【短編】掃除屋サン・サンドロ・サンソーネは少女を食べたい
ふろたん/月海 香
第1話 掃除屋、少女を拾う
一体何を思ったのか、俺は
名前はサン・サンドロ・サンソーネ。サンからソーネまで全部が名前。ファミリーネームは人間どもには通じない。理解できないなら言う必要もない。
俺はいわゆる悪魔。人間から崇められなくなって堕ちた神の末裔。
全身が高温の火で出来ている。人じゃない奴らでもグローブもなしに触れば大火傷って寸法。ただそれじゃ街を歩いただけで大火事の原因になるので、肌には常に魔法をかけて物に燃え広がらないようにしている。
友人と共通で使う集会場のような場所がある。そこは俺たち人ならざるモノが暇つぶしに通うようなところで、そこには人間の子供がよく紛れ込んだ。基本は女、子供。
何故そんなところに通うかって、まあ、食欲?
そう食欲。
人ならざる俺たちが通うようなそんな場所に転がり込めば普通のガキんちょは泣いて喚いて気絶にお漏らしと、
俺はそう言う見せ物だと思って通っていたが、種族によっちゃ真剣にガキを嫁にするとかってんで
他所は関係ない。
ので、俺はその場所で出てくる美味い飯を空洞の腹にしまいながらボーッと目の前の光景を見ていた。
何日か前。いつも通りその少女籠で飯を食ったりダチとバカ騒ぎしてぼんやりと暇を潰していた。
用でも足しに行くかとバカ広い廊下を一人で歩いていた時だ。
「あのっ」
背後から声をかけられた。職業柄、背後を取られることは少ないのにその時はどうしてか後ろを取られた。気が抜けていたのか。
振り向くと長い髪を三つ編みで留めている、飾り気のない服のガキんちょがいた。
「はじめまして私は
……いま一目惚れつった?
俺は久しぶりにびっくりして子供をポカンと見てしまった。
「……何だって?」
「
「その次」
「観察させて下さい」
「…………お好きに」
俺はここで飯を食ってるだけだし、他の連中と違って嫁探しをしている訳でもないから、勝手にしてくれと言うのが正直な感想だった。
次の日から和泉によるちょっとしたストーキング、もとい観察が始まった。少女籠にいる間だけではあるものの、和泉は俺を見つけてはついてきた。
体の前で簡単に止めてあるマントを引っ張って腹が空洞なのをまじまじと見たり、その武器はなんだとか、火を吹いてるところを見せてくれないかとか。
人間に周りをチョロチョロされるのは困る。
仕事でもないのに殺すわけにはいかないし。
人間は体がちょっと焼けただけで死ぬような
うっかり殺さないように人間を扱うことが案外と難しいことを知った俺は、そのあと数日少女籠を離れた。正直言うと疲れた。
何日空いたかは忘れた。家へ帰って普段通り掃除屋として依頼された遺体を綺麗さっぱり食い、また少女籠に顔を出そうかと思った。
面倒くさいことに、避けていた本家筋から連絡が来た。
「門番候補として会議に出て欲しい」
やめてくれ。
地獄の門番だかなんだか知らないが、俺は分家だ。一切関係ない。呼び戻しても無駄だ。星が落ちる門の夢だって見たくて見てる訳じゃない。
今回も無視しよう、と思って返事も書かずにその辺に捨てて置いた。
けど。
「今の時代じゃお前が一番門に近い。頼むよ」
連絡係とはまた別から一筆入っていた。
俺が断るのを予想して先回りしたんだろう。
「門に近いから何だ。なりたくてなってねえ」
愚痴のように返すと手紙は新しい文字をつむいだ。
「今回は門番候補しかいない。抵抗勢力、いや、俺の友人として来てくれ」
ああ、そっち。
また濃いメンツが集まったのか……。
普段から口うるさいとは言え血縁的には
「ディナー百人前用意しとけ」
「助かる。礼はするよ」
会議はいつも通り退屈だった。
次元の門の状態がどうの、次の門番は誰にしたいだの、話題としては変わり映えしない。
会議は暇だが、従兄弟が本当に百人前みたいな量のディナーを用意して来たから一応は満足した。
飯を食ってる時、なぜか和泉の顔がチラついた。
翌日翌々日と会議は続き、最初は真面目な雰囲気だった場がいつもの愚痴大会と生産性のない意見交換会になりかわり、
たいがい愚痴と生産性のない意見が行き詰まった時、俺に同意を求める視線が飛んでくる。
一番イヤなのはその瞬間だ。
精神構造が神に近いっつったって
今回は同意を求める視線が飛んでくる前に腰を上げた。
みんな何だ? と俺を見上げる。
「帰るわ」
つまんないし、途中退席するには十分な理由だった。
会議室の入り口に突っ立ってる護衛どもに、今度呼んだら一人ずつ頭から食うぞ、と
少女籠に戻るまで合計二週間。人間の生活圏ではかなり間が空いたなと思い、和泉は次の観察対象を見つけているだろうと勝手に予想していた。
「サンサンさん」
予想と違った。
和泉は俺を見つけて真っ直ぐ向かって来た。ダチと会う前にこっちと会うとは思わなかった。
「サンサンさんの表面温度って何度なんですか?」
拍子抜けした。二週間ぶりですねとか、二週間何してたんですか? とか普通の人間ならもう少し別の言葉が出てくるだろうに。
「さあ、俺も知らねえ」
「炎だし、千度は超えてると思うんです」
「ふーん」
「計っていいですか?」
「やだ」
和泉は反抗すると“はて、困ったな”という顔をする。何でですか! と怒ったりお願いお願いと
そこらへんが凡人と違い、見ていて飽きない。
「それなら今日一日サンサンさんと居たいです」
「今日は一日中籠にいねえぞ」
「どこかお出かけですか?」
「家に帰るだけだよ」
家と言う単語は籠の中で禁止になっている。暗黙の了解というやつだ。
ガキんちょどもがホームシックになって情緒不安定になるから、と言う男側の都合だ。
「家ですか」
でも和泉は違う。泣き
「……サンサンさんのお家ってどんな感じですか?」
こうして、俺は何を思ったのか
「何もねえぞ」
俺の場合家と言うより寝泊まりのスペースを確保しているだけだ。ろくに物もない。炎の体で便利なのはゴミが出ても燃やして灰にできるってところ。
「物を置かないのはどうしてなんですか?」
「邪魔だし。飯は仕事で足りるし」
「なるほど」
和泉はホコリだらけのテーブルと椅子を見てフーッと表面を吹いた。
「雑巾はありますか?」
「ない」
「じゃあ買って来ましょう」
「掃除でもすんの」
「はい」
俺はたまにしか使わない財布を掴んで和泉と買い物に出かけた。
何で素直に言うこと聞いたんだろう、とかそう言う考えは後からぼんやり浮かんだ。
綺麗になったソファの上でうたた寝をする和泉を見て得も言われぬ感情が湧き上がると共に、人間って食ったら減るよな、と考えていた。
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