第2章 220 幸せな夢のあとで

「私が『聖なる巫女』? 一体どういうことですか? あ‥‥‥でも今はそんなことよりも、早く救済院へ行かせて下さい!」


皆が私のことを心配しているはず。早く無事だと知らせに行かなければ……!


「落ち着け! クラウディア! 彼らのことなら大丈夫だ!」


「だ、大丈夫……? 何故そう言い切れるのですか?」


すると、テッドと呼ばれる騎士が声を掛けてきた。


「クラウディア様。実はこの城下町のあちこちには陛下直属の騎士達が至るところに配置されているのです。既に救済院にもクラウディア様が戻られたことは知らせに行っています。ただ陛下が城を抜け出していなかったので、表立って行動することが出来ずにいました。大変申し訳ございません」


「え……その話は本当ですか……?」


アルベルトを見つめる。


「ああ、本当だ。きっともうすぐハインリヒ達もここに合流するだろう」


「そうですか……良か…‥‥」


安心して気が抜けてしまったのだろう。目の前が真っ暗になり……そこから先は何も分からなくなった――




****



『お待たせ、恵』


駅前で夫を待っていると、背後からポンと肩を叩かれた。


『あ、あなた。お帰りなさい』


私は笑顔で夫を見る。


『パパーお帰りなさい』


二歳になる娘の葵がニコニコしながら夫の足にしがみつく。


『ただいま、葵』


夫が笑顔で葵を抱き上げた。


『ねーねー、パパ聞いて。今日ね~ママのお腹をお腹の赤ちゃんがポンて蹴ったんだよ』


『え? 本当か? 恵』


目を見開く夫。


『ええ、そうなの。とても元気な男の子だわ』


『え? 性別も……分かったのか?』


『男の子ですって』


『弟が生まれたら、うーんと可愛がってあげるんだ~』


葵が嬉しそうに笑っている。


『うん、そうだな。皆で可愛がってあげよう。よし、それじゃ今夜はお祝いに食事して帰ろう。ママを休ませてあげないとな』


『フフ……あなたったら』


『よし、それじゃ行こうか?』


夫は葵を下ろすと、私たち三人は夕焼けに染まる町を一緒に歩き始める。


なんて幸せなのだろう。

早く、生まれておいで。私の赤ちゃん……


私はそっと、自分のお腹に手を当てた――




****



「ん…‥‥」


目を開けると、そこは見知らぬ木の天井だった。


「ここは……?」


天井には、日本で生活していれば当然あるはずの蛍光灯がついていない。

ということは……


「夢……だったのね…‥‥」


日本人だった橋本恵だった頃の夢。平和な世界で……とても穏やかな日常生活をおくれていた幸せで、懐かしい夢……


「どんな夢を見ていたんだ?」


不意に声を掛けられ、驚いて起き上がるとすぐ傍でアルベルトが私を見つめていた。


「ア、アルベルト様!」


慌てて起き上がると、身体を支えられた。


「無理をして起き上がるな。疲労で今まで気を失っていたんだぞ? まだ休んでいるんだ」


「はい……」


再びベッドに横たわり、私は尋ねた。


「アルベルト様、ユダ達はどうなりましたか?」


「ああ、彼等なら大丈夫だ。全員合流して、この宿屋に集まっている」


「本当ですか……良かった……」


安堵のため息をつくも、何故かアルベルトは不機嫌そうにしている。


「アルベルト様? どうかしましたか? 何か問題でもあるのでしょうか?」


「問題……? ああ、問題ならあるな」


「え? どんな問題ですか!?」


まさか、宰相達に怪しい動きが……? けれど、アルベルトの口から出たのは予想外の言葉だった。


「以前から思っていたが……随分ユダのことを気に掛けているな?」


「え?」


「まさか、ユダに特別な感情を抱いているのか?」


真剣な顔で尋ねてくるアルベルトが彼の顔と重なる。それが何だかおかしかった。


「フフフ……外見は違いますが……やはりどこか面影がありますね」


「面影? 誰の?」


「勿論、スヴェンですよ。アルベルト様」


「スヴェンか……」


途端にアルベルトの顔が曇る。


「アルベルト様。私にまだ安静が必要なら……このまま話を聞かせて頂けますか? 何故他の人の姿になって、あんなに手の込んだことを行ったのか……」


その話を聞けば、色々なことが分かりそうな気がする。


「ああ、分かったよ。もうここまで来たら隠し立てする意味も無いからな。全て話すよ」


そしてアルベルトは笑みを浮かべた――



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