第2話 掃除屋、ベッドを買う
ソファをベッド代わりに使っていた俺は珍しく
ベッドがない。その不便さに気付いたのは
異世界から少女ばかりが連れ去られる不思議な
「くー、くー」
寝入る前はさすがに恥ずかしがっていたものの、よく寝ている。
無警戒だ。無警戒すぎる。
思えば警戒されていないのは最初からだった。
彼女の寝顔を見つめているとまたよくわからない感情が込み上げて来て、困惑する。食べたいような、かと言って減らしたくないような。
(でも食ったらその分人間減るしな。死ぬし)
いま死なれては困る。
和泉は
ほかの変態ジジイどもと違って見せ物小屋に通っているつもりだった俺は、その辺の規約だの何だのを全く頭に入れていなかった。
「……とりあえずベッドがいるな」
今日はまずベッドを買いに行こう。そう呟くと和泉がまぶたを持ち上げた。
家に冷蔵庫もなければ食材もない。掃除屋だから全て外で済んでしまう。仕事で足りる。それはつまり、客人を招いたことがなく家に誰もいないことがモロバレと言うことだ。
和泉のために朝食を食べに出て来て、近所にこれだけ店があったのかと辺りを見回した。
和泉は着の身着のまま。思えば籠の中にいた時は着替えはどうしていたのだろう。何はともあれ飯だ。
人間も通っていそうな店を選んで食事を頼むと、比較的マシなゲテモノが出て来た。玉虫色のソースがかかった魚料理だが、店の主人が人間も食えるとのたまうならそうなんだろう。
一応一口毒味をして、人間が食っても大丈夫そうだと判断した俺は皿を和泉の前に差し出した。
「いただきます」
彼女が普段からしているだろう食前の祈りを視界の端で見届け、俺は道ゆく人ならざる者たちから飛んでくる視線を一人一人に返した。
見せモンじゃねえぞ。
「サンサンさんは食べないんですか?」
「昨日食ったし」
仕事で。
「食事は毎日三食ずつするものじゃないんですか?」
「
「そうなんですね。サンサンさんは一日何食なんですか?」
「日による」
「なるほど」
和泉は食事を進めながらも俺のことをメモに取った。
(無防備なんだよな)
人じゃない奴らがうようよしている街中で、自分が食材として見られているかもしれないとは思わないのだろうか。
(思わないんだろうな)
不思議なことだが和泉は最初から俺に全幅の信頼を置いている。
本人にそのつもりはないのかもしれない。
が、不用意に触って来たり近付いて来たり隣に座ったりするなら、彼女は俺が自分を害さない前提で接触してきたことになる。それを信頼と言わずして何と言おうか。
「ごちそうさまでした」
食後の祈りもあるらしい。食べ終えたことを視線で伝えて来た彼女の顔を見て、美味かったのか? と聞いた。
「はい、美味しかったです」
「じゃあ一応人間も食えるんだな。その変な色のソース」
「サンサンさんから見ても変な色ですか? このソース」
「玉虫色のソースは美味そうには見えない」
彼女はそうなんだ、と皿に残ったソースを見つめた。
家具屋に向かいベッドを買ったはいいものの店員に配達を頼むのは気が引けた。こちとら直接殺しはせずとも裏稼業な訳でして。だから自分で運ぶと背負ってみたはいいが想像より重かった。
面倒くさいが久しぶりに魔法の
「魔法ですか!?」
「声でけえ」
「すみません」
和泉にうっかり他人の注目を集めては困る、と伝えると彼女はやっと周囲を気にした。
「人も普通に歩いていたので……」
「この辺で歩いてる人間はお前みたいに連れ去られた類いだし、大体はペット扱い。市民の権利ねえの。あんまり油断して俺から離れないように」
「はい」
そばにいて気に
(何でこんなこと口走ったんだか)
「あと必要な物は?」
「フライパンですかね」
「あ」
そう言えば調理器具の部類も一切なかった。
食材と調理器具の諸々。買えるだけ買って帰宅すると和泉は早速調理器具を広げていった。
「棚も必要ですね」
「棚?」
「フライパンを置く場所とか、食器の水切り用に」
「あー」
そう言うのも必要なのか。
こちとら幼い時は世話係に世話されっぱなし。外へ出て来てからは仕事のみのため凡人の生活とかけ離れているのは承知していたが、確かに。
「買わないと揃わないんだよな、物って」
当然のことをほとんど独り言のように呟き、フライパンを手に取る。
こう言う物品は大体人間が作ったものをこっちの職人が真似てる。
魔法が付与されたものはこっちの職人の方が上手い。
人間は魔法に疎いし、世界によっちゃ魔法がないらしい。
不便そう。
フライパンをジャグリングじみた動きでぽんぽんとひっくり返し、「で、何作んの?」と問えば「特に決めてないです」と返って来た。
「
「難しい料理は知らないので。あと、使えそうな物がこのくらいだったと言いましょうか」
テーブルの上にはベーコンと卵。ちまちました野菜。
「……ベーコンエッグしか選択肢なくねえ?」
「そうですね」
「やるか〜」
俺が袖をまくると和泉はキョトンとする。
「サンサンさんお料理できるんですか?」
「ガキの時ちょっと教わった程度」
「できるんですね!」
和泉はまた俺のことを一つ知って嬉しそうだった。
ベーコンエッグは食える程度に焦がした。火加減って難しい。
和泉は俺の火を維持する“魔法コンロ”に
家の中は相変わらず物がない。物がないので暇つぶしに何かできるわけでもないのだが、和泉は俺の観察日記を続けている。
ふ、と彼女の白いうなじが目に入って唾を飲み込んだ。
美味そうに見えた。
でもそこから想像したのは
和泉は抵抗する
(それはなんか、嫌だ)
静かな室内に和泉が紙の上で滑らせる鉛筆の音が響いている。
もう少しこの音を聞いていたいから、彼女をかじるのはやめる。
「サンサンさん」
「んー?」
「魔法のコンロみたいな物ってほかに何がありますか?」
「何だろ……。魔法のない生活が縁遠いからな俺……」
「なるほど」
和泉はまた書き物に集中してしまった。答えとしてはあれでいいらしい。
サラサラと鉛筆の音がする。
「……鉛筆も買い足すか」
「ノートも欲しいです」
「じゃあ買いに行こう」
俺は無意識にふっと笑って財布を掴んだ。
笑うとそう言う顔なんですね、と彼女に言われた。
明日は、少女籠のオーナーに挨拶に行こう。
通うのでもいいし住むのでもいい。
和泉が家にいると、少し楽しい。
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