第2章 122 嵐の前の静けさのように

 その日の夕食のこと――。


「どうだ?クラウディア。今夜の食事はお前の為に特別なものを用意したのが分かるか?」


 すっかり馴染みとなった食事の席でアルベルトが尋ねてきた。


「ええ。いつにもなく豪華に感じられます」


 テーブルには高級そうな食材ばかりで作られた料理が並べられている。


「気に入ってくれたか?」


「はい。私の為に、わざわざこのように立派な夕食を用意して下さるとは有り難い限りです」


「そんな言い方をするな。お前だから用意したのだから。これが他の者だったらそのような真似はしないさ。何しろ明日は大事な勝負の日なのだから尚更だ」


「そうなのですか……?お気遣いありがとうございます」


「ところで今朝は朝、寝過ごしたようだが……大丈夫だったのか?もしかして何か昨夜あったのか?」


「え?昨夜ですか……?」


 「ああ。そうだ」


 妙に真剣な顔で身を乗り出して頷くアルベルト。けれど、いくら考えてみても何も思い当たるふしはない。


「いいえ、いつものようにベッドに入り……眠りに就いただけですけど?」


 ただ、どうやら泣きながら眠っていたようだけれども……何故泣いていたのか自分でも分からないので伏せておいた。


「そうか?本当に何も無かったのだな?」


 アルベルトは何故か念押ししてくる。


「はい、そうです。リーシャに起こされるまで、ぐっすり眠ることが出来ました。そのせいで本日は朝食をご一緒出来ずに申し訳ございませんでした」


「いや、それは別に構わないのだが……そうか。特に昨夜何かあったわけではないのだな?」


「ええ。そうですね」


「「………」」


 そこで、妙な間が開く。

 一体アルベルトは何を聞きたかったのだろう?


「と、ところで……明日の付き添いにはハインリヒを伴うことに決めたそうだな?」


 ゴホンと咳払いするとアルベルトが再び口を開いた。


「はい、そうです。彼から申し出てくれたので甘えることにしました」


「そうだ、それがいい。……ったく最初からハインリヒに頼めばいいものの……よりにもよってユダになど……」


 アルベルトは小声で何かブツブツ言っている。


「アルベルト様……?」


「あ……いや。何でも無い。それで明日の勝負のことについてだが……急ぎの仕事が入ってしまったので、俺は立ち会うことが出来なくなってしまった。悪かったな」


「いえ、どうかお気になさらないで下さい。もとよりこれは私とカチュアさんとの勝負です。アルベルト様を一切巻き込むつもりはありませんから」


「カチュアか……そう言えば、ハインリヒから聞いたぞ。あの女、今日お前のところへ来たそうだな?しかも勝負を棄権するように言ってきたそうじゃないか」


 アルベルトが眉をしかめた。


「ええ、そうです。きっと私との勝負に自信が無いのでしょうね」


 私はわざと強気な発言をした。これ以上アルベルトに余計な不安を持たせたくは無かったからだ。


「あの女のことだ。何をしでかすか分からない。ハインリヒにはお前をしっかり守るように伝えておいたが……油断するなよ」


「はい。……でもアルベルト様。カチュアさんのことを何かご存知なのですか?」


「何故そう思う?」


 料理を口に運びながらアルベルトが尋ねてきた。


「いえ、何となくですが……以前からカチュアさんのことをご存知のような口ぶりに聞こえたものですから」


「……あの女が宰相と手を組んでいると言うだけで、気に食わない。それだけのことだ」


「そうですか……」


 果たして、いつまでアルベルトはそう思ってくれるのだろうか?


「けれど、何とも頼もしいことを言ってくれるな。その様子なら、勝負に勝てる自信が相当あるようだな?」


「ええ、お任せ下さい」


「そうか?なら安心だ」


 その後も2人で和やかなムードで食事は続き……静かに終わった。


 まるで嵐の前の静けさのように――。




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