背中を押す理由 言葉
仲仁へび(旧:離久)
第1話
僕は臆病者だ。
弱いスライムですら倒せない。
この間、村の中に弱いスライムが入って来た事があったんだけど、びびって逃げてしまった。
他の子供達は、果敢に棒きれ一本で倒してたのに。
なんて意気地なしなんだろう。
他の子供達に馬鹿にされて、笑われて悔しい。
けれど、それでも勇気が出ないんだ。
魔物が怖いんだ。
どんなに弱くても。怖くてたまらないんだ。
小さい時、魔物に襲われて以来、その恐怖が頭にこびりついて離れないんだよ。
あの時は、自警団の人達に助けてもらって事なきを得たけど。
忘れられない出来事だった。
一体どうやったら、臆病者でなくなるんだろう。
皆に馬鹿にされるのは嫌だ。
毎日、木の棒で素振りをしていても、走り込みをしていても。
どうしても勇気が芽生えてこない。
そんな事で悩んでいたら、母は「変わらないでいいじゃない」と言ってきた。
「危ない目に合わなければ死ぬ危険性もぐっと減るんだから。親より先に死ぬ子供なんていない方がいいのよ」
母は優しい。
僕が臆病者でも受け入れてくれる。
だからその優しさに甘えたくなるけど、それではだめだと思う。
世界では日に日に魔物が狂暴化していっている。
この小さい村だって、いつか襲われてしまうかもしれない。
だから、勇気をだして戦えるようにならないと。
昔、魔物と戦って、その時に母と出会った父みたいに。
母から聞いた思い出の中の父は、どれもかっこよくて強いものばかり。
父みたいになりたいな。
その父は兵士になって、国の中央に行き、お城のえらいところで働いている。
姿はもう何年も見ていないけれど、お金が届くから、生きていると思う。
いま、顔をあわせたら、僕になんていうだろうか。
幻滅されるに決まってる。
どうしようもない息子だって、思われるに違いない。
数か月後、まずい事が起きた。
狂暴化したモンスター達が群れをつくって村をおそってきたのだ。
村人たちは逃げ惑う。
自警団の者達が戦うけれど、明らかに数が違い過ぎた。
「きゃあああ! 誰か助けて!」
「手当をしてくれ、腕が!」
「血が止まらないわ!」
村の中は混乱して、モンスター達の咆哮や破壊音が絶えず響いていた。
僕は母に手をひかれて、そんな村の中を走っていくところだった。
けれど。
「きゃあああ!」
横からとびだしてきた、ヒョウのような姿のモンスターが母におおいかぶさった。
するどい爪をその体につきたてる。
「いたっ」
「母さん!」
僕は震える足でその場から見ている事しかできない。
このままでいいのか。
なんのために、日ごろから体を鍛えてきているのか。
自分にそう言うけれど、勇気が湧いてこない。
「母さんを置いて逃げなさい」
「でもっ」
僕は、なんて意気地なしなんだろう。
大切な家族を守る事ができないなんて。
その時、ここで聞こえるはずのない父の声がした。
『男にうまれたのなら、大切な人の一人や二人、守れなくてどうする! ここで立ち上がらなければずっと後悔するぞ! おまえには強い男になってほしい!』
僕は目をつむって、その魔物に殴りかかった。
「うわああああ、母さんから離れろっ!」
魔物は強い。
だから子供である僕が殴ったところで、離れるわけがなかった。
何もできずに、そのまま母は殺されていただろう。
しかし。
この場には父がいた。
「よくやった、それでこそ俺の息子だ」
父がその魔物をやっつけた。
母を助け起こして、逃げるように言ってくる。
「どうして、父さんがここに?」
「この村の近くで、魔物の動きが活発になったと聞いて、調査隊が組まれることになったから、その隊に志願したんだ」
父は、「ここは俺にまかせろ」と言って頼もしい背中を見せてくる。
僕達は父に任せて、その場から離れた。
逃げていくしかできないけれど。
それは今だけだ。
きっといつか父の様になってみせる。
強くなってみせる。
なれるはずだ。
だって。
臆病者を卒業できた。
自身がわいてきていた。
背中を押した父の言葉を思い出しながら、今は母にひかれているこの手で、次は母をひいてあげられるようになれればいいなと思った。
背中を押す理由 言葉 仲仁へび(旧:離久) @howaito3032
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