第1章 58 驚くべき言葉
月明かりに照らされた部屋の中は家具が一切置かれていなかった。
「ユダ。私…貴方に聞きたいことがあるの」
大きな窓の方を向いているユダの背中に語りかけた。
「クラウディア様…」
ユダは私の方を振り返った。
彼は窓から見える月を背に、じっと私を見つめると口を開いた。
「まずはその前に…ご報告させて下さい」
「報告…?」
「はい、我らの仲間の内…1人が消えました」
「消えた…?」
「はい。あの後、クラウディア様の部屋に集まってこなかった仲間の点呼確認の為に各部屋を訪ねたのです。そして1人、部屋の中がもぬけの殻でした」
「それでは…その人物が…?」
「はい。クラウディア様を襲った人物で間違いないでしょう」
「彼は…一体何者なの?」
「あの人物はホセと言う者で、戦争が始まってすぐに『エデル』の兵士になった人物です。本人の話ではそれまでは傭兵の仕事をしていたそうです」
「傭兵…」
「あまり我らと話すこともありませんでしたが…少しだけ小耳に挟んだ話があります。どうやらホセは金に困っていたそうです」
「あ…」
その時、覆面男の台詞を思い出した。
『【エリクサー】をどこにやったかって聞いてるんだよ』
「どうかしましたか?クラウディア様」』
「あの覆面男…【エリクサー】を探していたわ。私が持っていると思っていたようね」
「何ですって?【エリクサー】を探していたのですか?」
「ええ。そうよ。それでは…ひょっとして彼が…私をずっと見張っていた人物なの?」
「…」
ユダは少しの間考え込む素振りをしていたが、やがて口を開いた。
「恐らく…彼は違うと思います」
「え…?どうして?」
何故、そんな風に言い切れるのだろう?
「本来、ホセはクラウディア様の同行者のメンバーではありませんでした。我らが選抜された後に自分の方から仲間に加えてくれと言ってきたのです。理由を尋ねても、単に敗戦国の様子が気になるからだと言って詳しくは話してくれませんでしたが…どうやら借金取りから逃げ回っていたみたいです」
「そうなの?」
「はい、当時はそんな事情があるとは我々は知りませんでした。しかし、もともとクラウディア様を迎えに行くには心もとない人数だと思っていたので…全員で話し合いの末、彼を仲間に加えることにしました。恐らくホセは【エリクサー】を狙っていたのでしょうね。金儲けの為に」
「…」
私は黙ってユダの話を聞いていた。
「俺とヤコブの見解は違います。恐らくクラウディア様や…我々を監視しているのはホセではない」
「それでは、ユダには…誰が怪しいか検討はついているの?」
「そうですね…クラウディア様の部屋からの騒ぎが聞こえても出て来なかった者達は全員怪しいと考えています。ですが…」
ユダは声を潜めた。
「俺としては今のところ…ヤコブしか信用できません」
「え…?」
「俺とヤコブは数年来の友人ですが、残りのメンバーは今回初めて見る顔ぶればかりでしたから」
「そうなのね…」
私はユダを信じる気持ちと疑っている気持ちで激しく葛藤していた。
先ほど廊下で聞こえてきたユダが発した言葉の意味を知りたいのに…何故か聞くのがためらわれてしまう。
その時―。
「クラウディア様」
不意にユダが私の名を呼んだ。
「何?」
「クラウディア様が…先ほど、あの男に腕を掴まれている姿を見た時は…とても驚きました。でも…無事で本当に良かった。貴女にもしものことがあれば俺は…」
ユダの顔が苦し気に歪む。
「そうよね?私を護衛する任務を負っているのだもの…心配するのは当然よね?」
だから、貴方は私の敵では無いわよね?
その意味合いを込めて、私は笑みを浮かべてユダを見た。
「いいえ、そうではありません!俺は…」
珍しくユダが感情を露わにした。
「どうしたの?ユダ」
ユダは一瞬俯き…やがて意を決したかのように顔を上げた。
「クラウディア様。次の村『シセル』は…本当に危険な村です。俺はあの村へ貴方をお連れするのは反対です。もし…もしクラウディア様があの村へ行くのを躊躇って
おられるのなら…いえ、人質妻として『エデル』に嫁ぐのが嫌なら…俺が貴女を逃がして差し上げましょうか…?」
ユダは驚くべきことを口にした。
彼が私を見る瞳は…真剣そのものだった―。
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