第2章 146 リーシャの提案

 それから数日間は穏やかな日々が流れた。宰相にもカチュアにも会うことが無かったからだ。そしてアルベルトともあの日以来、一緒に食事を取ることが無くなっていた。


 マヌエラの話によると、戴冠式が来月に迫っている為にアルベルトも宰相も忙しくしているという。一方のカチュアは神殿にこもり、聖地を訪れる人々の為に祈りを捧げている日々を送っているとのことだった――



「ここ最近は平和ですね~」


 午前のティータイムにお茶を煎れに来たリーシャが話しかけて来た。


「ええ、そうね。この城に来てからはこんなに落ち着いて過ごせたことは確かに無かったわね。皆忙しくしているのに何だか申し訳ない気がするわ」


 香りの良いハーブティーを飲みながら返事をする。本当にこんなことをしていても良いのだろうか?日本人の橋本恵だった頃は仕事と家事に追われて忙しい日々を送っていたので、お茶をゆっくり楽しむ時間すらなかったのに。


「何を仰っているのですか?クラウディア様はこの城にいらしてからは気の休まらない生活をされていたではありませんか?それに近いうちに宰相が提案していた勝負が行われるのですよね?その為にも英気を養っておくべきです」


「言われていれば確かにそうかもしれないわね……だけど、このまま何もしないで過ごすというのも……」


「あ、ならどうですか?息抜きがてら、お忍びで城下町に行ってみませんか?実は町ではお祭りが開かれているらしいですから」


「町に……でも私みたいなのが行ってみてもいいのかしら?」


 そう言えば、回帰してからは一度も城下町に行ってみたことは無かった。何故なら回帰前の私は悪女のレッテルを張られていたので、町に行けば人々から嫌悪の目を向けられていたからだ。

 

 その為に、今迄どれほどトラブルを起こしてきたことか……。


 思わずため息をつくと、リーシャが首を傾げた。


「私みたいなのが……とはどういう意味ですか?」


「え?ええ。つまりそれは……ほら。私は敗戦国の姫でこの城の人たちによく思われていないから……」


「ですが、城下町の人々は誰もクラウディア様のことを御存知ないのではありませんか?」


「あ……そうね。言われてみれば確かにそうかもしれないわ」


「なら、早速出かける準備を致しましょう。私もお供させて頂きますから」


 リーシャが随分と嬉しそうにしている。


「でも……待って。勝手に城を出るわけには行かないわ。アルベルト様の許可を頂かないと」


「では、早速お伺いに行かれますか?」


「え、ええ。そうね」


 本当は出かけるつもりは無かったのだが、リーシャは町に行きたがっているようだ。

 ここはリーシャの為に、アルベルトから外出許可を貰ってこよう。


「それではアルベルト様のところへ行ってくるわね。お茶をありがとう、リーシャ。とても美味しかったわ」


 カップを置くと、私は席を立った。


「あの、お一人で陛下のところへ行かれるのですか?」


「そうね……やめたほうがいいかもしれないわね」


 私の脳裏に数日前に聖地で襲われた記憶が蘇る。


「だったら大丈夫です。クラウディア様には専属の護衛騎士の方がいらっしゃるではありませんか?」


「ええ、そうね」


「では、私が呼んで参りますね」


 リーシャは嬉しそうに扉を開けると部屋を出ていき……すぐに戻ってきた。


「あら?どうしたの?リーシャ。呼んできたのでは無かったの?」


「い、いえ。それが……既にお部屋の前で待機しておりまして……」


「え?そうなの?」


 すると――


「「クラウディア様。お呼びですか?」」


 現れたのはハインリヒとユダだった――





 




 



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