ぼっち勇者は友が欲しい

りりん

第1話


 俺はこれから勇者を暗殺するところだ。標的である勇者は夜の森の中で一人寂しく住んでいる。奴は、捕まえた魔物を串に通して焚火で焼いて食べようとしているところだ。魔王を倒した世界の救世主とは思えない粗末さだな。                


  年齢は十代後半、性別は男、名前は不明。髪は短髪で黒髪。装備は村人が来ている服に鎧をとってつけた物と、腰に差しているたぶん聖剣。なぜか全身ボロボロ。ちなみに目は死んでる。 


 とてもじゃないがこんなナリでは勇者だとは誰も思わないだろう。だが、俺は確かな筋からこいつの情報を受け取った。その情報と照らし合わせてもコイツが勇者で間違いない。そして、今がコイツを暗殺するチャンス。先程から、様子を見る限り俺がいることには気づかれていない。焼いていた魔物のまずそうな肉を勇者が夢中で食べているうちに殺す。


 瞬時に俺は行動に移した。木の上から一秒も立たないうちに勇者の心臓めがけて毒の短剣で貫いた。勇者は刺されたことにすら気づかず肉を食べた姿勢のままで止まっている。よしこれで俺は一生遊んで暮らせる大金を手に入れた。


「勇者なんて言われたところで所詮ただの人間だからな。心臓を刺したらお陀仏だ。短剣は返してもらうぞ。俺の仕事道具なんでな」

 短剣を引き抜こうと勇者の背中を見た。が、短剣なんてもんは見つからない。ましてやさっき刺した時の傷跡も。

「どうなってんだこれ」

 勇者をよく観察すると顎が少し小刻みに動いていた。肉を食べているはずなのに音一つしないとかありえるか。いや、まて動いてるんだからコイツは。


「食べ終わった。さあ、殺そうか」 


 そのことに気が付くより勇者が俺の背後をとる方が早かった。勇者は俺の首筋に聖剣を当てている。さっきと立場が逆転した。それも違うか。こいつはおれが殺そうとしているのが分かったうえで肉を食べるのを優先したんだ。別に殺されるのに不満はないけど実力で完全に負けたのは悔しい。来世に期待するか。


「俺の負けだよ。殺してくれ」

「命乞いの言い訳はないのか。家族・恋人・友人・仲間のために生きる必要があるって言わないのか」

「俺に全部ないものだから。関係ないな。じゃあ、サクッとよろしく」

なんで、わざわざ言わせようとするの。コイツなりの気遣いだったりするのか。


「じゃあ、趣味はないのか。俺はこのために生きているんだって言えるものは?」

「ねぇよ。あったらもとマシな人生歩んでるわ。もういいな、これ以上確認することないよな。頼むから、早くやれよ、こっちは短気なんだよ」

 碌な死に方しないとは思ってたけど、死に際で面接みたいな質問くるとはさすがに予想してないわ。さあ、これで俺はいよいよ地獄に。


「お前、三大欲求はさすがにあるだろ。睡眠欲、食欲、性」

勇者が性まで言いかけようとして俺の怒りは頂点に達した。

「なんで、そんな急に下世話な話に飛ぶわけ! 全部ないわけないけど。拷問かよ。 これは! 普通に殺された方が百倍マシだったわ」


 勇者は俺の発言を聞くと憐みの目で見て拘束を外した。どういわけか、俺は命の危機を脱した。それは本来喜ばしいことではあるが、それより俺の尊厳を大事にしろ。


「なに、お前。俺を殺したかったんじゃないの? お前を、殺そうとした俺を」

「いや、違う。お前程度ならいくらでも殺しに来たし。いちいち、殺してたら割に合わない」

「くそ腹立つ回答だな。でも、最初に殺すって言ったよな。あれが嘘だって言うのか」


 あの時、俺は殺されるのを覚悟した。それぐらいの殺気を感じたのだ。間違いなく本物の殺気だ。あれが嘘ならそれに気づけなかった俺は間抜けということになる。

「ああ、あれか。あれは嘘だ」

 勇者はさっぱり真顔で言い切った。

 はい、俺の間抜けが確定しました。殺し屋失格だ。これからどうしよう。落ち込むな。まだ疑問が残っている。解決してから思いっきり落ち込もう。


「殺す気がないなら、なんであんな真似した? あの質問に何の意味があるんだ」

 コイツはふざけていても勇者だ。あの質問には深い意味が隠されているはず。アホそのものだったけど。

 それから、勇者は五分ほど地面を見つめたり、空を見つめたりと意味不明な行動を繰り返した。先ほどまでの冷静さが完全に失われている。この質問はコイツの核心を突くものだったんだ。またそこから五分経過した。だが、いよいよ回答する気になったのか。深呼吸を繰り返しはじめ、ついにその真実が露わに。


「友人が欲しかったから」

 俺から視線を反らしてなんともか細い声でそう答えた。

「はっ。何を言ってるんだお前? 今日一、意味が分からん」

 こっちの質問と回答にズレが生じすぎて現実が受け入れられない。そもそも、そんな思考回路だから友達できないんだろ。


「死の間際にこそ、人の本性が分かると聞いた。だから、殺し屋で試した。殺し屋なら正当防衛で済むから」

 確かにそれはその通りだ。殺し屋なんだから、何されても自業自得である。問題は相手の命握っている状態で意味不明な質問をしてくることであって。

「そりゃあ。殺し屋なら何されても文句言えねぇよ。だけどさ……」

 勇者と対峙するんだから、もっとかっこいいものを想像していたんだよ。

 しかし、あいつは質問には答えている。本人の中では論理があるんだろう。あいつの意見を整理すると。


「まとめるとおまえは人の本音が聞きたかったってことであってる?」

「そういうことだ」

「人の本音と友達作りの関連性はあるのか?」

「俺と似た人間を探すために本音を知りたかった。似ているなら友人になれると思ったから」

「あんな大雑把な質問で自分と似てるかなんて分からないだろう? 人によって大事なものは変わるし」

 そういうの俺にはないけど。今のは他人からの受け入りだ。

「あれで分かる。俺はあの質問に当てはまらない人間を探したいからだ」

 そうか。それならかなりシンプルになる。とういうことはコイツが求める理想像は。


「お前が求めているのは、孤独で執着するものがなくて三大欲求がないやつか」

「途中まではお前も当てはまっていた。だから期待したんだがな」

「いや、ムリムリ。最後の当てはまったら人間じゃない。というか生物じゃない」

 心なしか勇者は落胆したような表情をみせた。え、コイツ?


「お前、人間じゃないのか! 何者なんだ?」

 俺は警戒態勢に即座に入る。最初に俺に見せたあの再生能力を考えたら当然か。気にしてなかった俺はアホまるだし。

「人間じゃないが。人間に作られたのだからそこまで警戒する必要はない」

「人間が作った? 人間が勇者を?」

 人間にそんな技術あったなら、もっと有効なことに使えよ。例えば、俺の生活費出す美人作り出すとか。


「俺は魔王を倒すために作られた兵器だ。だから、それ以外の余分は省かれた」

「兵器が友達を欲しがるのか?」

 俺は警戒して強い口調で問い正す。しかし、それに対しても勇者は冷静に答える。

「俺は俺一人で能力が足りるように作られた。だから、ずっと一人でいた。正直暇だったが魔王倒す目標があるから耐えられた。今はもう退屈を紛らわす相手もいない。それなのにあと五年も稼働年数がある。その間の話し相手が欲しい。することがないと暇で死にそうだ」

「えっ、そんな理由。怖い理由かと思って損したぞ」


 俺は警戒するのをやめて勇者と向き合う。

「低俗でくだらない理由ではある。しかし、これで分かった。友人は作ろうとしても無理だな。諦めるか。よし、殺していいぞ」

「思い切りよすぎるだろ。まて、早まるな。第一お前不死身だろ。なら、殺せるはずがない」

「ああ、それなら首の後ろを突けば死ぬぞ」

 ご丁寧に首の後ろを見せつけて、あまつさえ俺の短剣すらよこしてきた。どうでもいいけど、俺の短剣まだ生きてたのね。


「あっさり急所を申告するな。命を大事にしろよ」

「殺し屋が言うセリフか?」

「冷静にツッコミをいれるな! もういいよ、お前の命は。殺し屋辞めるから」

「いいのか懸賞金は?」

 懸賞金のことも把握済みか。そりゃ勇者をわざわざ狙うリスクを考えたら、金目的しかない。それでも、今は見透かされていたことが恥ずかしい。


「欲しいのは欲しいけど。お前について行ったら、うまくいけばそれ以上に金がガッポリ入りそうだからな。勇者っていうおいしい立場をうまく使わせてもらうぞ」

 勇者は先ほどまでの涼しい顔を崩して、動揺している。

「ほんとうにそれでいいのか?」

「同情したわけじゃないぞ。それにお前いつでもその気になれば、俺のこと殺せるだろ?」

「分かった。それでいい」

 反応は薄いがコイツそれなりに喜んでいる気がする。なんだかんだ丸く収まった。

これから俺の新しい人生が始まる。殺し屋改め勇者プロデューサーだ。


「そういや。お前の本名なんて言うんだ。これから、それなりに付き合いがあるんだ。名前で呼んだ方がいいだろ?」

「強い名前だ。ウルトラスーパーハイパーレア勇者」

「ダセェ」

「お前の名前は?」

「漆黒の翼」

「イタイ」

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