第1章 72 ユダの嫌疑 2

「そ、そんな…」


でもまだユダが犯人とは限らない。私はユダを疑いたくは無かった。


「でもその匂い袋を用意したのはリーダーのユダではないかもしれないでしょう?彼はひょっとして今回の任務であらかじめ支給されたものを皆に配っただけではないのかしら?」


私の言葉にヤコブは頷いた。


「確かにユダはそう言っておりました。予め出発する荷物の中にこの匂い袋が用意されていたと。しかもメモが残されており、危険生物が嫌う匂い袋と説明書きがあったと話しています。これではユダが用意したものでは無いという証明は出来ません」


「でも…だからと言って…そんな安易にユダを疑うのはどうかと思うわ」


「それだけじゃありませんよ、クラウディア様」


私があまりにユダをかばうからだろうか?今まで黙って話を聞いていた別の兵士が話を始めた。


「アンデッドに襲われた昨夜…ユダだけは我々が持っていない武器を持っていたんですから」


「え…?」


「アンデッドには普通の武器では効果がないというのは我々も知っていました。だから足止めできるだけのダメージを与えてから振り切って逃げるつもりだったのです。何しろヤツらは走ることは出来ませんから」


兵士は一度そこで言葉を切ると、ヤコブが後を続けた。


「我々は攻撃しても何度も立ち向かってくるアンデッドを相手に必死で戦っていました。その時にユダが駆けつけてきて…彼の剣でアンデッド達はあっという間に塵になって消えて行ったのです。勿論、彼の持っている武器もそうでしたが」


「ああ、俺の剣は姫さんのお陰でアンデッドも倒せるようにしてもらっていたからな」


頷くスヴェン。


「ユダが使用した剣は銀の剣でした。銀は死霊系の魔物に効果絶大です。そこで疑問が生じたのです。クラウディア様を『エデル』までお連れする同じ旅の同行者なのに、何故我々には銀の剣が支給されなかったのかと…。そこでユダを問い詰めました。するとこの剣は念の為に個人的に自分で用意したものだと言うのですよ。明らかに怪しすぎるとは思いませんか?クラウディア様」


堂々とユダを疑うヤコブの姿に、私はユダの言葉を思い出した。


『俺としては今のところ…ヤコブしか信用できません』


ユダはヤコブのことを信用しているのに…彼は完全にユダを疑っているのだ。


「それでユダが敵だとみなして、監禁することになったの?」


出来るだけ冷静を装いつつ、ヤコブに尋ねた。


「ええ。勿論です。逃げられないように武器を取り上げ、足枷をはめています」


「え…?」


私はその言葉に耳を疑った。


「足枷ですって…?」


リーシャが口元を抑えた。


「「……」」


スヴェンもトマスも余程驚いたのか、言葉を無くしている。


「ちょっと待って…。その足枷は…誰が用意したの…?」


声を震わせながら私は尋ねた。


「俺です。俺が用意していたので…ユダに足枷をはめました」


ヤコブは平然と答える。


「ま、待って?ユダは同じ仲間なのよ?それなのにそんなことをするの?」


私の言葉が気に入らなかったのか、あちこちで再び抗議の声が上がる。


「何が仲間だ!」


「あいつのせいで俺たちは死にかけたんだ!」


「ユダは裏切り者だ!」


「あいつと行動していたら命が幾つあっても足りるものかっ!」




やがて彼らの興奮が静まると、ヤコブは穏やかな口調で言った。


「クラウディア様、お分かりになりましたか?今のが彼らの率直な気持ちなのです。これはやむを得ない処置です。これからユダは疑いが完全に晴れるまでは我々の監視下に置かれることになります。どうかご理解下さい」


そしてヤコブは頭を下げてきた。


駄目…今の私ではまだ彼らを説得するだけの力はない。


「分かったわ…私には何も言う権利は無いもの。でも、いくら何でもユダから食事をする権利まで奪うつもりはないでしょう?」


「ええ、それは…当然です」


「それなら私にユダに食事を運ばせて。私が作った料理だから自分で届けてあげたいのよ?それくらいは許してもらえるわよね?ヤコブ」


「…分かりました。クラウディア様のされたいようになさって下さい」


「ありがとう」



こうして私はユダと話をする機会を設けることが出来た。


何としても彼と話をしなければ。


私はどうしても毒蛇事件もアンデッドの件もユダの仕業とは思えなかったのだ―。

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