終章 7

 アルベルトが城中の人々に、私をこの国の国母であり、『聖なる巫女』と認めさせてから10日あまりが過ぎていた――



「クラウディア様、足元にお気をつけ下さい。まだこの付近は瓦礫の撤去処理が追いついておりませんから」


城下町に視察に訪れていた私に護衛としてついてきたユダが声をかけてくる。


「ありがとう、でも大丈夫よ。ユダ。私がこの程度の悪路くらい平気なのは知っているでしょう?」


瓦礫を避けて歩きながらユダを見た。


「分かっております。……ですが、やはり心配です。視察に来るのは早すぎたのではありませんか?」


すると隣を歩くハインリヒがユダに反論する。


「何を言っているのだ? クラウディア様はこの国の聖女様なのだぞ? 人々の暮らしぶりを心配して視察に来るのは当然だ」


「俺は聖女様としてではなく、クラウディア様自身を心配しているのです。お怪我でもされたらどうするのです」


「クラウディア様には秘薬【エリクサー】があるではないか」


「それはつまり、怪我をされても薬があるので平気だと言っておられるのですか?」


ユダがハインリヒに言い返す。

また2人の口論が始まった。一体いつになったら仲良くなってくれるのだろう?


「2人とも私の護衛騎士なら、仲良くしてくれないかしら? そんなに仲が悪ければどちらかに護衛騎士をやめてもらしかなくなってしまうわ」


すると私の言葉に2人は青ざめる。


「それだけは勘弁して下さい! 俺はクラウディア様と苦難の旅を共にしてきたのですよ? 騎士になったのも、クラウディ様をお守りしたかったからなのですから!」


「私だって辞めません! それにクラウディア様は私が護衛騎士に名乗り出たときに認めてくれたではありませんか!」


ユダもハインリヒも何故か必死になって懇願してくる。


「分かったわ。それなら2人とも、仲良くして頂戴。いいわね?」


「「はい……」」


同時に返事をする2人。……こうしてみるとユダもハインリヒも息がぴったりにみえる。

来月には騎士となったヤコブが新しく私の専属護衛騎士につくことが決まっているし、ザカリーも今は騎士になるために厳しい訓練をしている。彼も私の専属護衛騎士になることを希望しているらしい。


……さらに周囲が賑やかになりそうだ。


その後も三人で会話をしながら町を歩いていると、やがて目的の場所に到着した。

そこは最近まで『救済院』として使われている建物だった。


けれど、今は……。


「あ! クラウディア様だ!」


突然大きな声が響き渡り、建物の中から少年が駆け寄ってきた。


「トミー、遊びに来たわよ」


トミーの頭を撫でながら声をかける。そう、この少年は路地裏で出会った少年。

今、ここには路地裏で暮らしていた人々の居住区となっている。

私が『救済院』を買い上げて、路地裏に住む人々の住まいにしたのだ。


「こ、こら! クラウディア様に図々しい真似をするな!」


ユダが慌てて私からトミーを引き離そうとする。


「いいのよ、ユダ。だって今日はここの人たちに会いに来たのだから」


「しかし……」


ユダが尚も言い淀むと、ハインリヒがトミーを担ぎ上げて肩車をした。


「うわーい! 高い高い!」


すっかり喜ぶトミー。


「よし、それでは中へ入ろうか?」


ハインリヒはトミーを肩車しながら、建物の中へ入っていく。その後に私とユダも続く。


「ハインリヒは年の離れた弟妹がいるから、子供の扱いが上手なのね」


「クラウディア様! お、俺だって子守位できますからね?」


私の言葉にユダは反応する。


「そうね、ユダなら出来そうね。町の復興が終わったら、託児所を作ろうかと思っているの。人手が足りなくなったらユダにもお願いしようかしら」


「ええ、お任せ下さい!」


冗談で言ったつもりなのだが、ユダは大真面目に頷く。


……本当にユダはすっかり人が変わったみたいだ。出会ったばかりのときは無愛想な青年だとばかり思っていたのに。

心のなかで私は苦笑した。


その後――

私達は救済院で暮らしてる人々と面談した。ひとりひとりに今何が必要なのか聞き取り調査を行い、物資をここに運ぶ約束を交わしたのだった。



****


――夕方。


「お疲れではありませんか? クラウディア様」


歩いて城へ帰る道すがら、ハインリヒが尋ねてきた。


「いいえ、これくらいどうってこと無いわ。むしろ充実しているくらいよ。元々じっとしているのが性に合わないのよ」


橋本恵として生きていた頃は家事に仕事を頑張っていた。むしろ忙しいくらいが症に合っていたのだ。

その時の記憶の名残が残っているのかもしれない。


「そう言えば、陛下が領地視察から戻られるのも今日でしたね」


ユダの言葉に頷く。


「ええ、そうね」


アルベルトはあれからすぐに休む間もなく、領地の様子を確かめるために旅立っていったので、ろくに会話も出来ていないのだ。


「早く会いたいわ」


それは心からの言葉だった。


だって、私達は互いに話さなければならないことが沢山残っているのだから。



そして、その日から5日後……領地視察を終えたアルベルトは、私の元へ帰ってきた。


意外な人物を連れて――

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