第1章 49 カモフラージュ
『お母さん、今日は1日ゆっくり休んでよ』
娘の葵がエプロンをしめながら台所に立っている。
『今日は俺たちが夜ご飯を作っておくから、お母さんはお父さんと出掛けてきなよ。2人で映画を観に行くんだろう?』
倫が話しかけてくる。
すると…。
『母さん、それじゃ行こうか?』
夫が笑顔で手を差し伸べてきて――。
**
コンコン
コンコン
『クラウディア様、まだ眠っていらっしゃいますか?』
『おーい、姫様、そろそろ起きてもらえるかな?』
扉の外でノック音と共に、リーシャとスヴェンの声が聞こえている。
「え?い、今扉を開けるわ!」
私は…また日本に残してしまった家族の夢を見ていたようだ。
慌てて飛び起きると、扉を開けに向った。
ガチャ…
扉を開けると、そこにリーシャとスヴェンの姿があった。
リーシャは私の姿を見ると安堵のため息をついた。
「あぁ…良かった、クラウディア様。さっきからずっと扉をノックしていたのにお返事が無かったので心配してしまいました」
「え?そうだったの?」
「ああ、姫様を呼びに行ったリーシャが中々戻ってこないから俺も様子を見に来たんだよ。そしたらまだ姫様が起きていなかったから驚いたよ」
「ごめんなさい、2人とも。すっかり眠ってしまっていたのね?ところで今何時なのかしら?」
髪をなでつけながら2人に尋ねた。
「はい、12時を少し過ぎたところです」
「えっ?!12時?!」
リーシャの言葉に驚いた。
確か部屋に戻ったのは6時半頃…。私は5時間半も眠ってしまったことになるのだ。
「ごめんなさい…私、そんなに眠ってしまっていたのね」
思わず2人に謝罪した。
「そんな、姫さん。謝ることなんか無いって!」
「そうですよ!クラウディア様はお疲れなのですから!」
慌てたように首を振るスヴェンとリーシャ。
「ところで、私に何か用事があったの?」
「ええ、そうです。『クリーク』の町の人達が私達の為に食事を用意してくださったんです。すごいご馳走ですよ?」
リーシャが目を輝かせている。
「ああ、『クリーク』では食物倉庫は戦争被害を受けなかったらしいんだ」
「そうだったのね…。あ、それでは私のせいで皆さんをお待たせしているのね?すぐに準備したら向かうわ。何処に行けばいいのかしら?」
「この宿屋の1階です。食堂として使われていたそうですよ。私もお手伝い致します」
「いいのよ、1人で出来るから。貴女はスヴェンと先に行っていて?」
リーシャが手伝いを申し出てきたが、私はそれを断った。
「そうですか…?それでは先に行っておりますね」
「じゃあな、姫さん」
「ええ、用意が出来たらすぐに行くわね」
2人が廊下を歩いて行く後ろ姿を見届けると、すぐに部屋を出る準備を始めた。
「私がこの部屋を出れば…無人になってしまうわ。それに見張りをする人も今は誰もいない…」
誰が敵か味方かはっきりしない以上…用心しないといけない。
【エリクサー】はもう、トマスに預けてある。
後、私が何としても守らなければならないものは…【賢者の石】
部屋に置いてあるメッセンジャーバッグから赤く光り輝く【賢者の石】を取り出した。
「…」
【賢者の石】を両手で握りしめ、自分の力を石に注ぎ込む。
すると私の手の中で石は徐々にその輝きを失っていき…ただの石へと変化した。
「これで誰もこの石が【賢者の石】とは思わないわね。でもバッグの中に石を入れておいたら、何故こんな物を持ち歩いているかも知れないと疑われてしまうかもしれないわ…」
賢者の石は自分で持ち歩いておくことにしよう…。
ポケットの中に【賢者の石】を忍ばせると、私は階下へ降りていった。
この石は次に訪れる予定の村、『シセラ』で必ず必要になる大事なもの。
だから絶対に誰にも奪われるわけにはいかないのだ―。
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