第2章 88 監視者

 翌朝7時――


 今朝はエバが私の部屋でベッドのシーツ交換を行っている。


「ではクラウディア様。リネン室に行ってきますね」


「ええ、お願いね」


 髪の毛をとかしながらエバに返事をした。


「あの、本当に支度をお手伝いしなくても宜しいのでしょうか?」


 大きな洗濯籠を抱えたエバが申し訳なさそうに尋ねて来る。彼女は朝の支度の手伝いを申し出て来たが、それ位は自分で出来るからと断りを入れていたからだ。


「ええ、大丈夫よ。これくらいのことは自分でするから。貴女は色々仕事が忙しいでしょうから、私に構わずリネン室へ行って頂戴」


「はい、申し訳ございません。それでは行って参ります」


 エバは頭を下げると、すぐに部屋を出て行った。



「ふぅ……」

 

 扉が閉じられ、部屋に1人残るとため息をついた。


 『エデル』に着いてからの私はずっと気が休まるときが無い。今は1人でいる時間が一番落ち着ける。


「出来れば朝食は1人でとりたいところだけど……」


 でも恐らくそれは無理だろう。アルベルトからは時間が合う限りは一緒に食事を取ろうと言われている。


 けれど、正直な話……私はあまり自室から出たくはなかった。


 この城での私の評判は、はっきり言って悪い。

 回帰前とは違い、今は城の中では存在を消すかのように息を潜めた生活を心がけている。

 けれど宰相やカチュアのせいで、私の悪評は後を断たなかった。

 

 城内を歩けば、嫌でも使用人達と顔を合わすことがある。しかし彼らは皆、私に挨拶することなく見ないふりをして通り過ぎていくだけだった。

 

 私はそれでも構わなかったが、マヌエラやリーシャ達は納得がいかないらしく何度か衝突しそうになった。けれどその度に私は彼女達を制止してきたのだ。


 ことを荒立てたくは無かったし、下手に抗議すれば益々私を取り巻く周囲の状況が悪化してしまうかと思ったからだ。


 ただ私の対応が彼らを益々増長させている原因の一つであるのは確かだった――。



「ふぅ……部屋から出るのが憂鬱だわ……」


 

 時計を見れば、そろそろダイニングルームへ向かわなくてはならない時刻になっている。


 なるべく彼女たちの手を煩わせたくはなかった私は、重い腰を上げて扉へ向かった。



 カチャ……


「「あ」」


 扉を開けると、目の前にはハインリヒが立っていた。


「おはようございます、クラウディア様」


「ハインリヒ?何故ここに?」


 まさか彼が朝から尋ねてくるとは思わなかった。


「陛下と食事を取られるお時間になりましたので、迎えに参りました」


 相変わらずの無表情で彼は返事をする。  


「そうだったの?でもまさか騎士である貴方が直接迎えに……あ。ひょっとしてアルベルトに言われて迎えに来てくれたのかしら?」


「ええ、まぁそんなところです。では参りましょうか」


「そうね」


 そして私達はダイニングルームへと向かった。




「陛下から伺いました。私を専属護衛騎士にすることに決めたそうですね」


前を歩くハインリヒが話しかけてきた。


「ええ。そうよ」


「何故、決められたのですか?私が護衛騎士に任命したのはクラウディア様を監視する為ですよ」


今、彼ははっきり「監視」と言い切った――。



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