華が咲くように(完結済)

土岐陽月

第1話

「笑って笑ってー。撮るよー」

 カメラを三脚にセットし、お母さんは小走りで私の後ろに来る。

「はい、チーズ」

 カシャリ、小さな音が鳴った。

「いいね、ちゃんと撮れてる」

 カメラを確認したお母さんが言った。

「見せて見せてー」

 私はお母さんのもとへ駆け寄る。カメラのちっぽけな画面に、着物を着た私とお姉ちゃん、それとお母さんとお父さん。みんな楽しそうに映っていた。


 うちでは正月は毎年、律儀に門松を出し、着物を着てお詣りに行く。私が物心ついた頃からずっとそうだ。

「じゃあ写真も撮れたし行こっか」

 お母さんはカメラを鞄にしまいながら言った。


神社は歩いて十五分ほどのところにある。正月の午前中だから車どおりは少なく、代わりにお詣りに行く人の姿がちらほら見えた。

 冬の空気は澄んでいて、着物から出た腕が寒い。

「お父さんの上着、羽織るか?」

 お父さんはそう言って、来ていたシャカシャカした服を私にかぶせてくれる。

「お父さん寒くないの?」

 シャツと長袖の二枚になったお父さんに、お姉ちゃんは言った。

「お父さんは暑がりだからな。子供のころなんて冬に雪の中半袖半ズボンで走り回ってたくらいだ」

 お父さんは豪快に笑った。それにつられてお姉ちゃんも小さく笑う。

 あったかくなってきて、安心してあくびが出た。昨日は徹夜してやると意気込んでいたのに、結局年越しスペシャルを見ながら寝てしまった。それでも私にとってはいつもより遅い時間で、今も少し眠い。

咲希さきも春から中学生だもんなぁ」

 急にお父さんがしみじみした様子でつぶやいた。

「そうね、前までこんなちっちゃかったのに」

 お母さんは人差し指と親指で大きさを作る。

「さすがにそんなちっちゃくないってー。うちのサボテンサイズじゃん」

 お母さんが、かわいいからと言って買ってきた丸っこいミニサボテン。。名前はサボさん。お母さんがつけた。お父さんはサボ郎のほうがいいといったけれど、お姉ちゃんがなんかいやだと言って、没になった。

 四人でわいわい話していたら、すぐ神社についた。年末に降った雪が少しだけ木陰に積もっていて、その白が綺麗だった。いつもほとんど人がいない神社だけど、今日ばかりは人でごった返している。

 礼をして、鳥居をくぐる。テレビで、道の真ん中は神様の通り道だってやっていたのを思い出し、石畳の端を歩いた。

 ちょろちょろ流れる水を柄杓で受け止める。傾けた柄杓から流れ落ちる水が手にあたり、そのあまりの冷たさにひゃあ、と声が出た。手が少し赤くなる。その手をお姉ちゃんのほっぺにあててやったら、お姉ちゃんも変な声を出した。お姉ちゃんのほっぺ、ぷにぷにであったかい。

「ちょっと咲希―」

 仕返しと言わんばかりに。冷たい手で私のほっぺをつついてくる。つつきあってきゃっきゃしていたら手があったかくなった。

 お賽銭の前には、人がたくさん並んでいたけれど、やっと私たちの番になった。お母さんが五円玉を二枚出して、私とお姉ちゃんにくれた。

 弧を描いて入っていった五円玉はいい音を鳴らす。

 カラン、カラン。私は鐘を鳴らした。

 手を合わせる。

『いつまでもみんな元気で、笑って過ごせますように』

 そう祈った。

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