光からの逃亡

稲荷竜

第1話 目覚めれば暗闇の森

 僕が走るのは暗闇の中で、背後からは光が迫ってくる。


 その光に追いつかれてしまったら『終わり』だ。だから僕は必死に走って、走って、走って……


 振り切った。


 うすぼんやりとした闇の中で壁に背中をあずけて息を整える。


 それから、思うんだ。


 なんで……


 僕はなんで、あの光から逃げているのだろう?



 目覚めた時には森の中にいて、あたりは夜の暗闇に包まれていた。


 状況がわからなくってあたりを見回していたら、森を囲むようなかがり火が、どんどんこちらへ迫ってくるのが見えた。


 ━━逃げなければいけない。


 そう思った。抗えないほどの恐怖と焦燥……あのかがり火から、それを持った人たちから逃げ切らなければ、僕はきっと死ぬより恐ろしい目に遭うのだという確信があった。


 でも、その理由はわからない。


 焦燥に突き動かされながら森の中を走る。

 柔らかい土の地面を歩くのに革靴はとても不向きだった。自分の足がひどく遅く感じられて、木の根につまずきそうになるたびに舌打ちをしそうになる。


 僕はもっと、速く走れるはずだ。


 なぜそう思ったのかはわからない。でも、そのはずだった。僕はもっと速くて、それから……


 しばらく逃げていると、「いたぞー!」という声が後ろから聞こえる。


 見つかった!


 反射的に振り返った僕の目を、かがり火の輝きが焼いた。

 なにも見えない! 真っ暗闇の中を手探りで進む。後ろからは「こっちだ!」「捕らえろ!」「いや殺せ!」という大人たちの声がどんどん迫ってきている……


 視界は光に焼かれたまま回復しない。

 その時、僕は鼻腔をくすぐる甘い香りに気付いた。


 暗闇の中でそのさわやかで甘い香りは、僕の唯一の道標になる。それが安全な場所につながっているかどうか確信はなかったけれど、僕はとにかくそちらに向けて全力で駆けて……


『それ』に、手を触れることができた。


 瞬間、光に焼かれていた視界が治る。


 そうして最初に目にしたのは…………


 地面に倒れ伏す、女の子。


「…………え?」


 わけが、わからない。


「あいつ! 人を殺した!」「子供だ!」「なんで森に入った!?」


「あ、いや、ち、ちが、違う……違うんです……! ぼ、僕が目を開けた時には倒れていて……!」


「殺せ!」「殺せ!」「生かして返すな!」「肉片一つ残さず焼いてやる!」


『殺せ!』


 ……叩きつけられるような殺意に押されるように、僕はまた逃げた。


 ……しばらく疾走を続けて、かがり火と、あの恐ろしい大人たちの声がもうずっと遠くになったころ、ようやく、気付く。


 走る速度が、上がっていた。

 それに、かがり火を振り返っても、すぐには目が焼かれなくなった。


 ……なにが起きているんだろう。

 どうして僕は、追われているんだろう。


 ……いつしか、森を抜けていた。

 僕の目の前には、夜の暗闇の中にそびえる、古い古い、お城があった━━

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