけなら十年前だ。


 原作開始が統一歴一五六四年なので、現在は一五五四年または三年でシリーズを通して暗躍を行い、歴代主人公と軒並み敵対していた組織の動きは活発化していなかったはずだ。


 つまり、俺が強くなるための猶予期間は十分にある。原作開始前までに終盤のボスと互角までいくのが理想だが、どいつもこいつも理不尽な強さをしているので、中盤のボスとサシで互角もしくは勝てるぐらいが現実的だろう。


 一応、終盤のボスと互角までいく方法はある。

 この世界は戦いや修行の中で魂の格が上がっていくという法則がある。魂の格が上がれば当然、強くなる。


 結論を言うと、死と隣り合わせの厳しいどころではない修行や、格上との死闘は生き残りさえすれば莫大な成長をもたらす。

(実際、歴代の主人公やその仲間達の多くはこの方法で短期間で強くなっている。)


 死んゲームオーバーでもしても復活コンテニュー出来るなら話は別だが、生憎と現実にはそんな易しい法則ルールはない。


 強くなりたいとはいえ、途中で死にかねない自殺としか言いようのない狂気の沙汰主人公式レベリングはしたくない。


 だが、格上と戦わないで強くなれるはずもない。原作での傭兵ライオスも強敵との戦いに生き残って強くなったはずだ。


 なので、強くなるための方針としては原作知識で極力対策した上で格上の魔物と戦う。そして、予期せぬ強敵との戦いに備えて防御と回避能力、逃げ足を鍛えておく。

 この二つを基本としよう。


「よし、考えはまとまったぞ。そっちは十分に休憩出来たか?」


「こっちも大丈夫だよ。……行こうか」


 俺の脚に限界が来ても直ぐに対応出来るように、俺が先に階段を上り、後からアルシェードがついて来る形になった。

 俺は彼女の回復魔法にお世話にならない事を目標に階段を上り始めた。


「あっ、そうそう。ここに下りてくる時に数えたんだけど、二百段あったよ」


 今、言うなよ!萎えるだろ!

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