第17話 予感

うるさい枯れ枝』

後衛を務めるこの女に最初に抱いた感想だ。

粗忽そこつ粗野そや。一般的な女より高い身長に痩せぎすで貧相な体。

真っ赤な髪はろくに手入れもしていないのだろう。宿のほうきと勘違いしてもおかしくなさそうだ。

ソバカスが散った顔はそのぶちが弾けるみたいによく笑いよく怒る。



『三ツ目猫』

噂には聞いていたが実物はコイツが初めてだった。

『獣人』は高い身体能力に優れた五感、少し残念な知能。

人間族と違い魔素の放出が得意でない替わりに体内を循環させ驚異的な身体能力を得る。

文字を持たず、手の形態から手工業すら覚束おぼつかない。

東の大陸では魔族相手に日夜戦争に明け暮れていると言われる五大魔王の一つも彼ら『獣人』だったはずだ。


全く逆だ。

戦闘能力は並以下。そのくせ語学に堪能で手先も器用。

人間の文化に興味津々で暇さえあれば本を読み、唄を歌い、楽器を爪弾つまびく。

ナリが小さくて文字通り『食えない野郎』だと思った。



『異邦人』

そう気付いたのは助けた後三日程経ってからの事だった。

異形の刀に折れた槍。

衣服は明らかにこの大陸の物じゃない。

顔立ちも怖ろしい程整ってはいるが黒い瞳に黒い髪。筋は通っているが低い鼻に引き締まった唇は大陸のどの民族氏族とも異なった特徴だった。


文無しと知ってからのジジの態度の変わりようには驚いたが、生まれ持った素養なんだろう。あっという間に共通語をマスターしてみせた時は、それ以上に驚いたもんだった。



『小鬼』の巣があるという東の森に足を踏み入れてからは戦闘の連続だった。


と言っても戦力に差があり過ぎて駆除という方が正しいか。

『枯れ枝』が短弓で遠くから狙い撃ち、『猫』が囮になり懐まで呼び込む。碌な防具も持ってない『小鬼』どもを『異邦人』と俺で斬り伏せる。

中々どうして堂に入ってる。そう素直に思った。


――『それ』を見るまでは。



巣穴の洞窟というから狸穴まみあな程度を予測していたが、森の奥に歩を進めるにつれ嫌な予感は増大していった。


「オッサン、何かおかしいぜ」


「……あぁ」


「数が多過ぎますね」

「繁殖期の『小鬼の群れ』とは、せいぜい二十程度の成体が限度のはず」


「既に斬り伏せた『小鬼』どもだけで三十近いでゴザル」


「……縦列で行くぞ」

「……先頭は俺が行く」



小高い山の稜線から眼下を見下ろした時だった。



「……あれを見ろ」



「なんだよアレ!?」


「なんですあの数は……」


どう見ても百を超える巨大な群れは一つの大きな生命体のように蠢き、中央付近では巨大な牛であったのだろう残骸の屍肉を、我先にとむさぼり喰らううずが出来ていた。

周囲には他の生命の息吹を感じず、さながら新月の常闇に咲く収穫祭の篝火のような狂乱であった。



「流石に体制を整えないと危険でゴザルな」


「ったくだから無理だって言ったんだ」


「……待て」

「……アレを見ろ」


洞窟の周囲には、切り倒され武器にでもされたであろう真新しい切り株が、奴等のイボだらけの肌のように無残な有様を呈しており、惨禍さんかを免れた深緑が、次は自分の番だとばかりに動けぬ体を寄せ合いひしめいていた。


その深緑を背に、一際生える金糸銀糸があしらわれた真っ白なローブの集団。

およそ文明を感じ得ない深い森の中から現れた異形の集団。

数にして十人程が見て取れる。



「あれは!」

「世界樹教会の巡礼僧ではないですか!」

「『小鬼』に気付いてないのですか!?」

「ま、マズいですよロベルトさん! 『小鬼』には教会の威光は通じませんよ!」


「……行くぞ」



次回  『1,000,000 MONSTERS ATTACK』

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