第2章 121 脅迫
「ある人物から聞いたのよ。貴女がこの国にやって来たときに魔法を操る仲間がいたそうじゃないの。私がそのことを知らないとでも思っているのかしら?」
「え?」
心臓の鼓動が早くなった。まさか旅の仲間にまだ裏切り者がいたのだろうか?宰相の息のかかった人物が、あの中に紛れていた?
だけど彼らは宰相によって全員監獄に投獄されて私が助け出したのに……。
それすら私を騙すための手口だったのだろうか?
「フフフ……やっぱりそうなのね?宰相は貴女が呪いを掛けたから雨が降らなくなったのだと言っていたけれども、私はそうは思わなかったもの。恐らく貴女には魔法を操る仲間がいるのではないかと考えていたのよ」
カチュアの言葉に私は安堵した。本当に裏切り者がいたとなると。私が錬金術師であることが、筒抜けになっているはず。
しかし彼女はそのことには気付いておらず、私には魔法を操る仲間がいると思い込んでいるのだから。
「私がどうやって水を蘇らせたのかは言えないけれど、魔法を操るような仲間はいないわ。貴女と違って私がこの城で殆ど孤立しているのは知っているでしょう?」
「ええ、確かにそうね。私には人徳があるから。だったら尚更棄権しなさいよ。これは貴女の為に言ってあげているのよ?」
カチュアはどうあっても私に勝負を辞めさせたいようだ。
「いいえ、それは出来ないわ。私の侍女を侮辱したことと、私を魔女呼ばわりしたことへの謝罪をしてもらわなければならないのだから」
「何ですって……?その言い方……まるで自分が勝つような言い方に聞こえるわね?」
「そうね。勝負は時の運だから、やってみないと分からないでしょう?」
私の言葉が気に入らなかったのか、カチュアの眉がつり上がった。
「そう、分かったわ。折角貴女の為を思って、わざわざ忠告にやって来たというのに……もういいわ!」
カチュアは乱暴に席を立った。
「いい?今ここで勝負を棄権しなかったことを、うんと後悔するがいいわ。勝つのはこの私、今から貴女にどんな罰を下すか楽しみで仕方ないわ。聖女であるこの私にそんな口を叩いたのだから、覚悟しておきなさい!」
そして私を睨みつけると、踵を返して部屋を出ていった。
「きゃっ!す、すみません!失礼致します!」
そのとき――。
開け放した扉の外からカチュアの驚く声が聞こえると同時にバタバタと走る音が遠ざかって行った。
今のは一体……?
首を傾げていると、開け放たれた扉からハインリヒが顔を覗かせてきた。
「ハインリヒ、貴方だったの?」
「はい、クラウディア様。中に入って宜しいでしょうか?」
「ええ、どうぞ」
「失礼致します」
ハインリヒは頭を下げると、室内に入ってきた。そして私の近くまで来ると足を止めて眉をしかめる。
「今の女は聖女を名乗る者ですよね?」
「ええ、そうよ。カチュアさんよ」
「クラウディア様の警護をする為にこちらに伺ったのですが、少しだけ部屋の扉が開いておりまして……会話が聞こえてしまったのです。盗み聞きをするような真似をして申し訳ございませんでした」
申し訳無さげな様子を見せるハインリヒ。
「そうだったのね。でも別に気にすることはないわ。誰かに聞かれて困るような話をしていたわけでもないもの」
「ありがとうございます。それにしても驚きました。あの女、城内でも評判がすごく良かったのに……本心はあのような女だったのですね。あれで自分は聖女だとよく言えるものです。私に見られたと思って焦ったのでしょうね。真っ青な顔で逃げていきましたよ」
「きっと今頃慌てているでしょうね」
自分の裏の顔が私以外にも知られてしまったのはカチュアにとっては痛手だったかもしれない。
「クラウディア様、明日はあの女と勝負をされる日ですが……まだ誰を連れて行くか決められていないのですよね」
「ええ、そうね」
ユダが駄目ならザカリーかヤコブに頼んでみよう……。
そんなことを考えていた矢先――。
「当然、明日は私がクラウディア様に付き添わせて頂けるのでしょうね?」
「もしかして、アルベルト様に頼まれたの?私に付き添うようにって」
「いいえ、そうではありません。私は一応クラウディア様の護衛騎士ですから」
私はじっとハインリヒを見つめ……尋ねた。
「貴方は私のことをよく思っていないでしょう?」
「それは……」
ハインリヒは私から視線をそらせる。
「明日は私を馬に乗せてくれる人が必要なのよ。貴方は私と一緒に馬に乗るのが嫌なのではないかしら?」
「そんな事は思っておりません。それに……」
そこでハインリヒは言葉を切ってしまった。
「何?」
「はい、何だか嫌な予感がするからです。万一を考えて、剣を使える私が1番適任だと思いませんか?」
「……そうね。なら貴方にお願いするわ」
「はい、お任せ下さい」
こうして、明日の供はハインリヒに決定した。
そして……彼の嫌な予感が当たることになる――。
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