第2章 44 忘れていた記憶

「アルベルト……」


何故彼は私の探している本を知っているのだろうか?


「今回のアルベルトは謎だらけだわ……」


けれど、魔術に関する本の在り場所を教えて貰うのはありがたかった。


「3階の35番の棚と言っていたわね」


早速螺旋階段を上って、私は3階へ向かった。




「35番の棚……あ、あったわ」


アルベルトが教えてくれた棚はすぐに見つかった。

私の背丈よりもうんと高い書棚には辞書並みに分厚い本がびっしり並べられている。

この棚の中だけでも優に100冊は軽く超えている。


「ここに並べられている本が全て魔術に関する本なのね……」


その膨大な量に思わずため息をついた。


私が何故、魔術に関する本を探しているのか……その理由は2つあった。

1つは自分が何故再びこの世界に回帰してきたのか。

私は確かにあの時、断頭台で命を散らせた。


「……」


そっと自分の首筋に手を当てる。

あの冷たく鋭い刃が私の首筋に触れた瞬間は未だに忘れられるものではない。


「そうよ……あれは決して夢なんかでは無かったわ……」


 その後……日本人として生まれ変わって幸せに暮らしていたのに、突然の事故で私は命を落とし、目覚めたときは再びこの世界だった。

恐らく何か大きな力が働き、時間を巻き戻して私は戻されたのではないだろうか?

魔術の本を探せば謎が解けるかもしれないと考えたからだ。


 もう一つの理由はスヴェンについてだった。

何故彼はユダ達の記憶から消えてしまったのか……何故私だけが彼の記憶を持っているのか。

それがどうしても知りたかったのだ。


「人の記憶を自由に操作出来る魔法でも存在しているのかしら……?」


呟きながら、書棚に並べられている本の背表紙を見つめた時……私は自分の背筋が冷たくなるのを感じた。


「え……?」


書棚に並べられているのは『錬金術』に関する本と、『賢者の石』に関する記述がされている本ばかりだった。

アルベルトが教えてくれた書棚は魔術は魔術でも、全て錬金術の本ばかりだったのだ。


「ど、どうして……?」


回帰前、この城の誰にも自分が錬金術師であることを口にしたことは無かった。

城の中でも錬金術を使ったことがないのに……?

ひょっとして、アルベルトは私が錬金術師であることを知っている……?



その時――。


「うっ!」


突然激しい頭痛が私を襲い、思わず書棚に手をついて頭を押さえた。


「え……?」


一瞬、ろうそくが灯った薄暗い部屋の中で私を覗き込みながら何事か話しかけて来るカチュアの姿が脳裏に浮かんだ。

そして私はその言葉に頷くと、錬金術を……。


「!」


頭痛はより一層激しくなり、心臓の動機が激しくなっていく。


「う……」


我慢できなくなった私は、とうとう床にうずくまり……そのまま意識を失ってしまった――。





****



 私は再び夢を見ていた。


日本人の橋本恵として生きていた頃の……。



 美しい桜が咲き乱れる公園を私は彼と歩いていた。


彼は私の少し前を先ほどから何故か少しだけ思いつめた様子で歩いている。

やがて、彼は立ち止まって振り向くとポケットから小さなケースを取り出して蓋を開けた。


あ……。


中には指輪が入っている。

そして、彼は少しだけ照れた様子で私に言った。


<恵、俺と結婚してくれないか?……こそ………から……>


肝心なことを話しているのは分かるのに、最後の方の台詞が何と言っているのか聞き取れない。


だけど、私の気持ちは決まっている。

 

そして私は笑顔を向けて頷くと、彼の手を取った――。

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