第2章 56 複雑な思い
部屋に入り、壁掛け時計を見ると20時を少し過ぎたところだった。
「お風呂にでも入ろうかしら」
そこで室内にあるバスルームへ向った。
中に入り、コックを捻ってバスタブにお湯を入れ始めると着替えを取りに室内へ戻った。
「ふ~……いいお湯……」
浴槽に浸かりながら天井を見上げた。
「王女でありながら、1人で入浴するなんて変に思われるかもしれないわね」
思わずポツリと呟いた。
かつての私だったら考えられないことだった。入浴する際は、必ず城のメイド達を呼びつけて身体や髪を洗わせて着替え迄手伝わせていた。
それは嫁いで来てからも同じだった。
自分がこの城の者達からどれほど嫌われているか知っていたにも拘わらず。
けれど、今は前世の橋本恵としての記憶が勝っている。
誰かの手を借りて入浴などあり得ない話だった。
「やっぱり1人で入浴するのが一番落ち着くわね。檜の入浴剤があれば良かったのに」
私は檜の入浴剤が大好きだった。
息子の倫も私と同じで檜の入浴剤が好きだったけれども、葵はラベンダーやジャスミンといったハーブ系の入浴剤を好んでいた。
そこで日替わりで入浴剤を変えたお風呂に入っていたことが思い出される。
けれど、この世界には入浴剤というものは存在しない。
「もしも、入浴剤を作ればこの世界でも流行するかしら……」
入浴剤を『レノスト』国の領民達に作らせて、流行すれば彼らの生活は潤うだろう。そうすれば、敗戦して貧しくなってしまった領民達を救うことが出来るし、城の人々の暮らしぶりも改善させることが出来るかもしれない。
「明日、朝食の席でアルベルトに相談してみようかしら……」
どうせ2人で面と向き合って食事をしても特に会話があるとは思えない。
入浴剤の話をすれば、アルベルトはどんな顔をするだろう?何を妙なことを口にしていると思われるかもしれない。
「別にアルベルトにどう思われようが構う事は無いわね」
そして窓から見える夜空を見上げながら、久しぶりに懐かしい日本の家族の思い出に浸った――。
****
「いいお湯だったわ……」
夜着に着替えてバスルームから戻ると、驚いたことに部屋の中にはリーシャの姿があった。
「リ、リーシャ。どうしたの?驚いたわ。部屋の中にいるなんて」
「はい。とっくに夕食から戻られているはずなのに、いくらノックをしてもお返事が無かったので。てっきり、何かあったのではないかと思いお部屋の中に入らせて頂きました。勝手な真似をしてしまい、申し訳ございません」
リーシャが頭を下げて来た。
「別にいいのよ?それ位のこと、気にしなくても。ただ少し、驚いただけだから」
「ありがとうございます。クラウディア様。ところで、もう入浴されてしまったのですか?」
「え?ええ。そうよ」
「そんな。入浴のお手伝い位させて下さい。私は数少ないクラウディア様のメイドなのですから」
「入浴位、1人で入れるわ。それに自分だけで入った方が気楽なのよ」
すると私の言葉にリーシャが目を見開いた。
「そうなのですか?やはり、クラウディア様は何だか少し変わられましたね?」
「そ、そうかしら?」
「ええ、とても大人っぽくなられました。あ、こんな言い方失礼でしたね。申し訳ございませんでした」
「いいのよ。気にしないで。そうね……でも折角手伝いに来てくれたのだから、髪をとかす手伝いをしてもらえるかしら?」
「はい、クラウディア様」
リーシャは嬉しそうに笑みを浮かべた。
「あら?クラウディア様。このネックレスはどうされたのですか?」
ドレッサーの前で髪をとかしながらリーシャが尋ねて来た。
「これ?このネックレスは陛下がプレゼントして下さったのよ」
「まぁ、そうなのですね?本当に陛下はクラウディア様を大切に思われているのですね?」
「そうね……」
複雑な思いで返事をする。けれど、私にはまだアルベルトは信用出来なかった。
「クラウディア様。ですが、もうお休みなられるのですよね?ネックレスは外さないのですか?」
「ええ、陛下からの贈り物だから」
それにこの石は『賢者の石』だ。やはりアルベルトの言う通り身に着けておくべきかもしれない。
「夜ネックレスをされてお休みになられるのは危なくないでしょうか?首が絞まったりとかしませんか?」
確かに言われて見ればそうかもしれない。
「そうね、寝るときに考えてみるわ」
「はい、考えてみて下さい」
鏡の中のリーシャは笑みを浮かべながら返事をした――。
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