水百夜
鍔木シスイ
第1夜 水天一碧(すいてんいっぺき)
――目覚めると、水面の上だった。
慣れ親しんだベッドの上でそうするように、私は水面の上に身体を起こす。けれど、身を横たえていたはずのベッドさえも、きれいさっぱり姿を消していた。
私は、不審に思いながら辺りを見回す。青い、蒼い、碧い。どこまで行こうとも、どこまで目を凝らそうとも、見渡す限りに世界は真っ青で。
ここは、どこだろう?
昨日の私は、確か、自室のベッドの上で、眠りについたはずだ。これは一体どういうことなのだろう、と不思議になる。
目覚める前、いや、より正確に言うならば眠りにつく前には当たり前に存在していた全てが、何もかも消失していた。本棚も、テーブルも、ベッドも、それどころか自室にあった全て、それだけに留まらず、自室ごと消え失せている。その上、自室があった自宅すらも、すっぱりと潔く姿を消している。それらに代わって存在するのは、青色だけだ。
空は雲一つ無く、水面は濁り一つない。目が痛くなるほどに鮮やかな青色が、見渡す限りどこまでも続いているのだ。
空を見上げた。雲どころか、鳥の姿も、飛行機の姿も、認められなかった。かろうじて存在するのは太陽だけで、その太陽さえも、白く、ぎらりと鋭く輝いている。
水面を見下ろす。魚影どころか、生き物の気配は何一つ存在していない。波が立っていなければ、碧いガラスの上に立っていると錯覚してしまいそうだった。
どうして私はこんな状況に置かれているのだろう。
それだけが不思議だった。
一緒に暮らしていた両親は? 同じ学校に通う友人たちは?
みんな、一体どこに消えてしまったというのだろう?
あるいは、私だけが、今までの世界からはじき出されてしまったのだろうか。けれどそうだとしたら、いったい誰が、何のためにそんなことをするのか?
なぜ、私だけがこんなことになっているのだろう?
なぜ。どうして。疑問ばかりが生まれては消えていく。まるで泡のように、生まれては弾けて消えてしまう。
ぐるり、と、改めて、周囲を見渡す。
どちらを向いても真っ青だった。
どこまでいっても真っ青だった。
海と空ばかりが果てしなく延々と広がり続けていて、私はその中心にたった一人で取り残されている。
しかも、今まであったはずのものはどこにもなく、これからも続くだろうと漠然と思い描いていたものたちも、見事に消え失せていた。
私は、呆然と、その場に立ち尽くした。
私は、一人だった。
ただ一人で、立ち尽くしていた。
そうするほかに、何が私にできただろう。
真っ青な色ばかりが、果てしなく続くこの世界で。
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