第31話 And 7

――どれ程の時間が経ったのだろうか。


鈍色の視界が不意に色味を帯びた。


辺りには仲間達が、満身創痍といった面持ちで浅い呼吸を繰り返している――


「ついに、ついに咲きましたわ!」


浅黄色の瞳に薄らと涙を浮かべながら、栗色のたわわな髪を揺らし白磁の両手を組みながら。

かつて愛した『アイツ』が嬌声を上げた。



「あぁ世界が、宙が見えますわ」

「王国の花園の、なんと矮小な事か」

「これが……真理ですのね」



――極彩色に燦然さんぜんと輝きを放つ『それ』は、刹那の度に色彩を変じ、一つ所に留まる事を好まぬ吟遊詩人の様に。

或いは冬の『氷花嫁の月』の晩にだけ顕れる『雪虹』を遙かに越える脆さと美しさを湛えている。


『烏瓜の君』そう呼ばれた絶世の姫君。


その肢体と王国の象徴たる世界樹が混ざり合い、絡み合い。



くして徒花あだばなは咲き狂うのであったーーー


「あ…あ…」

「これが…」


「あああああああああ!!!」



かつての友は一頻ひとしきり声を上げると、ビクンと躰を震わせた。


かつて歴代の王がまとってきた真紅のマントの奥。

不死人と化し隆々と盛り上がる背中の内に何かが這い回っている。


「…ルト」

「そこに…いるんだろう?」


「フランツ?」


「何も…聞こえないけど」

「多分…君が……傍に居てくれるような…気がする」



「フランツ…フランツ!!!」


「親友…の最期の……頼み…だ」

「僕を……殺…して」


「俺はここだフランツ! 今助けてやるからな!!」



「ロベルト! もう無理じゃ!」

「離れるんや!!」


「ロベ…ル…ト」

「僕達の…故郷に…帰ろ………」


バリン。


乾いた音をたてると真紅のローブは縦一文字に裂けた。


裂けたのがローブだけでは無いと気付いたのはその直後。


ウンゲツィーファーの如く醜悪な、人の背丈の数倍もの二対の羽根が、乾ききらぬ鱗粉を纏って羽化れた。


「『ポリネーター』や!」

「『花』に近付けるんやないで!!」


「フランツ…」

「フラああああああンツ!!」


「ははは……」

「何だよ……これ…」


「体が…動きません」


「…拙者も…限界でゴザル」



「ふははははは!!!」


「ついに……、ついに手に入るのだ!!」

「『王』よ! 疾く参りますぞ!」

「これがあれば忌々しい列強共を…!!」


「アカン……誰かアイツを止めてくれ!!」


「もう…お終いです…」






「馬鹿娘!! 今じゃ!!!」



「あら、流石お父様」

「姫様、ごめんなさいね」



短く、そう言うと馬酔木は『花』を刈り取った。



「……は?」



「き、貴様……な、何を……」


「何をしているんだああああああ!!」


「ロベルト! 今よ!!!」


『大鬼』の拉げる音、『鉄斧』との剣戟、『炎竜』の断末魔、『木砲』の爆ぜる音、『王国の城壁』の瓦解する音。


そのどれとも違う。


くぐもった、まるで黄泉の悪鬼が囚人を嚥下えんげする様な。


そんな音を立てて


かつての友、そして王国を蹂躙せしめた不死人は


鉄血の振り下ろした剣の下で事切れた。





次回   『Tous les visages de l'amour』

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