第1章 90 毒に侵された村『シセル』3

 薄紫色のガスに包まれ、独特な匂いの漂う中を私はユダに連れられて歩いていた。その後ろを口元を抑えたトマスとリーシャが続く。


「ユダ」


ユダに手を引かれながら彼に声を掛けた。


「はい、クラウディア様」


じっと私を見つめて返事をするユダ。その手に力が込められる。


「貴方もリーシャやトマスのように口元を抑えて置いたほうがいいわ。この香りはマンドレイクの香りよ。この匂いに当てられたら、幻覚を引き起こしたり、神経を麻痺させてしまう毒性があるのよ。2人のように口元を覆っておけば、少しでも毒を緩和させることが出来るわ」


勿論私にはマンドレイクの毒は効かない。事前に【聖水】を口にしているからだ。


すると、何故か突然ユダが足を止めた。


「そうでしたか‥‥だから‥‥ですか‥‥」


ユダの様子が何だかおかしい。それに私の手を握りしめる力が強まった。


「ユダ…?どうしたの…?手が痛いわ…少し力を‥‥え?」


そこまで言いかけた時突然ユダに腕を強く引かれ、気づけば私は強く抱きしめられて

いた。


「ユ、ユダッ?!一体何を…」


必死で押しのけようとしても、とても兵士で力の強いユダには敵わない。

益々強く抱きしめられる。

一体、何が起こっているのか驚くばかりだ。


勿論、この突然の行動に驚いたのは私だけではない。


「キャアアアアッ!!ユ、ユダさんっ!!クラウディア様に何をしているのですかっ?!」


リーシャが悲鳴を上げた。


「ユダさんっ!仮にも王女様に何てことをされているのですかっ!!」


トマスは私からユダを引きはがそうとするも、所詮ユダの力には敵わない。

一方、ユダは私を強く抱きしめたまま熱に浮かされたように語りかけてくる。


「ありがとうございます……クラウディア様‥‥俺の為に陛下との結婚を取りやめてくれるというのですね…?」


「え……?」


一体ユダは何を言ってるのだろう?

ひょっとしてマンドレイクの毒によって幻覚作用を引き起こしているのだろうか?


「な、何を言ってるの?ユダッ!離して!お願い、正気に戻って!」


幾ら暴れてもユダはびくともしない。


「ユダさんっ!クラウディア様を離して下さいっ!」


「王女様から離れて下さいよっ!」


リーシャとトマスは必死でユダの腕を解こうとしている。


「好きです……クラウディア様」


突然ユダが驚きの言葉を発した。


「え?」


「俺の気持ちに気付いて、結婚をやめてくれるんですよね?とても嬉しいです。本当にありがとうございます……」


ユダは今まで聞いたことも無いような甘い声で私の耳元に訴えてくる。


一体、ユダはどんな幻覚を見ているのだろう?


「ユダッ!お願いだから元に戻って……」


するとその時、前方からスヴェンの声が近づいてきた。


「姫さーんっ!」


「スヴェンッ!」


ユダの腕の中で必死でスヴェンの名を叫んだ。


「スヴェン‥‥だって…?」


ユダが憎々し気にスヴェンの名を口にした。


「ユダッ!お前‥‥姫さんに何てことしてるんだよっ!!」


スヴェンが霧の中から現れ、私とユダの姿を見ると怒りを露わにした。


「姫さんから手を離せっ!」


するとユダはするりと私の腕から力を緩めた。


今の内に…っ!


急いでユダの身体を突き飛ばして距離を取ると、今度はスヴェンの腕が伸びてきて抱き寄せられた。


「え?ス、スヴェン?」


戸惑う私にスヴェンは返事をすることなく、強く抱きしめて来た。


な、何故今度はスヴェンがっ?!


「何してるんですかっ!!スヴェンさんっ!」


リーシャが再び叫ぶ。


「えっ?!こ、今度はスヴェンさんがおかしくなった!」


トマスが口を押えながらスヴェンとユダを交互に見ている。


「ユダッ!お前に姫さんはやらないっ!姫さんは俺の物だっ!」


何と今度はスヴェンがおかしなことを口走った。


「ス、スヴェン!貴方まで何を言い出すの?!」


スヴェンの腕の中で暴れながら必死で尋ねた。


「姫さん。俺は何があっても自分の命に代えても姫さんを守ってやる。だからずっと俺を傍に置いてくれるよな?」


抱きしめながら、妙に熱のこもった目で見つめてくる。


「ス、スヴェン……」


駄目だ。

スヴェンもマンドレイクの毒にあてられてしまった。この様子では無事でいられているのは私と口元を抑えているリーシャにトマスだけだろう。


「クラウディア様を離せっ!こ、こうなったら…決闘だ!俺と勝負しろっ!」


ユダが剣を抜いた。


「面白ぇ!勝った方が姫さんを手に入れることが出来るってわけだなっ?!」


スヴェンが私を抱きしめていた腕を解くと、次に腰に差した剣を抜いた――。






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