第1章 60 ユダとスヴェン

「お前…話を聞いていたのか?」


ユダがスヴェンを睨みつけた。


「ああ。聞いていた…というか、聞こえていたと言った方がいいかもな?」


焦り顔のユダとは対照的にスヴェンは余裕の表情で部屋の中に入って来た。


「一体…いつから聞いていたんだ?」


「リーシャもスヴェンも眠っている…と、お前が言ったあたりからかな?」


そしてニヤリと笑った。


「く…勝手に人の話を盗み聞くとは…」


「だったら聞かれてまずいような話なんかするなよ」


そしてスヴェンはユダに一歩近づいた。


「お前、一体何考えてるんだ?仮にも『エデル』の兵士で、しかも王命を受けて姫さんを迎えに来たんだろう?それなのに、ここまで来て姫さんを逃がすとか言って…。大体普通に考えたって逃げ切れるはず無いだろう?それともお前はそんなに姫さんを危険な目に遭わせたいのか?」


「違うっ!お前は次の村がどれだけ危険か何も知らないから…そんなことが言えるんだ!いいか?あの村は死にかけてるんだぞっ!そんな危険な場所にクラウディア様を連れて…みすみす危険な目に遭わせるわけにはいかないからだっ!」


「ユダ…声が大きいわ…。他の人達が起きてしまうかもしれないから、落ち着いてくれる?」


感情をむき出しにするユダを落ち着かせる為に声を掛けた。


「あ…申し訳ございません…」


ユダは項垂れた。


「ユダ、お前…今村が死にかけてるって言っただろう?だからこそ尚更姫さんは旅を続けるんだよ。次の村だって…『レノスト』国の領地なんだよ。今まで姫さんは俺たちの村や、この町を救ってくれた。だから次の村だって…姫さんは救いたいんだよ。そうだろう?姫さん」


スヴェンは顔を私に向けた。


「ええ、そうよ。あの村は助けを必要としているわ。だから…私はどうしても行かなければならないの。折角の申し出なのに…受け入れることが出来ないわ。ごめんなさい、ユダ」


ユダに頭を下げた。


「クラウディア様…ですが…本当に旅を続けられるのですか…?この先も危険が伴うかもしれないのに…?」


それは…嫁いだ後のことも案じての台詞なのだろうか?

だけど私の覚悟は…とうに出来ている。


「ええ、そのつもりよ」


「そんな…」


何故かユダは酷く傷ついたような表情を浮かべた。


「ユダ…?」


「ユダ。お前、姫さんを危険な目に遭わせたくないから逃がすと言ってるが…本当はそうじゃないだろう?」


「よせ…」


スヴェンの言葉にユダの顔がゆがむ。

え…?どういうこと…?


「本当はお前が…姫さんに『エデル』に来てもらいたくないだけだろう?違うか?」


「よせと言ってるだろうっ?!」


再び、ユダが声を荒げ…ハッとした顔で私を見た。


「あ…も、申し訳ありません…。またしても大きな声を…上げてしまって…」


「お前、それでも『エデル』の兵士なのか?そんなに自分の感情に流されてどうする?どうせ…どんなにあがいても無駄だ。諦めるんだな」


「?」


私には2人の会話の意味が理解出来なかった。

けれど、ユダの苦し気な表情が気になった。一体…何が彼をそんなに苦しめているのだろう?


「あ…あの、ユダ…?」


するとユダが頭を下げてきた。


「お騒がせして申し訳ございません。恐らく、ホセはもう二度と我らの前に姿を現さないでしょう。どうぞ今夜はもうお休み下さい。明日はいよいよ次の村へ向けて旅立ちますから」


「え、ええ…分かったわ」


「それでは失礼します」


私の返事を聞いたユダは返事をし…次にスヴェンを見た。


「クラウディア様を宜しく頼む」


「ああ。任せろ」


すると、ユダは自嘲気味に笑った。


「お前の方が…余程兵士に向いているかもな…」


それだけ言い残すと、ユダは部屋を去って行った。




「スヴェン…今のは一体…?」


スヴェンと2人、部屋に取り残されると私は彼に尋ねた。


「うん?いや…。別に姫さんは気にする必要は無いさ」


「けど…」


「ま、俺も…あいつの気持ちが理解できるけどな?」


そしてスヴェンは私を見て少しだけ寂しげに笑った。


「スヴェン?」


「さて、姫さん。あいつが今夜はもう平気だって言ってるんだから…寝ようぜ。いよいよ明日は出発だからな」


「ええ、そうね…」


そして私はスヴェンの後に続き、リーシャの眠る部屋へと戻った。


少しの疑念を抱きながら―。




そして翌朝、ユダの言葉通りに私たちは『クリーク』の町を旅立った。


多くの人々に見送られ…新しく仲間に加わったトマスと共に――。

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