第37話 外伝その3

――この子の事を頼みます。


そう言い残すと、彼女は事切れた――


魔大陸への冒険は幾多の犠牲を残して終わった。


水先人も居ない、言葉も通じない。突然に現れた異邦人への視線は何処に行っても冷たいものだった。


数百年も戦争状態が続く大陸に、何のお宝が。何の冒険があると思ったのか。


パーティーの大半と左手を失い、失意の内に荒廃した大陸から逃げ帰る羽目になった俺達に言ってやりたかった。


命からがら逃げ帰り、挙げ句散り散りになった俺に残ったのは、現地で荷物持ちに連れ去った、この藍色の瞳の魔族の女だけ。

僅かな財宝ですら、信頼していたリーダー格の男に持ち逃げされてしまった。

片腕を失った俺は、冒険譚でも語って日銭を稼ごうとしたが誰も信じちゃくれなかった。


村外れのあばら屋暮らしに慣れた頃には、女を慰み者にする事への抵抗なんて無くなっていた。

この女にも、俺以外に別の大陸で生きていく術なんて無かったんだろう。


いくら乱暴に抱いても、翌朝には甲斐甲斐かいがいしく朝飯の支度をしていた。


角の生えた不気味な女だったが、情が移ったんだろう。

灯り用ランプの油代が無いと静かに泣く女を見て、ようやく日雇いの仕事を始めた。


次の年の春だった。


女の腹に子が宿ったと知った時には、似合わない声が出たもんだ。


魔族との間の子だからだろうか。

人間のそれと違って2年も腹の中にいやがりやがったもんだから、その間に自慢の荒ら屋も幾分マシになり、小さいながらに芋畑と家畜も数匹。日々の油代に苦しむ生活ではなくなっていた。


村の奴らとも段々に打ち解けて、最近では剣を教えたりもしている。


あぁ。こんな暮らしも悪くないな。



そんな頃だった。



原因不明の病が女を襲った。


何せ魔族の女だ。村の医者も、隣町の医者も匙を投げた。


日々弱っていく女を、傍らの娘と、ただ黙って見守る事しか出来なかった。



何も残らなかった。


失意のどん底ってやつさ。


娘が愛想尽かして出て行った事すら、酔っ払って覚えちゃいない。


アイツの真っ直ぐな藍色の瞳をいつまでも反芻はんすうしていた。


そう言えば娘には俺の黒色の瞳が似ちまったな。


アイツみたいに藍色ならきっと、母親譲りの赤い髪にもよく映えたろうに。



取りこぼした。掴み損ねた。守ってやれなかった。


後悔の酒はいつも酸い。そして苦い。


強欲の月、双月の向こうに、円舞曲を踊る彼女を見た気がした。



鉄花のナヴィガトリア 外伝


『indigo Waltz』

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