ただの農民なんだけど、なぜか死神を名乗る少女から魔王扱いされて困惑してる。

平野ハルアキ

ただの農民なんだけど、なぜか死神を名乗る少女から魔王扱いされて困惑してる。

「――お初にお目にかかります魔王様。"死神"サナ、ただ今あなたの元へと馳せ参じました」


「……いや。俺ただのキャベツ農家なんだけど……」


 俺が畑で農作業をしている最中、なぜか長い黒髪に黒服の少女にひざまずかれ

た。


 意味が分からなかった。


「凡百の人間どもはごまかせても、魔王軍四天王たるこのサナの目はごまかせませんよ。あなた様の内に渦巻く莫大ばくだいなる暗黒の魔力、まさにこの世を恐怖と絶望で統べるに相応しい力でございます」


 いや、そんな事言われても。


 俺は正真正銘、人間の農民である。


 暗黒の魔力どころか初歩的な魔法すら扱えない。剣も弓も握った事さえない。


 もし畑を荒らす魔物が現れたら、いの一番にハンターギルドへ討伐依頼を出す事を考えるだろう。


 そんな俺が『この世を統べる』など妄言もいいところだった。


「……あの、サナさん……だっけ?」


「はい。魔王軍四天王筆頭・"黒衣の死神"サナでございます」


 さっきよりちょっと盛られてる。


「サナさん。なにを勘違いしてるのか知らないけど、俺は魔王なんかじゃないよ。さっきも言った通り、俺はしがないキャベツ農家のひとり息子でしかないんだ」


「……なるほど……」


 サナさんはかしずいたまま、納得したようにゆっくりとうなずく。


「確かにここは人間どもの支配領域。軽々しく『魔王だ』などと名乗れば刺客を送られてします。魔王様が矮小なる人間ごときに遅れを取るなど億にひとつもございませんが、よけいな面倒は避けたい――そのようなお考えなのですね?」


「うん。かすってすらいないね」


 そのような考えは微塵もないです。


 その後しばらく『俺は魔王じゃない』と主張し続けるが、サナさんは一切聞き入れようとしなかった。


 どうやら彼女、頑固で思い込みが激しいタイプらしい――そう確信するのに十分な時間であった。


「……そもそもさ。なんで俺が魔王で、サナさんが魔王軍四天王だ……なんて思った訳なの?」


 このまま否定し続けても埒が明かない。そう考えた俺は別角度から切り込む。


「はい。……この私が魔王軍四天王として目覚めたのは、ひと月ほど前の出来事がきっかけです――」


 さながら重厚な歴史物語でも語るように、サナさんは重々しく口を開いた。


「――毎月購読している雑誌に掲載されていた『はい・いいえ』形式のフローチャートを試しに受けた結果、私は"魔王軍四天王タイプ"であると判明したのです」


 内容はめっちゃ薄かった。


「それから、雑誌付録であるこの『魔王&四天王探知装置くん』を頼りに我が主たる魔王様を探す旅に出て――その結果、あなた様の元へとたどり着いたのです」


「なるほどね。まずはその雑誌の購読止めるところから始めよう?」


 ふところから"L字に折れ曲がった二本の金属棒ダウジングロッド"を取り出すサナさんを見て、俺はそう結論づけた。


 その雑誌、たぶん相当アレでナニだから。


 ……それよりも。


 なんとか穏便に済ませようとしていたけど、これ以上はさすがに迷惑だ。


 ここはひとつ、ガツンと強く否定しておいた方がいいだろう。


「……あのねサナさん。これ以上おかしな事を言うのも――」


 いい加減にしてくれ、と伝えかけた口が止まる。


 視界の向こう、森の奥から人型の魔物たち――オークの群れが飛び出して来るのが見えたためだ。


 いずれも大の大人をはるかに上回る屈強な体躯をしている。丸太のような太い脚で大地を踏み鳴らしながらこちらへと向かって来ている。


「……やべえ……」


 十体以上はいるオークの群れ。腕のいいハンターたちを複数人集めてようやく立ち向かえるような魔物だ。


 当然、俺の手に負えるような相手ではなかった。


「……あなたたち、うるさいですよ」


 だが、魔物たちの登場にサナさんはまるで動じない。冷たい目で一瞥いちべつし、虫でも追い払うかのように右手をひと振りする。


 瞬間。


 サナさん前方の空間に大量の赤黒い刃が発生し、オーク達の群れへと殺到していった。


 魔力の刃はことごとくオークの体を捉える。ものの十秒とかからず魔物の群れは切り刻まれ、細切れにされてしまった。


「まったく。魔王様に無礼を働こうなどとはなんたる無知蒙昧な魔物どもでしょうか。……申し訳ありませんでした魔王様。お話の続きをどうぞ」


「………………アッハイ」


 うん。


 ガツンと言うの止めよう。怖い。


 つーか、この子の方がよっぽど魔王に相応しいんじゃないだろうか。


「…………あ、あのさ。俺の事を気にするより、まずは残りの四天王を探すところから始めたら? ほら、さっきのナントカ言う装置使ってさ……」


 全身の震えを抑えつつ、そう提案する。


 何はともあれ矛先を俺からそらす事を優先しよう。こんな事態の巻き添えを食らう方々には申し訳ないが、あいにく今の俺に他人の身を案じる余裕などなかった。


「ご心配なく。すでに四天王は集めております」


 しかし俺の目論見もむなしく、サナさんは得意げにそう答えた。


「あ……そうなの……」


「はい」


 そう言ってサナさんは手を叩いてどこかへ合図を送った。


 ……そうか。すでに巻き込まれている方々がいたのか。


 取りあえず、かわいそうなその三人とこの状況を脱する方法でも話し合ってみようか。


 ぼんやりと考えながら合図を送った先を見て――突然、何もない空間が引き裂かれる光景に驚愕した。


 それでもかろうじて『たぶん転移系の魔法だろう』と納得できた。だが空間の裂け目から飛び出した三つの影に、今度こそ完全に腰を抜かした。



 氷のように冷たく輝く体毛を持った、銀色の狼。


 岩をも噛み砕きそうな口から紅蓮の炎を漏らす、真っ赤なドラゴン。


 全身に凶悪そうな武器を満載した、白い鉄巨人。



 いずれも、見上げるほどに巨大な魔物たちであった。


「……………………」


「――紹介します。"銀爵狼"フェンリル、"獄炎竜"ドゥームドラゴン、"白巨神"グリムゴーレムです」


 サナさんの淡々とした紹介を、俺は顔面蒼白で地面にへたり込みながら聞いていた。正直、失神しなかったのは奇跡と言って差し支えないほどだった。


 やばい。


 やばいやばいやばいやばいやばい。


 こいつら本物の魔王軍じゃん。


 いや、魔王軍なんてもんが実在してるのかは知らないけど、とにかくガチモンでやばい魔物たちじゃん。


 こいつらがちょっと暴れたら町ひとつ簡単に壊滅するんじゃね? くらいのやばさが伝わってくる。こんな奴らを平然と従えてきたサナさんの恐ろしさも改めて認識する。


 一般キャベツ農家にとって、あまりにも刺激が強すぎる光景であった。


 呆然とする俺をよそに、サナさんは三体の魔物へ目を向ける。


「さあお前たち。魔王様にご挨拶を」


 彼女にうながされ、フェンリル、ドゥームドラゴン、グリムゴーレムはそれぞれに言葉を発した。



「……いや。ボクただの雑種犬なんだけど……」


「……いや。オレっちただのヤモリなんだけど……」


「違う……っ!! 俺は『機械』なんかじゃない……っ!! 『人間』だっ!!」



 絶対嘘だ。


 揃って三階建て家屋よりでかい図体しといて言える事じゃない。


「お前たち、魔王様の御前ですよ。無礼はこの四天王筆頭・"黒衣の鮮血死神"サナが許しません」


 圧倒的な巨体を前にまるで動じる事なく、サナさんは言った。ところでさらに盛ってない?


「……まったく。偉大なる魔王軍四天王としての自覚が足りていませんね。いいですか。我々四天王は――」


 ぶつぶつと説教を始めたサナさんの目を盗み、フェンリルさんがこっそりと俺に話しかけてきた。


「いきなりごめんね? なんかこの子がおかしな事言い始めちゃってさ。君も別に魔王とかじゃないんでしょ?」


「あ、はい……」


「やっぱり」


 フェンリルさんは苦笑した。


「ボクもそうさ。ごらんの通り、ただの犬だよ。ちょっと禁足地でうろついてただけなのに、そのサナって子から魔王軍四天王がどうこう言われちゃってさ……」


「いやあなた絶対神獣かなにかですよね?」


 たぶんフェンリルさんがうろついているから禁足地に指定されたのだろう。


「そうそう」


 横合いからドゥームドラゴンさんが口を挟んできた。


「オレっちも暗黒大陸の荒野に住んでただけのヤモリだっての。ドラゴンだとか、そんな大層な存在じゃないって」


家守ヤモリ名乗るならせめて建物のある場所に住みませんか?」


 家守ってないじゃん。


「そうだ……っ!!」


 グリムゴーレムさんがやたら熱い口調で言った。


「『身体』が何でできているとかそんなのは関係ない……っ!! 本当に大切なのは『心』……っ!! 俺には『人間の心』があるんだっ!!」


「初対面の方に名言っぽい事を言われても乗れませんよ?」


 こっちとしては『そうですか』以外の感想が浮かばない。


 ……だめだ。


 彼らもサナさんとは別方向で思い込みの激しいタイプだ。


 いったいどうすりゃいいんだ……と俺が頭を抱えていると、


「――ねえあんた。さっきから外がうるさいけどいったい何があったのよ」


「……やべっ、母さん」


 物音を聞きつけた母親が家から出てきた。


「"やべっ"とはなによ。さてはあんた仕事サボって遊んで……?」


 サナさん&バカでかい三体に、母さんの言葉が途切れた。


「……あなたたち……いったい誰……?」


 母さんは呆然とつぶやく。


 サナさんはともかく、畑に巨大オオカミ・ドラゴン・鉄巨人がいるのを見れば当然の反応である。そのまま卒倒したっておかしくない。


 まずは母さんを動転させないようやんわりと状況を伝えた方がいいだろう。気を失うだけならまだしも、騒がれるのはまずい。不用意に場を刺激しては事態がどう転ぶのか分からない。


「ああいや、落ち着いて母さん。これはちょ~~~っとばかり特殊な事情が――」


「……これは母上様。ご挨拶が遅れました。私は魔王軍四天王筆頭・"漆黒の黒衣の鮮血死神"サナと申します。そこにおわす魔王様の配下となるべく馳せ参じた次第にございます」


「あら、そうだったの。よろしくねサナちゃん」


「母さぁ――――――んっ!?」


 ちょっとっ!?


 あんたなんでこの現実をアッサリ受け入れちゃってんのっ!?


 動転する俺に、母さんは柔和な笑顔を向けてこっそり耳打ちしてきた。


(大丈夫。慌てなくっても大丈夫よ。母さんにはすべて分かってるから)


(……分かってる?)


 ……ひょっとして母さん、俺がおかしな事態に巻き込まれているのだと察してくれているのか?


 この場をあまり刺激しないよう、穏便に進めようとしてくれているのか?


 なんだ。心配して損した――


(これはアレでしょ? 『ラブコメ展開』って奴ね。ある日突然見知らぬかわいい女の子が自宅に押し掛けて来た的な)


「母さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!?」


 まさかの方向からぶっ飛んできた発想に、俺のノドから絶叫がほとばしった。


(なによ、あんたも隅に置けないわねぇ。大丈夫、私は息子のラブコメ展開に理解のある親。我が子の身に降って湧いたこの僥倖ぎょうこう、親として全力で応援するわ)


「しないでっ!?」


 なんか身内にも思い込み激しい人がいたよっ!!


 俺の叫びもむなしく、母さんはサナさんへと笑顔を向ける。


「取りあえずサナちゃんと後ろの方々。ここじゃなんですし、どうぞ我が家へ。自宅だと思ってゆっくりくつろいでちょうだいな」


「は。ありがたく」


「……まあ奥さんがそう言うならお言葉に甘えて……」


「……そういや俺っちヤモリだし、家の中守るのが筋かな……」


「ありがとう……っ!! 君の心遣い、俺の『魂』で感じたよ……っ!!」


「ひとりはともかく残りの三体ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」


 図体考えてっ!! 我が家壊れちゃうからっ!!


「さあ魔王様。この世界に覇を唱えるべく、まずは軍議を開きましょうか」


 サナさんは至極真面目な表情で言った。


 この日、俺の平凡なキャベツ農家としての暮らしが消し飛んだ。









 ――やがて俺はキャベツの力で世界を統一し、"新緑の魔王"としてその名を轟かせる事となるのだが……それはまた別の話である。


━━━━━━━━━━━━━━━

※続かない。


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