愛の真似とか

やらずの

愛の真似とか

異星人あなたたちってほんと不思議だよね。見かけはそんなにあたしらと変わんないのにさ。わざわざ風俗来て、ただ話すだけが気持ちいいなんて」

真白ましろさんはいつもそう言いますね。僕ら£>#Σは――」

「あなたたちは高度な情報生命体で、情報交換によって快楽を感じる――でしょ。はいはい。何回も聞いたから分かってるよ」

「そういうことです。〝おしゃべり〟は、言語はもちろん、音調や視覚など複合的な要素によって交わされる非常に密度の濃い情報交換なんですよ。今は便宜的に*@>%#――最も近い言葉なら地球人に似せたアバター、を使っていますが、本来、情報存在で身体を持たない僕たちにとっては非常に興味深い行為なんです」

「まあ、あたしとしては楽だから何でもいいけど」

「はい。それくらい気楽にお付き合いいただければ」

「言っとくけど、そんな笑顔でも駄目だよ、本名は。いい加減諦めてよ。何のための源氏名だと思ってるの」

「名前は重大な情報です。本来は個体名を持たない僕らだからこそ、便宜的な呼び名ではない本名に興味があるんです」

「まあ無理強いしてくるわけじゃないからいいけどさ。でもね、あたしは風俗嬢じょうであなたは客。だからあたしはとしてあなたの隣りに座ってるわけ。それにあなただって地球こっちで活動するための照屋てるやって名乗ってるんだし、あたしの本名なんてどうでもいいじゃんって思うけど」

「どうでもいいものではありません。あるものを隠すのと、なくて不便だからあることにするのは全く違います。それに、名前は両親から最初に与えられる愛の証で、そこには意味や思いが込められるんだと、同僚のヤスダさんが言っていました」

「愛の証ねー」

「違うのですか?」

「まああたしの場合は。母親はあたしが八歳のときに男と出て行って、一五歳のときに父親が借金残して首吊って、あたしは高校中退。美人なわけでも性格いいわけでもないし、借金はどんどん膨れるしで、どこに行っても厄介者で腫物だった。愛情なんてさっぱり無縁の人生だよ」

「だから真白さんはこの仕事を?」

「さあ、どうだろ。あ、借金のせいってのはあるや。だってあたしって勉強とか苦手だし、若いことしか武器がないから。その武器があるうちに手っ取り早くお金稼ごうって思ったら、まあこうなるよね。ちなみに不幸自慢とかしたいわけじゃないからね。あたし、そんなに嫌いじゃないんだよね、この仕事フーゾク。なんかこうさ、あ、あたしみたいのでも少しは必要とされてるのかもって思える。そこは悪くないなって。……てかなんか今日、あたしめっちゃ喋るじゃんね。愚痴っぽくてごめんだね」

「謝るようなことは何も。こう言うと語弊がありそうですけど、少し羨ましいくらいです。誰かから生まれることのない僕らには親の存在も、親を愛したり嫌悪したりする感情も、ないんですから」

「えー、うんざりだよ、実際。あたしだって、考えないわけじゃないもん。もしちゃんと高校行けて、まあ行けても勉強はしないだろうけど、ネイルとか美容の専門とか通ってみて、そしたら人生はもう少しましだったかなとかさ。言い出したらきりないよ……って、目ぐるぐるさせるの怖いからやめてって」

「すいません、つい。興奮が高まると抑えられなくて」

「え、今の話のどこに気持ちよくなってるの……」

「だって、あり得た未来やあり得なかった可能性に想像力を巡らせられるのって、素敵なことですよ。情報、つまり事柄の確からしさが重視される£>#Σの文化には、そういう想像や空想の入り込む余地すらありません」

「ふーん、それはそれでちょっと大変そう」

「そうですね。なので真白さんの隣りは居心地がいいです。曖昧で不確かで、確実なことなんてここには何もない」

「ならあたしの名前ももういらないね」

「それとこれとは話が別です」

「なんでよ」

「知りたいものは知りたいんです。……そういえば、名前には全て、意味があるんですよね。真白さんの名前にはどんな意味が込められているんですか? そこから類推してみせます」

「意味なんてないよ、別に。それにあってもそんなものにあたしの価値はないんだよ。あたしは真白なの。あんな親に押し付けられた名前じゃなくって、店長と一緒に自分で考えて選んだこの名前だけが、嘘でも幻でも本当に大切なあたしなの」

「それなら、真白にはどんな意味が……?」

「それはまた今度。残念ながら時間でーす」

「……やられました。タイミング見計らってましたね?」

「へへへ、内緒。また来てね」

「……分かりました。悔しいけどまた来ます。真白の意味、教えてくださいね」

「考えとく」

「真白さんには敵いませんね」

「ふっふっふ。参ったか。そういえばさ、今日はこれからどっか行くの?」

「よく分かりましたね。ヤスダさんと飲みに行きます。なんでも美味しい焼き鳥のお店に、連れて行ってくれるそうで」

「末広かな。いいなぁ。鳥ハツがやばいから食べてみて」

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愛の真似とか やらずの @amaneasohgi

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