第39話 外伝その5

――男なんて大嫌い。


薄らと思っていたこの感情が、具体性を帯びて形を成したのは、自らの体が女であると認識した頃だった。


あの時の視線は今でも鮮明に覚えている――




烏瓜殿の中庭で催した茶会。


4つの大公家の婦人や、子女を招き行われたこの茶会は、謂わばおまけ。

本命は宮殿で行われる王家と大公家の最高会議。

曰く隣国の王も、伴侶や王子と共にやって来るのだとか。


伴侶。要するに男を飾り立てる孔雀の羽である。美しさのみを求められるただのお飾り。


そんなお飾りを一堂に集めて、互いに競わせるだなんて本当に反吐が出る。


無論、顔になど出さない。そう幼い頃から躾られてきた。


豪奢ごうしゃに着飾った羽どもが、お互いを褒めながらも揚げ足を取り合う様は、この王宮を覆い隠さんばかりに年々増える忌々しいあの尖塔達のようだ。


だが、居心地は悪くない。

母を早くに亡くし、王家の第一王女である自分には誰も逆らえないのだから。

王妃ですらこの烏瓜殿にはあまり立ち寄らない。


この烏瓜殿こそ私の全て。



「おや、これは麗しい花々だ」


声の方を顔を向けるまでも無い。

隣国の王子、即ち私の許嫁だろう。


思わせ振りに紅茶を飲み、たっぷりと時間を掛けて振り向いてやった。


この可憐な花園にそぐわない、野蛮な匂いがここまでしてきそうな大男を数人引き連れた太った小男。


視界に入れる躊躇を悟られないように、細心の注意を払いながらゆっくりと立ち上がった。


「あら、謁見のご予定は午後からでしたのに」

「気の早い御方」


「花園に負けぬ君を見ておきたくてね」


全身が総毛立つ。


花の香りに混じるとこうも悪臭が際立つものか。

嫁ぎ先には花を植えないと心に決めた。


ふと目の前の小男の視線に気付く。


これは値踏みだろうか。


全身を嗅ぎ舐られたかの様な、質感を伴ういやらしい視線。

腰回りから胸元まで。まるで蛇にでも這われているようだ。


「未来の妃よ」

「これをご覧ください」

「我が国の最高勲章ですぞ!」

「金糸をふんだんに遇ったこの勲章は、この儀礼服にピッタリだとは思いませんかな?」

「どれ、一つこの勲章にまつわる武勇伝などを披露して進ぜましょう」



嗚呼…もう限界だわ…


ガチャン!!


小さな悲鳴とティーカップの砕ける音に我に帰る。


「申し訳ございません姫様」

「お怪我はございませんか?」

「あら、お召し物に紅茶が」

「お召し替えになりましょう」

「さ、こちらへ」


白い陶器の様な指先が触れると、今までの鬱屈とした靄が吹き飛ぶような気がした。


「午後の謁見には参りますので暫しご機嫌よう」


間抜けな大猿共と小太りな蛇を中庭に残し、自室に戻る頃には2人でクスクスと笑い声が漏れていた。


「ありがとう、リリー」


「何を仰いますか『献身以て護国の盾と為し、智恵以て護国の剣と成す』」

「女ながらに私も公爵家の人間でございますわ、姫様」


「うふふ、流石は救国の軍師の末裔ですこと」


「さ、お風邪を召されるといけません」

「お召し替えなされたら、沢山おしゃべり致しましょう」


「うふふ、敵わないわね愛しの馬酔木の君」

「貴方が殿方なら良かったのに…」

「そうすれば私…」


「姫様…」


「こんな偽りの花園、根腐れしてしまえばいいんだわ」


「さ、お召し替えをなさりましょう」


「私はねリリー、今が一番美しいの」

「なのに、毎日同じ事の繰り返し…」

「花園に押し込められて出荷を待つ切り花みたい…」


「姫様…」




鉄花のナヴィガトリア外伝


『烏瓜の輪舞曲』 完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

鉄花のナヴィガトリア(通常版) しょしょ(´・ω・`) @syosyo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る