第2章 70 曾祖母の記憶

 アルベルトとの食事も終わり、「今夜は早く休めよ」との言葉を残して彼は部屋から出ていった。



「いかがでしたか?このお部屋での陛下との初めてのお食事は?」


 食事の後片付けに現れたのは新しくメイドになったエバだった。


「そうね。何だか不思議な感じがしたわ」


 アルベルトの気持ちが全く理解出来なかったので、曖昧に答えた。


「クラウディア様、明日は朝から陛下と外出をされるのですよね?入浴の準備を致しましょうか?」


「そうね。それじゃ準備だけしてもらえる。後は全て自分で出来るから」


「え……?ですが……」


 戸惑うエバ。けれどそれは無理もない話だろう。私のような身分の者が、誰にも手伝ってもらわずに入浴することはあり得ない話だろうから。

 けれど、日本人で更に働く主婦だった頃の記憶が強く残っている私にして見れば入浴を手伝って貰うことこそ論外だった。

 何しろ子供の入浴に関しては、夫の手を借りずに自分一人で行ってきたくらいなのだから。

 

「いいのよ、それくらい1人でするから準備が終わったら貴女も休んで頂戴?」


笑みを浮かべてエバに声を掛けた。


「はい、ありがとうございます」



 そしてその後エバは入浴の準備をすると、「お休みなさいませ」と挨拶をして部屋から去っていった。





****



「ふ〜……いいお湯だったわ」



 入浴を終えると、時刻は22時を過ぎていた。


「明日は9時に出発すると言っていたわね……」


 アルベルトから与えられたこの部屋には鍵付きのライティングデスクが置かれている。鍵を開けて引き出しを開けると、そこには日記帳が入ってる。

 この日記帳は私が曾祖母から受け継いだ日記帳であり、様々な【錬金術】の方法が記述されている。

 記憶にはあまり残っていないが、私の曾祖母は優秀な錬金術師だった。そして私は彼女の血を色濃く継いでいた。

 

 そして……私が【錬金術】を扱えるのは私と、曾祖母だけの秘密だった。


「この日記帳に水を作り出す【錬金術】の記述があったと思うけど……。



 ページをパラパラとめくりながらため息をついた。


 水を作り出す【錬金術】は今まで一度も試したことが無かった。一旦【錬金術】を行えば、私はトランス状態に入ってしまい時間の経過が分からなくなってしまう。


 今更ながら、私は思う。何故、過去の私は自分の【錬金術】の力を皆の為に使わなかったのだろうと。

 アルベルトとカチュアの仲ばかりを嫉妬し……自分の役割を放棄してしまった。あんな事をしなければ私は処刑されることも無かっただろうに……。


 「きっと、今からでは【錬金術】を行うのは無理でしょうね……」


 今から行えば、何時になるか分かったものではない。


「明日は……視察だけになりそうね」


 明日の為にも今夜は早く寝たほうがいいだろう。もう一度部屋の戸締まりを確認し、指輪を握りしめると私はベッドに潜り込んだ。


 アルベルトの話を信じるわけではないが、この指輪をはめていれば今夜は安心して眠れそうな気がする。



「お休みなさい、葵。倫。あなた……」


 日本に残してしまった家族を思いながら、私は眠りに就いた――。





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